王女殿下に婚約破棄された、捨てられ悪役令息を拾ったら溺愛されまして。

Rohdea

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38. 対決の日

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「───リシャール様……ダメですわ」
「え?  これもダメ?  真っ黒だよ?」

 私の言葉にリシャール様は手に持ったソレを持ちながら困惑している。

「これは、かなり印象は違うと思うんだけどな」
「そうなのですけど……」
「けど?」

 リシャール様がぐいっと国宝の顔を私に近づけて来る。

(も、もう!!  近いわ)  

 私は照れながら答える。

「困ったことにどんな格好をしても、リシャール様の美しさというものは隠せないようなのです……」
「え?」
「今、手に持たれているその暗い色の髪のカツラを被っても、どんなにモッサリした髪型にしても、目が見えなくなるくらいの分厚い眼鏡をかけても……全部全部、リシャール様の美しさがだだ漏れなのです!  どうしてそんなにもリシャール様は美し……」
「フ、フルール!  待っ……待ってくれ!」

 慌てた様子のリシャール様がガシッと私の両肩を掴む。

「……!」
「とりあえず、お、落ち着こうか?  落ち着いてくれ」
「は、はい……」

 私はこくりと頷く。

「……リシャール様、今の……お兄様みたいでした」
「え?  ああ、それは──アンベール殿を参考にさせてもらっているからね」
「参考……」

 リシャール様は、ハハッと笑うとそっと私を抱き寄せる。

「今みたいにフルールが全速力で走り出しそうになった時に、一旦落ち着かせる方法とかはかなり参考になるんだよ」
「それは…………私のお兄様ですから」
「知ってる。僕はアンベール殿を心から尊敬しているよ」
「まあ!」

 なんとお兄様ったらリシャール様に尊敬されているわ!
 さすがお兄様……!
 感激した私がクスッと笑うとリシャール様も笑ってくれて、私の背中をポンポンと叩く。

「それで?  フルールは何をどう困っているの?」
「……」
「美しさがだだ漏れって何?」

 リシャール様の胸の中から私はそっと顔を上げる。

(それは、もちろんその国宝級の美しい顔よ!)

「そのままの意味ですわ。だってリシャール様ったらどんな変装をしても美しいんですもの!」
「う、美しい?  僕が?」
「!!」

 リシャール様は意味が分からない、と言った。

 なんということでしょう!
 リシャール様は国宝級の美男子なのにまさかの……まさかの無自覚でしたわ!
 いえ、薄々そうなのでは?  と思ってはいたけれど……

 私は手を伸ばしてリシャール様の両頬に触れる。

「リシャール様。私はこの世であなた以上に美しい人を知りませんわ」
「え……こ、この世!?」
「ですから、あなたは失ってはならないこの国の宝なのです!!  どうぞ自覚をお持ちください!」
「じ、自覚……!」

 私がドンッと言い切るとリシャール様は目が点になっていた。
 そして少し遅れて笑い出す。

「……ははは、本当に?  そんなこと初めて言われたよ?」
「本当ですわよ!  もう!  皆様、どういうこと?  見る目が無さすぎですわ!」

 私が怒り出すと、抱きしめてくれているリシャール様の腕に力が入った。

「あははは、でも僕は他の人の目なんて別にいいんだよ」
「え?」
「僕は、フルールがそう思ってくれるだけで充分だ」
「リシャール様……」

 そのまま見つめ合うと、チュッと素早くキスをされる。

「……ん」
「フルール……」

 私は、このリシャール様が名前を呼んでくれる時の熱っぽい声が好き。ドキドキするの。

(頬が熱い……)

 しばらく甘いキスを交わしてそっと離れた瞬間、リシャール様が小さく笑った。

「どうしました?」
「そっか。今気付いたけどフルールがよく僕の顔を見て赤くなってくれるのはそういう理由……」
「なっ!  今、ぶ、分析はしなくて結構ですわよ!?」
「あはは!  ──でも、そっか。昔から人にジロジロ見られることが多くて不思議だったんだけど……それもなのかな」

(あ、やっぱり見られるには見られていたのね?)

「でも、他はまぁ、いいや。やっぱりフルールにそんな風に思ってもらえているなら幸せだ」
「……っ!」

 国宝級の美男子は、ここで破壊力満点の笑顔を繰り出して来たので私の心臓が飛び出しそうになった。

(眩しすぎます……!)

