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13. 元婚約者
しおりを挟む何事もなかったかのように声をかけて来たと思えば、ヘラヘラ笑いながら近づいて来る元婚約者のジュート・ケンドリック。
もちろん彼のその態度は気に入らなかった。
けれど、私はレオン様の様子がガラリと変わったことの方が気になってしまった。
(レオン様……?)
この放たれている空気は何だろう?
警戒? いや、どちらかといえば殺気───?
「なんだ、全然元気そうじゃないか、ニー……」
元婚約者のジュート様が私に向かって手を伸ばそうとした、その時。
パシッ
私の前にレオン様が素早く移動してジュート様の手を払った。
「なっ……?」
「ジュート・ケンドリック殿。気安く私の妻に触れようとするのはやめてもらいましょう」
「え、あ……つま?」
レオン様の登場にポカンとした顔を見せたジュート様。
でもすぐに我に返る。
「……あ、そ、そうだ。ニーナ、あれから結婚して、えっと相手は……」
「レオン・マクラウドだ」
「そ、そう! マクラウド伯爵……!」
レオン様の塩対応レベルをも超えた冷たさにジュート様が明らかに戸惑っている。
顔をピクピク引き攣らせて目が泳いでいる。
でも、それは私も同じ。
だって冷気、レオン様の冷気がすごい。
「それで? 私の妻になにか用事でも?」
「……あーー、えっと」
(気のせい?)
さっきからレオン様、私のことを“妻”ってすごくすごくすごーーく強調しているような……?
そんなレオン様を見ていたら胸がドキドキしてきた。
レオン様のこの態度は、ジュート様がかつて私にした仕打ちを知っているからこそ、なのは分かっている。
でも……
(自惚れ、なのかもしれないけど)
もしかしなくても、これって嫉妬も入ってるんじゃ……?
そう考えたらますます胸がドキドキ……いや、バクバクしてきた。
「ひ! 久しぶりにニーナの姿を見かけたので……懐かしくなって……つ、つい?」
「…………懐かしく。つい」
レオン様がフッと鼻で笑う。
鼻で笑われたジュート様がムッとして言い返す。
「な、何がおかしいんですか……!」
「ああ、すまない。いや、ジュート・ケンドリック殿は随分と無神経…………ゴホンッ、失礼。おおらかな性格の方なのだと思ったのでね」
「おっ !?」
レオン様の発言にカッとなって何だとっ!? と言わんばかりの悔しそうな表情を浮かべるジュート様。
ちゃんとバカにされたことは理解出来たみたい。
そんな彼を見ながらレオン様は首を傾げる。
「なにか?」
「うっ……」
しかし、ここはレオン様の方が一枚上手。
また冷たく睨まれてジュート様は明らかにたじろぎ、一歩下がる。
しかし何故かジュート様はまるで助けを求めるかのようにチラッと私に目線を合わせようとしてきた。
「……」
(は?)
もちろん、私がここで彼を助ける理由など何一つもない。
私はにっこりと彼に微笑みかけた。
「ジュート様、どうやら顔色も悪くて汗も大量にかかれているようですわね」
「え……」
「具合がよくないのでしたら、このようなところで私のような者と立ち話などしていないで────あちらにお戻りになられてはいかがでしょう?」
「あちら? ニー……い、いや? マ、マクラウド夫人……? それはどういう──」
私はあちら……と言いながらある一点に視線を向ける。
その視線につられて目線を向けたジュート様が青ざめると小さく、あっ! と悲鳴を上げた。
「ア、アメリア……」
「ええ、先ほどからあなたの愛しのアメリア・キャボット侯爵令嬢がこちらにとっても熱い視線を送ってくださっていますわ?」
「…………え」
そう。
ジュート様がこちらに近付いて来た辺りから鋭く射抜くような視線を感じていた。
しかし、アメリア自身がギラギラした目で見てくるだけで、一向にこちらに近付いてこようとしないのは返り討ちにあうかもと警戒しているからなのかもしれない。
(お茶会効果ね~)
「……チッ」
ジュート様がアメリアを認識したその瞬間、面倒くさいという嫌な表情を浮かべたのを私は見逃さなかった。
(もしかして、二人ってあまり上手くいっていない……?)
