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48. 幸せになるので
しおりを挟む絶妙なタイミングで起きた私のお腹の主張により、部屋の中がしんっと静まり返る。
私は咄嗟に自分のお腹を見た。
いえ、私だけじゃない。
怒りの形相だった王女殿下でさえ、ポカンとした顔で私のお腹を凝視している。
(私のお腹……すごいわ! なんて正直なの!!)
「──プッ……コホッ。くっ、くく……と、いうわけ、なんですよ、王女殿下。ご、理解いただけましたか? くくっ……」
「…………」
お兄様が笑いを堪えて……いえ、もう殆ど笑いながら王女殿下に問いかける。
けれど、王女殿下は私のお腹を凝視して固まったまま動かない。
「──リ、リシャール様! 今の聞こえました? 私のお腹がお兄様に絶妙な援護をしましたわ──って……あら?」
「……っっ! っっっ!!」
私は私で、どうしてもこの自分のお腹の素晴らしさを語り合いたかったので小声で、寄り添ってくれているリシャール様に笑顔全開で声をかけてみた。
けれど、リシャール様は声を出さずに小刻みに身体を震わせている。
「リシャール様?」
「い……や、タイミングすご……フルー……お腹、くっ……」
「やっぱり、リシャール様も私のお腹が凄いと思いました?」
コクコクコクと凄い勢いで頷くリシャール様。
「私も驚いてますの」
「あ、ああ……」
私は自分のお腹を擦りながら言う。
「さすが私のお腹ですわ! ここはもうこの素晴らしさを記念して、キ……」
「ん? ……待ってくれ! ……お腹がキュルキュル鳴ったからキュルールに改名するわ! なんて言ったらアンベール殿が泣いてしまうぞ?」
「あら……?」
いきなり立ち直ったリシャール様に止められてしまう。
……不思議だわ。
お兄様もリシャール様もどうして私の言いたいことが分かってしまうのかしら?
けれど、今はそれよりもっと重大なことがあるわ。
「お兄様、泣いてしまうの?」
「ああ、間違いなく大号泣だろう」
「感動して?」
「……!?」
リシャール様がガクッとずっこける。
「いや……か、感動ではないんじゃないか、な」
「そう……」
確か、お兄様はチョロールの時も笑い死にすると言っていたものね……
この分だと、もう一つ考えたハラヘリールもダメそう。
私もフルールのままでいるべきだとは分かっているのだけれど、最近は特に他の名前の方がピッタリなのでは? なんて思う瞬間が多すぎて困るわ。
「分かりましたわ。キュルールは諦めます」
「そうしてくれ」
リシャール様は苦笑しながら頷いた。
「ところで、フルールはアンベール殿の言ったように、散らばったお菓子のことは……」
「ええ、あれは許せませんでしたわ」
私はお菓子が宙を舞った時の悲しい瞬間をリシャール様に語る。
「それは……また、うん。悲しいな」
「はい。あのままテーブルに置かれたままだったなら、確実に私のお腹の中に収まるはずだったのに。とても悲しい話です」
「フルール……」
リシャール様が優しく頭を撫でてくれる。
「ありがとうございます。でも、私はむしり取る慰謝料でもっと美味しいお菓子を皆で食べると決めましたので大丈夫ですわ」
「う、うん?」
「ですから、リシャール様も一緒にたくさん食べましょうね!」
「……わ、分かった……!」
よーし、お菓子パーティーのためにも、王女殿下からもがっぽりむしり取るわよーー!