「──えっと?  それで、フルール曰く美しさ?  とやらが、隠せない僕は上手く変装出来ない……ということであってる?」
「あっていますわ」
  
 これではリシャール様は外に出られない。
 ───今日は、ベルトラン様との法廷での対決の日。

 リシャール様は家で大人しく待っている予定……だったのだけど。

(───……変装してもらってでも連れていくべき、と私の野生の勘が騒ぐのよね)

 裁判は傍聴が可能。
 なので、変装してもらってこっそりその場に居てもらおうと思った。
 それで色々、変装パターンを試してみたのだけど、国宝級美男子はどんな格好をしてもその美しさを消すことは不可能だった……

(国宝、恐るべし!)

「うーん、それなら不自然な格好にしすぎると不審者に見えて、逆に目立ってしまうかもしれないな」

 リシャール様はそう言って黒髪のカツラを被り、さほど分厚くはない眼鏡を選び取ると目にかけた。

「ほら、案外これくらいの方が自然かも。どう?」
「……!!」

(……知的な雰囲気…………いい!)
  
 普段のキラキラしたリシャール様も、もちろんうっとりするくらい素敵!
 でも今のような知的な雰囲気も……
 どれもこれも素敵で胸がキュンキュンした。



「───リシャール様のおかげで私のエネルギー補給はバッチリですわ!  これはもうベルトラン様が何人束になってやって来ようとも絶対に負ける気がしません!」
「あはは!」
「フルール!  ベルトランは一人だ!」

 面白そうにお腹を抱えて笑うリシャール様。
 そして、お兄様には指摘を受け、お父様とお母様にギョッとした目で見られながらも、過去最高に気合を入れた私は法廷の場へと向かった。


─────


(───来ないわね?)

 もうすぐ時間だと言うのに、ベルトラン様たちがやって来ない。
 私は隣に座っているお父様に小声で話しかける。

「お父様、遅刻だなんてベルトラン様は完全に私たちを舐めてますわね?」
「放っておけ。心証が悪くなるのはあちらだ」
「……それもそうですわね」

 そんな話をしていたら、遅刻ギリギリになってベルトラン様たち、モリエール伯爵家の人達がやって来た。

(───来たわね!)

 私はチラッと傍聴席に目を向ける。
 この裁判はかなりの注目を集めているようで傍聴席は人でいっぱい。
 リシャール様はその中にしれっと混ざり込んでいる。

(美が溢れているわ……それなのにちゃんと溶け込んでいる!)

 素敵なリシャール様に見惚れそうになりながらも、私はその周囲も確認する。
 中に入れずに外から様子を窺っている人もいるみたい。
 これなら、思っていたより多くの人にベルトラン様たちの言う真実の愛が、単なる浮気行為だと示すことが出来そう。

(王家は返事を保留にして来たわ───つまり、王女殿下からも慰謝料をむしり取れるかはこの裁判の結果次第!)

 もちろん、ゴネられると裁判は続く……
 でも、出来ればもうさっさと終わらせたい!


「───それでは時刻となりましたので開始します」


 ────


「婚約破棄に伴う慰謝料請求ということですが────モリエール伯爵家の子息、ベルトランは婚約者だったシャンボン伯爵家の令嬢、フルールに事前になんの話もしないまま、公のパーティーで他の女性との愛を語り浮気宣言……」

 既に提出済みの諸々の資料を手にした裁判官が確認のために読み上げていく。

「浮気?  ───違います!  これは……純粋な愛なんです!」
「それぞれの主張を述べる時間は後で設けてありますので、それまでは口を慎むように」
「は、はい……」

 あくまでも浮気ではない!  と主張したかったらしいベルトラン様が口を挟み怒られていた。

(それにしても……)

 純粋な愛だと叫んだベルトラン様だけど、その姿を見る限りあの我が家に押し掛けてきた日よりもかなりやつれているように見える。
 とてもとても純粋な愛を貫いて幸せそうな人には見えない。

 ──これは勝ったわ! 
 そう確信したい所だけれど、ここまで追い詰められると人って逆に捨て身になって、とんでもないことをやらかしたりするのよね……

(だから、気を抜かないようにしないと)

 私は気を引き締めて前を向いた。
  
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