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君を好きになった日 (ジークフリート視点)
しおりを挟むアボット伯爵家の屋敷に着いて、ちょうど馬車から降りた時、屋敷の入口から一人の男が出て行くのが見えた。
「……あいつは」
僕はあの男を知っている。
いや、別に僕の知り合いでも友人なわけではない。
でも、僕はあの男を知っている。
グレイル・オッフェン。
オッフェン子爵家の令息。
あの日、無意識にリラジエを傷つけていた奴だ。
……リラジエがあの初デートの日に思い出して顔を曇らせた“実らなかった初恋の相手”
過去の事だと分かっていても醜い嫉妬心が生まれてくる。
今のリラジエは嬉しい事に僕の事を好きでいてくれている。
あの可愛い笑顔で「大好きです!」なんて言われるともう何でも出来る気がする。
それくらい、リラジエは可愛い!
リラジエの顔を思い浮かべるだけでも、今すぐ僕の腕の中に閉じ込めてしまいたい気持ちになる。
──そんな僕がリラジエに一目惚れしたのは、皮肉にもあの男、グレイル・オッフェンとリラジエの会話をたまたま目にしたからだった。
───────……
『リラジエ! 聞いてくれよ!』
『グレイル? どうしたの?』
通りがかった際に、たまたま聞こえて来た男女の会話。
男の方はとても嬉しそうでかなり興奮している様子だった。
『俺さ、レラニアと付き合う事になったんだ!!』
『…………え?』
『もう信じられなくてさぁ~夢みたいだ』
そう言われた女性はその瞬間、顔色を変えた。
亜麻色の髪のちょっと幼さの残る可愛らしい子だった。
『えっと、グレイル……はお姉様の事が好きだったの……?』
どうやら男の方はこの女性の姉と恋人になったらしい。
(……両思いの姉とその男に挟まれ切ない片想いでもしていたのだろうか? 可哀想に)
そう思ったのだが、男の方が妙な事を言い出した。
『いや、好きは好きだけど、あのレラニアに「ずっとあなたの事が好きだったの」なんて言われたらさぁ……』
『!?』
その言葉を受けて、彼女の顔色はますます酷いものになった。
なのに、目の前の男はその事に全く気付かない。それだけ浮かれているんだろう。
だが、何だ? この男の発言は。
これだと、別にこの女性の姉の事を好きだったわけではなさそうな口振りじゃないか!
無性に目の前の男の無神経さに腹が立った。
『そ、そうなのね? おめでとうグレイル。お姉様と幸せに……なってね?』
彼女は今にも泣き出しそうな顔に懸命に笑顔を作って、目の前の無神経男に祝福の言葉をかけていた。
その何とも言えない、いじらしさに何故か僕の胸が締め付けられた。
『うん、ありがとう!』
無神経男は最後まで彼女の様子に気付く事もなく惚気けるだけ惚気けて去って行く。
──なんて事だ。とんでもない場面に遭遇し、しかも一部始終聞いてしまった……
そんな申し訳ない思いでいると、残されていた彼女が小さな声で呟いた。
『いいのよ……お姉様とグレイルが幸せなら……それでいいの』
彼女は自分に言い聞かすように呟いていた。
『どうか2人が幸せになりますように……』
泣きたい気持ちを懸命に押し殺して姉と好きだった男の幸せを願う彼女。
そんな彼女に無性に心惹かれた。
そんな悲しい顔をしないでくれ。
君は笑ったら絶対に可愛いと思うんだよ。
黙って影から覗き見ていた僕は心の中でそんな事を思った。
──彼女はどこの誰だったんだろう??
“リラジエ”と呼ばれていた。姉の名はレラニアだったか?
その名前を頼りに調べれば辿り着くのは簡単だった。
「アボット伯爵家か……」
確か、噂で聞いた事があるな。アボット伯爵家の長女はかつて社交界の薔薇と呼ばれた母親の美貌を受け継いでいるかなりの美人だ、と。
あの無神経男が言ってたのはこういう事か、と納得はした。
そんな美人に告白されて舞い上がった結果なのだろう。
だが、納得はしたが、あの無神経さは許せるものではない。
(あの時の彼女の顔色は相当酷かったんだからな)
「社交界の薔薇……ね。僕は薔薇よりも可愛い花が好きだな……」
どうにかしてリラジエ嬢とお近付きになりたかったが、社交界デビュー前の彼女とは出会う事が出来ない。そもそも、あまり外に出てこないみたいだ。
まぁ、僕も人の事は言えないが。
だけど、もう一度会いたいな。言葉を交わしてみたいな……
何より笑顔が見たい!