そう気合いを入れ直して王女殿下の様子を見る。
そんな王女殿下は私を凝視したまま、ブツブツ呟いていた。
「食い意地……? そんなことで見抜かれるって……え? 嘘でしょう……有り得ない」
「え! 王女殿下今なんて仰いましたか?」
「見抜かれる……? つまり……部屋をこのようにしたのは」
王女殿下の護衛たちもその言葉を聞いて動揺し始めている。
「……っっ! もうなんなの……たかが伯爵家の小娘が……」
ようやく事態を理解した王女殿下が顔を上げて再び私を睨む。
「───シャンボン伯爵令嬢!」
「はい」
「貴女、先程からずっと、わたくしに対してふざけているの!?」
「いいえ。私は常に大真面目ですわ」
王女殿下の目を見つめて、胸を張って答えると殿下が「うっ……」とたじろいだ。
私はふぅ、とため息を吐く。
「私からすると、王女殿下の方が心配ですわ」
「は?」
「パーティーでは私を空気のような存在にしてまで真実の愛を誓ったはずのベルトラン様を返品したいと口にされたり、今のように突然ご乱心されたり……情緒が不安定過ぎますわ!」
「……なんですって!?」
王女殿下の顔が真っ赤になっていく。
「それに怒りっぽいようですし……」
「うるさいわよ! たかが小娘ごときが──!」
「!」
激昂した王女殿下が私に殴りかかる勢いで突進してくる。
殿下の護衛が慌てて引き止めようとしたけれど、それすらも振り切っての凄い勢いだった。
「フルール!」
リシャール様が私の腕を横に引っ張ると抱きしめるようにして庇ってくれた。
「フギャッ!」
勢い余った王女殿下はそのまま止まれず、前に突っ込むとその場にベチャッと転んだ。
「あ、ありがとうございます……」
「大丈夫? さっきはアンベール殿が決めていたから今度こそは僕もフルールを護らないとここに来た意味がない」
(リシャール様……)
そんなリシャール様にうっとりしているとお兄様も駆け寄ってきてくれた。
「フルール、大丈夫か?」
「お兄様! 大丈夫ですわ」
私が微笑むとお兄様はホッと胸を撫で下ろしていた。
「分かってはいたが、本当に危険な王女様だな……突進するって」
お兄様がそう呟くのとほぼ同時に転んでいた王女殿下がムクリと起き上がる。
「貴女! どこまでわたくしをバカにすれば気が済むの!? 不敬罪よ!不敬罪!」
「いいえ! 文句はたくさんありますが、バカにした記憶はありません!」
「そういうところが~~って……あら? 今度は何かしら、そんな冴えない護衛の男と抱き合ったりして」
怒っていたはずの王女殿下は、リシャール様に庇われて抱きしめ合うような体勢になった私を見てクスッと笑った。
「ああ、そうよねぇ……婚約破棄された伯爵令嬢なんかに次のいい縁談が来るわけ無いものね……」
「……」
ただのいい縁談どころか、勿体ないくらいのとびっきりの縁談が来たけれど?
「そんな冴えない護衛を相手にするくらいなら、大人しくベルトランに戻った方がよろ……」
「よろしくないのでお断りします! むしろ冴えないのはベルトラン様の方ですから!」
「なっ!」
リシャール様とお兄様が小さく吹き出した。
「残念ながら……あんな冴えない男と婚約していたことは、私の人生の中でのがっかり記録ですが、この先の私は誰よりも幸せになるのでなんの問題もありませんわ!」
私が笑顔で胸を張ると王女殿下はプッと吹き出し高らかに笑いだした。
「何をそんな強がりを言っているのかしらねぇ。それはわたくしのセリフよ?」
「王女殿下も幸せになる予定が?」
「うふふ、そんなの当然でしょう? 仕方がないから、わたくしに未練タラタラの男を呼び戻すことにしましたもの」
(……ん? 呼び戻す? それってまさか……)
未練タラタラの部分に些か疑問は感じたものの、リシャール様も同じことを思ったのか身体がピクリと反応した。
「……殿下? もしかしてその方って」
「あーら? そんなの一人しかいないでしょう? わたくしの元婚約者のリシャールよ?」
(やっぱり!)
「しょうがないから、わたくしが公爵家に頼み込んでリシャールを復帰させてあげようと思うの。彼は見目もいいからわたくしと釣り合うし、どうやら頭も優秀だったみたいだから泣いて喜ぶはずよ?」
「……泣いて喜ぶ」
(泣いて嫌がるの間違いでは……?)
「そうよ! 貴女もパーティーにいたなら見ていたでしょう? だって、あの時のリシャールったら、わたくしに未練タラタラのようだったじゃない? だから───」
「未練? ────ふざけるな! 断る!」
王女殿下の言葉を遮るようにして私の頭上から聞こえたその声は、室内にとてもよく響いた。
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