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49. その言葉を待っていた
しおりを挟む「───いい加減にしてくれますかね、そんなのは絶対に御免ですよ」
怒鳴ったリシャール様は、ふぅ……とため息を吐いたあと、王女殿下に向かってそう言った。
けれど、王女殿下はまだ理解していなかったようでリシャール様を見返しながら鼻で笑う。
「は? そこの冴えない護衛如きが何を言い出しているのかしら?」
「……」
「このわたくしに向かって怒鳴るなんてどういうつもり? あなたも不敬よ、不敬!」
「……」
「わたくしに懸想するのは結構ですけど、わたくしを誰だと思っているの? 王女よ?」
更に続けてクスクス笑いながら、あなたなんてお呼びじゃないと言い放った。
どうやらこの段階まで来ても、この護衛が自分の婚約者だったリシャール・モンタニエなのだと分からないらしい。
(変な王女殿下。リシャール様は変装中でもこんなにも美しさが溢れ出ているのに!)
「身の程知らずな夢など見ていないで、そこの伯爵令嬢とよろしくやっていればいいじゃない。冴えないもの同士のあなたたち、とーーってもお似合いよ?」
その言葉を聞いたリシャール様の口元が緩む。
「──ありがとうございます。その言葉を待っていました」
そう言ったリシャール様はまずそっと眼鏡を外した。
「あ!」
「何で……」
眼鏡を外したリシャール様の顔を見て殿下の護衛の二人が驚きの声を上げる。
そんな護衛たちの様子に王女殿下は怪訝な目を向けた。
「は? 何を驚いているの? 冴えない男が眼鏡を取ったところで冴えないまま…………え?」
「───どうやら、僕は身の程知らずで、冴えない男のようですので、やはり王女殿下には相応しくないようですね」
リシャール様はそう言いながら、被っていたかつらにも手をかける。
黒髪のかつらを脱ぐと下から出て来たのは綺麗な金色の髪。
眩しいリシャール様にピッタリのいつもの髪。
「先程は僕を呼び戻すなんて言われた気がしましたのでね? ……そう言っていただけて本当に良かったですよ、シルヴェーヌ王女殿下?」
「……え、あ……嘘、でしょう? あなた、リシャール……リシャールなの!?」
先程まで鼻で笑って小馬鹿にしていたのが嘘のように王女殿下は目を大きく開き、ブルブルと震え出した。
「……おや? 王女殿下はご自分が追放した人間の顔をお忘れですか?」
「そ、そんなわけないじゃない! わたくしたちは婚約……」
「では、先程の冴えない男と言うのは?」
リシャール様の美しくも冷たい追及に王女殿下が、ひっ! と小さく悲鳴を上げる。
そんな殿下を見ながらリシャール様はフッと冷たく笑った。
私はそんなリシャール様の顔にうっとり見惚れる。
(素敵……なんて素敵な顔をするの、リシャール様!)
いつも私に向けては優しく笑ってくれることが多い人だから、こういう冷たい顔を見るとゾクゾクする!
(ああ! お願いしたら私にもそんな冷たい顔を向けて罵ってくれるかしら?)
あとで絶対に絶対にお願いしちゃう!
なんて私が脳内で色々な想像をしている間に、リシャール様と王女殿下の間にはバッチバチの火花が散っていた。
「まぁ、別にあなたの中で僕がどんな男となっていようとも全く構いませんけどね?」
「……は? 何を言っているの? リシャール、あなたは……わたくしともう一度──」
王女殿下がリシャール様に向かって手を伸ばす。
リシャール様は冷たい目でその手を払い除けた。
「……王女殿下。あなたの目は節穴ですか?」
「え?」
「ああ、失礼。ベルトラン・モリエールという男に運命を感じる愚かな殿下ですから、その目がどのような目かは聞かなくても分かることでしたね、すみません」
「リシャール!!」
王女殿下に喧嘩を売りまくっているリシャール様は、そこでギュッと私を抱きしめる。
「ああ、ですが殿下。あなたには感謝していますよ?」
「は?」
「あの日、あなたに悪役令息として捨てられたから僕は最愛の“彼女”に出会えた」
「さ、さいあいの、かの……じょ」
震える声でそう口にした王女殿下の視線が、リシャール様の腕に囲われている私へと向けられた。
「ま、まさか……」
顔色がどんどん青くなっていく王女殿下に向かってリシャール様はとびっきり美しく微笑んだ。
「僕とフルールはとーーってもお似合いなんでしょう?」
「……うっ!」
「ありがとうございます、王女殿下」
そう言ってリシャール様は、私の前髪に触れて少し避けるとチュッと私の額にキスをした。
それを見た王女殿下が怒鳴る。
「───リシャール!! あなた、な、何をしているの!」
「何って愛しい人に口付けただけですが?」
「だ、誰の許可を得て……そんなことを! あ、あなたはわたくしの……」
リシャール様は、はて? と、首を傾げる。
「なぜ、あなたの……王女殿下の許可が必要なのでしょうか?」
「え……」
「はっきり言います。僕はもう一度殿下と婚約する気はありません」
「リシャール……!」
王女殿下が再び怒鳴るけれど、リシャール様は意に介さない。
にこりと美しく微笑んだ。
「あなたが散々見下したフルールは僕と幸せになります。どうぞ、あなたも幸せに……」
「あ……」
王女殿下は小さく声を上げるとその場にペタッとへたり込む。
けれど、すぐに何かに気付いたようで顔を上げる。
「……いえ、待ちなさい! あなたはわたくしに婚約破棄された時に公爵家も追放された身! 今は平民同然よ! つまり公爵家に復帰するにはわたくしの───」
「……」
「え? やだ。な、に? その顔……あなた、まさか」
リシャール様の顔を見た王女殿下が震え出す。
「……僕はまだ何も言っていませんが、どうされました?」
「あ、うぁ、う……」
リシャール様に責められて言葉を失う王女殿下を見ながら私は思う。
(すごいわ、リシャール様……なんてかっこいいの!)
私はリシャール様の腕の中で更にゾクゾクしていた。
やっぱり素敵……!
たまにはこんな目で私も見られたい!! いえ、見て!!
そして罵って!
まさか、自分の中にこんな気持ちが生まれるなんて思わなかったわ。
新しい扉が開いた気分よ!
なんてことを考えていたら、リシャール様が更なる追及を始める。
「──ああ、そうそう。殿下に一つ聞きたかったんですよね」
「……っ!?」
「あのパーティーの日。弟と組んで僕をどうするつもりでしたか?」
「……ひっ!?」
王女殿下が情けない悲鳴を上げる。
「なぜ、そんな怯えた声を?」
「……っ、うっ……し、知らないわ! なんのこと!?」
しらばっくれようとする王女殿下だけど、リシャール様は引かなかった。
「おや? それだけ動揺していて、知らないだなんてすごい話ですね?」
「──うっ」
リシャール様は笑顔で王女殿下をどんどん追い詰めていく。
そして、王女殿下は耐えられなかったのか頭を抱えてその場にうずくまった。
「さぁ、早く話してください。きっと楽になれますよ?」
「うう……」
「それから、フルールに慰謝料を全額を支払うと約束してください。きっと楽になれますよ?」
「うっ……うぅ……」
(───ん?)
リシャール様はどさくさで私の望みも要求していた。
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