だって、笑ったら絶対に可愛いと思うんだ。
そんな想いを募らせたけど、残念ながらそんな機会が訪れる事はなく時間だけが虚しく過ぎていった。
そんなある日、友人のミカリオが交際していた女性にこっ酷く捨てられたという話を耳にした。
(少し前に、恋人が出来たのだと喜んでいたのだが……何があったんだ?)
慌ててミカリオに会いに行ったら……そこには、自分の知っていた真摯で真面目な彼の姿は無かった。
その女性に相当惚れ込んでいたらしいミカリオはせっせとその女性に贈り物をし、かなり貢いでいたようで、親に隠れて借金までしていた。
ついにどうにもならなくなった所で、恋人にあっさり用済みだと捨てられたらしい。
借金は伯爵がどうにかしたようだが、そのせいでミカリオは伯爵家の跡継ぎからは外されてしまっていた。
(どこの女性だ……? 誰がミカリオをこんなにしたんだ!?)
ミカリオの身に起きていた事を何も知らなかった自分にも腹が立ったが、相手の女性の事も許せなかった。
そもそもミカリオはあまり恋人の詳しい事は話してくれていなかったから、僕は調べる事にした。
そうして入手した情報は、ミカリオの恋人だった女は“社交界の毒薔薇”と呼ばれていると言う。
(すごい通り名だな。明らかに陥れられてるぞ? 本人は嫌ではないのか??)
そんな社交界の毒薔薇について調べていて気付いた。
「レラニア……アボット?」
アボット伯爵家……あの彼女……リラジエ嬢の姉じゃないか!!
ん? 待てよ。
レラニア嬢がミカリオを弄んで捨てた女?
……もしそうなら、あの日彼女を傷付けていた、グレイルとかいう無神経男ともとっくに関係が終わっているのでは?
無性に腹が立った。
リラジエ嬢は、あの日涙を押し殺してまで2人の幸せを願っていたのに!
とりあえず、本当にミカリオを捨てたのがレラニア・アボットなのか確かめよう。
(正直、関わりたくない人種だが仕方ない……)
そう思って僕はレラニア嬢に接触をはかった。
ちなみに、その時リラジエ嬢の事をついでに聞いたのは、念の為、あの時の彼女がリラジエ嬢で間違いないかの確信を得るためだ。
そして、毒薔薇──レラニア嬢はミカリオとの交際は認めたが、どうもうろ覚えだったようで。
(男を取っかえ引っ変えしてるとの噂だったが……噂では無く本当だったという事か)
僕はとても冷ややかな気持ちでレラニア嬢を見ていた。
その後のレラニア嬢は、明らかに僕に狙いを定めてきた。
失敗したな……
毒薔薇に近付く男達はどうやら、爵位が低い者が多かったらしい。
(それもそうだよな。それも明らかに遊び目的だしな……何でミカリオは引っかかったんだ!)
どんなに美人だと言われても、微塵も心が動かない。
うっとおしいから近付くな! 名前で呼ぶな!!
そう言ってやりたい気持ちは常にあったが、僕がそれを言わなかったのは……
「リラジエ嬢……」
レラニア嬢から、何かしらの繋がりを経てリラジエ嬢との関わりが持てるかもしれない。ただ、その思い故だった。
──まぁ、実際こうして、本当にリラジエとの繋がりを得たわけだけど、それがまさかレラニアが自分を“元恋人”だと紹介していたとは夢にも思わなかったが。
あぁ、これは思い出すだけで腹が立ってくる!
─────……
「リラジエ?」
「ジークフリート様……!」
僕の姿を見るなり、リラジエが脇目も振らず抱き着いてきた。
「リ、リラジエ!?」
……リラジエの様子がちょっと変だ。震えている?
社交界デビューに緊張しているのだろうか?
ついにデビューの日を迎えたリラジエ。
結局、伯爵は僕からの婚約打診の話をリラジエに話さなかったようだが、さすがに今日を迎えれば話をせざるを得ないだろう。
(これは、もうアレだな。多少強引な手を使っても我が家に攫うしかないな)
ミディアは絶対に(泣いて)喜ぶだろう。目に浮かぶ。
……それよりミディアのやつ、リラジエの事を好き過ぎると思うんだよ。
可愛いのは分かるけど!
両親だって反対はしないはずだ。
特に母上は性格がミディアに似てるから間違いなくリラジエを気に入る。
最近は惚気けすぎたせいか、早く会わせろと言われているし。
(だが、レラニアをこのまま放置するわけにもいかない)
僕はリラジエを抱き締めながら、これからすべき事を考えた。
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