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39. 最強令嬢はマイペース
しおりを挟む「───確かに、事前に話を通さなかったのはこちらだ! しかし、この金額はあまりにも非常識過ぎると思いませんか!?」
ベルトラン様はようやく主張する時間を与えられると、ここぞとばかりに慰謝料の金額が高すぎると必死に訴え始めた。
払う意思はある。だが、非常識な金額だと強く主張している。
「……確かにすごい金額にはなっていますが、提出された資料を元に計算するとこれくらいにはなりますね」
「う、嘘だろう!?」
裁判官の言葉にベルトラン様は大きなショックを受けていた。
「ですが、私のこれまでの裁判官人生で、これ程までに全てきっちり計算し上乗せした金額で請求して来た方は初めてです」
裁判官はそう言いながらちょっと怯えた目で私のことをチラッと見た。
一方、ショックを受けたベルトラン様は悔しそうに嘆く。
「てっきりフルールは常識外の金額を吹っかけているのだとばかり……」
「怯むな、ベルトラン。だからと言って、やはりこの金額は高すぎるだろう!」
嘆き頭を抱える息子に代わって主張を始めたのは父親の伯爵。
よほどお金を払いたくないのか、その顔には焦りの色も見え隠れしていた。
そんな伯爵は私を睨みながら一気に捲し立てる。
「そもそも、息子の気持ちが離れることになったのも、元々はあなたの方に原因があるのでは? シャンボン伯爵令嬢!」
「……」
「息子の行動を浮気だなんだと責める前に、まず自分の行動を振り返ったらいかがかな?」
「……」
「そうそう、君は息子と婚約したばかりの頃、たびたび息子の誘いを断るなんてことがあったそうじゃないか!」
「……」
「本当は先に不貞を働いたのは君の方なんじゃないのか?」
「……」
「私の息子は運命の人と出会って真実の愛を見つけただけ」
「……」
「君のような冴えない女性では私の息子の嫁には相応しくなかったということだ!」
「……」
(凄いわ。次から次へとポンポン言葉が……)
「───おい! 何か言ったらどうなんだ! そんな気の抜けた顔をして……私の話を聞いているのか!」
何を言われても私が反応しなかったせいなのか、伯爵は最後に怒り出す。
そして私はここまでの話を聞いて思った。
(モリエール伯爵って目が悪いのかしら……?)
私はこんなにも、負けないわよ! と、気合いたっぷりの顔をしているのに、気の抜けた顔をしているように見えるだなんて……
「心配だわ……」
「心配? フルール、何がだ?」
つい口に出してしまったので、横に座っているお父様にどうしたのかと聞かれてしまった。
「いえ、お父様。私、モリエール伯爵の視力が心配になってしまって」
「は? 伯爵の視力だと?」
お父様が目をまん丸にして私の顔を見てくる。
「はい。だってあの方、私のこの気合いたっぷりの顔を見て気が抜けている、などと言うのですよ?」
「……フルール」
「だから、人の顔もまともに見えないほど視力の低下を起こしているのかもと思ったら……つい」
「……フルール」
(あら? お父様が変な顔をしているわ?)
「そっちなのか……お前が今、気にするところはそこなのか……」
「え? ええ。とっても気になって仕方がありませんけど?」
お父様が頭を抱える。
何だかその姿はお兄様そっくりでさすが親子だわ~と思った。
「あれだけ色々言われているのに全く反応を示さないから、さすがのフルールも伯爵の言葉にショックを受けて黙り込んでいるのかと思えば……」
「ショック?」
ここまでの話のどこにショックを受ける要素が?