あのお茶会でアメリアが私に絡んで来ようとしたのも、単なる元カノポジの私に今カノとしてマウントを取りたかっただけじゃなく、上手くいっていない───これが理由だったのかも……なんて思った。
「……っ、マクラウド夫人……!」
しかし、ジュート様はアメリアの元には戻らず私のことを呼ぶ。
レオン様がさりげなくいつでも自分が前に出て庇えるような位置にスッと動いた。
「き、君は今、幸せと言えるのか!」
「はい? 幸せ?」
ジュート様はチラチラとレオン様を警戒しながら私にそんなことを訊ねてきた。
「そうだ! だって君がマクラウド伯爵と結婚するまでは半年くらいしかなかったはずだ」
「……そうですわね?」
私は、だから何よ? という目でジュート様を見返す。
「ん!?」
彼の思っていた“ニーナ”の反応と違ったからなのかジュート様は、あれ? という顔をした。
確かに以前のニーナなら相手に強く出られたら押し黙ってしまうところ。
けれど、ジュート様はそのまま続ける。
「これは当てつけなんだろう? 君の気持ちは分かっている!」
「あ?」
当てつけ?
ジュート様は突拍子もないことを言い出した。
レオン様との結婚はタイミングの良い申し出に全力で乗っかった形にはなったけれど、当てつけのつもりなどない。
「いくら当てつけでも愛を育むことなく始まった結婚生活なんかでは幸せになれ……」
「────少なくとも」
私はジュート様の言葉を遮って語気を強めた。
「あのまま、あなたと交際を継続して迎えていたかもしれない結婚生活なんかより幸せだと断言出来ます」
「……え?」
ジュート様がパチパチと目を瞬かせる。
「あなたにどう見えているか知りませんが私……今、幸せなんです」
前世の記憶が戻ってレオン様が玲音だと分かった時は本当に本当に驚いた。
無理、なんでよ……と白い結婚を提案するほど絶望的な気持ちになったことも否定しない。
でも……
玲音の記憶があることは抜きにして、“レオン・マクラウド”という人物と共に過ごして来たこの一ヶ月。
嫌な思いをしたことは一度もない。
レオン様はちゃんとニーナを想って大事にしてくれている。
過去は関係ない。
それが今の私の現実であり事実だ。
「え? は? 幸……せ?」
「ええ、とても」
私が微笑みながら頷くとジュート様が頭を押さえて固まった。
また、私の横に並ぶレオン様も言葉を失って目をまん丸にして私を凝視している。
(何その反応……これは演技なんかじゃないわよ?)
そんな思いを込めてそっとレオン様の手を取って握る。
その瞬間、レオン様はピクッと小さく肩を震わせた。
そして、じわじわと彼の頬がほんのり色づいてゆく。
(あ、赤くなった!)
「しあわ……せ」
「?」
そんな照れるレオン様を見てほんわかした気持ちになった私だったけれど、頭を押さえて固まっていたジュート様の様子がおかしいことに気付いた。
レオン様も同じことを感じたのか、警戒するような深刻な表情に変わる。
「そう、だ。あの時……も、君は……そう言っ…………た」
「……?」
“あの時”?
私は眉をひそめる。
幸せがどうとかジュート様と話をした記憶などない。
ジュート様はうぅ……と唸りながら頭を押さえている。
「…………手を振り払って…………逃げ、て……」
ますます意味が分からない。
“ニーナ”の手を振り払ったのはジュート様なのに?
「だから……!」
突然、目をカッと見開きガバッと勢いよく顔を上げたジュート様が先ほどまでとは違うギラギラした目付きで私を見る。
「───ああ! 見つけた! 君は、に……」
「ニーナ!」
レオン様がジュート様の声に被せるように私の名を呼ぶ。
「え? レオン様?」
「聞いちゃ駄目だ」
「え?」
「これ以上、ジュートの言葉を聞いては駄目だ」
レオン様はそう言って私を庇うように前に出て来たと思ったら、そのまま両手で私の耳を塞ぐ。
「ーーーー! ーー!」
錯乱気味のジュート様が怖い形相で何かを叫んで喚いている。
レオン様に耳を塞がれているので言っている言葉ははっきりとは聞こえない。
でも……
(私……この顔、知っている気がする────)
そう感じた瞬間、ズキッと頭が痛んで私の身体が震えた。
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