私にはさっぱり分からず首を傾げた。
「いいえ、全く。むしろ、よく口が回るものだわと感心しておりました!」
「フルール……」
「日頃からよく喋っていると、ああなるのかもしれませんわね」
そこまで言って私が再び前を向くと、怒り心頭の伯爵と目が合ったのでにっこり微笑んでおいた。
すると伯爵は目を大きく開き、何故かビクッと身体を震わせていた。
(……? 何かしらその反応)
「…………えっと、シャンボン伯爵家としては今のモリエール伯爵家側の発言に対して何か反論や主張などはありますか?」
裁判官にそう訊ねられた私は、一瞬考えてこう答える。
「そうですね。当主に一刻も早く病院に行ってください、と言いた……」
「フルーーーール!」
隣に座っているお父様が慌てて私の口を塞ぐ。
「フルールよ、うん、そうだな。お前の言いたいことはとーーっても分かるんだが、ちょっと今は違うと思うぞ?」
え? 違うの? と、私は不思議に思った。
「コホンッ───裁判官、私の娘はモリエール伯爵令息との婚約中に不貞を働いたなどという事実はありません」
お父様は私の口を塞ぎながら裁判官に訴え始めた。
そしてベルトラン様たちに対しても強めの口調で言う。
「モリエール伯爵殿も変な言いがかりは止めてもらいましょうか」
「ぐっ」
「そもそも、何か娘が不貞していたなどという証拠はあるのですか?」
そんなお父様の声に反論をしたのはベルトラン様だった。
「そ、それなら、婚約当初フルールが度々、僕の誘いを断っていたのはなんだったんだ!」
「ベルトラン様……」
「フルールは理由を聞いても、ちょっと……と笑って誤魔化していたな? 怪しいぞ。不貞の証拠もないが、不貞ではないという証拠も存在しないじゃないか!!」
(まさか、そんな昔のことをネチネチ持ち出して不貞疑いにするなんて!)
令嬢たちに私についての話を聞き回っていたはずなのに、まさかの昔話。
やっぱり彼女たちからは何の情報も得られなかったんだわ。
「───不貞ではないと主張するなら、なんだったのか理由を言ってみろ! 疚しいことがあるから笑って誤魔化し───」
「腰痛ですわ」
私が即答するとベルトラン様はえっ? という表情で私を見た。
あと、家族以外の皆が腰痛という言葉にザワついている。
(リシャール様……どうか呆れないで聞いてくださいね?)
私は心の中でそう語りかけながら続ける。
「……あれは腰痛で寝込んでいましたの」
「よ、腰痛だと?」
「はい」
ベルトラン様は目が点になるとすぐに、はははと笑いだした。
「フルール。伯爵家のお嬢様が何をしたら腰痛なんかになると言うんだ! どうせ嘘をつくならもっと──」
「あの頃、私は畑づくりと庭づくりにはまっていましたの」
「……は?」
私が言葉を遮ると、ベルトラン様が不審そうな目で見て来る。
「庭師にお願いして我が家の庭にせっせと花を植えたり畑を耕したりしていましたのよ! そうして……腰を痛めましたわ!」
しーん……
何故か法廷内が静まり返ってしまった。
皆が私を見ている。
(すごい視線!)
あのパーティの日に存在を忘れられていたのが嘘のようだわ!
そんな私に向かってベルトラン様が呆然とした顔で呟く。
「腰……」
「腰痛ですわ!」
「嘘……」
「まだ、言います? ご希望なら医師に連絡して診断書を用意させますけど?」
「……ぐっ!」
ベルトラン様は悔しそうに口を噤んだ。
畑や庭づくりはやるならとことん徹底的にやりたかった。
腰痛にならなかったらもっと続けたかったのに。
私はふぅ、とため息を吐く。
そんな私をお父様が心配そうに見つめてくる。
「フルール?」
「いえ……これで、私は明日から腰痛令嬢と呼ばれるのかしらと」
「は?」
「悪役令嬢と腰痛令嬢……どっちがマシなのかしらと本気で考えまして」
「……」
お父様は何か言いたそうにじとっとした目で私を見た。
「な、なら……フルールの不貞は……どうなるんだ!」
再び声を荒らげるベルトラン様。
「ですから、そんな事実はありませんわよ? 不貞したのは私ではなくベルトラン様ですから」
「シャンボン伯爵令嬢の言う通りで──……」
私の言葉を受けて裁判官が既に提出済みの証拠をいくつか読み上げてくれる。
(不思議……)
パーティーではあれだけ人々をうっとりさせたベルトラン様と王女殿下の“真実の愛”が、場所が変わり裁判官から語られるだけで浮気感が増大する。
傍聴席の人たちも同じ気持ちのようで視線はベルトラン様に集中していて、その目は冷ややか。
「なっ……」
ベルトラン様は再び悔しそうな表情を浮かべると、私に向かって怒鳴った。
「……フルール! 君は……ここまで僕を追い詰めて楽しいのか?」
「え?」
「君の目的はなんなんだ! 僕に恥をかかせることなのか!」
そう問われた私はきっぱり答える。
「───もちろん、お金よ!」
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