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50. 悪役令息の本気
しおりを挟む(なぜ、そこで私の慰謝料の話まで!?)
すごく聞きたい気持ちが強いけれど、リシャール様にはリシャール様の考えがあるはず。
だから今は私が口を挟む時ではない。
「……」
今、行われている王女殿下との決別と、おそらく今後仕掛けるつもりの公爵位の簒奪は、これから先の人生を自分のしたいことをすると決めたリシャール様にとってとても大事なことだから。
そう思ってコソッとリシャール様の顔を下から盗み見る。
やっぱり美しくて素敵……なのはもう当然のこととして、その顔付きは真剣そのもの。
ついでに王女殿下の様子も見ると、完全に頭の中が混乱しているようで完全にリシャール様の勢いに流されそうになっている。
(なるほど……リシャール様は王女殿下の性格をよくご存知だから……)
敢えて流されやすい性格を利用しているのだと分かった。
「殿下? ───躊躇っている時間は無いと思いますが?」
「え……」
怯えた目を向ける王女殿下にリシャール様が微笑む。
微笑んでいるはずなのに、それが何だか悪い顔に見えてしまう。
(なるほど……これが“悪役令息”なのね!)
「殿下が弟と共謀したであろう件は、別に今ここであなたが口を割らなくてもすぐに明らかにさせますしね」
「な、んですって!?」
「当然でしょう?」
王女殿下はぐっと押し黙る。
確かにここで王女殿下が口を割れば弟さんを攻める時に有利にはなるけれど……
(リシャール様の場合、どっちのパターンも考えていそうなのよね)
それに。
リシャール様は、今ここで口を割れば許すなんて一言も口にしていない。
でも、不思議なことに動揺している時にこんな風に追い詰められると、人って自分に都合よく解釈したくなるもの。
リシャール様はそれを狙っているのだわ!
「それに、フルールへの慰謝料も渋っている場合ではありませんよ?」
「は?」
「後回しにすればするほど、あなたの評判は下がっていきます」
ピクッと王女殿下の眉が反応した。
「あれだけ、大々的に振舞っておいてベルトランとの真実の愛は壊れたのでしょう?」
「……っ」
「それが世間に公表されたらどうなるか……さすがに分かりますよね?」
「リシャール……!」
王女殿下がリシャール様を睨みつける。
けれど、リシャール様は全く意に介さない。ひたすら追及を続ける。
「ベルトランに騙されたけど、そのことで長年の婚約者だった僕への想いにようやく気付く……追放したはずの僕を必死に探し出してようやく見つけて許しを乞う。あなたに未練を残していた僕はそれを受け入れる───これこそが本当の“真実の愛”でした…………という“演出”が王家の皆さんはしたいんですよね?」
「……リシャール」
演出という部分を強調するリシャール様。
王女殿下が悔しそうに唇を噛んでリシャール様から目を逸らす。
「……と、表向きはこんな感じで」
「えっ!」
「裏の考えとしては、ベルトランは思っていたより使えない男だったし、それならさっさと僕を呼び戻して面倒ごとは押し付けてしまおう! って所ですか?」
王女殿下の顔色が分かりやすく変わった。
この指摘は図星らしい。
「あなた方は自分勝手に人のことを捨てて追い出しておいて、図々しいとか考えないのでしょうかね? でも、残念ながらこの“美談”は成立しません」
「リシャール……ねぇ、待って? 話を……話を聞いて頂戴? わたくしは……」
リシャール様は追いすがろうとする王女殿下を払い除けた。
そして、ギュッと私を抱きしめると、また額にチュッとキスをする。
(あ……)
何だか恥ずかしくなってリシャール様の胸に顔を埋めた。
リシャール様はそんな私を見てクスリと笑う。
「無駄ですよ。見ての通り、僕はフルールに夢中なので。ご覧の通りとっても可愛いでしょう?」
「リシャール……!」
「いいんですか? あなた方が思い描いたその美談は絶対に実現しない。ベルトランも嫌。そうなると殿下は新たな相手探しが必要になりますが?」
「……え?」
王女殿下の動きがピタッと固まる。
その表情はそんなこと考えていなかった……そう言っているように見える。
「その際に、“真実の愛”なんてものを持ち出して奪ったベルトランの元婚約者のフルールに対して慰謝料を払っていたかいないかって重要だと思うんですよね」
「!」
「まあ、慰謝料払うのを渋って、次の相手候補も見つからずやっぱり真実の愛をベルトランと貫くならそれでも構いませんけども」
「ベ、ベルトラン……と?」
王女殿下は首を横に振りながら声を震わせた。
その目が嫌だと言っている。
「───さあ、どうします? シルヴェーヌ王女殿下?」
その時のリシャール様の笑顔は惚れ惚れするくらい美しかった。
────
「リシャール様、ありがとうございます!」
「え?」
追い詰められてシナシナになった王女殿下の部屋から出て、少し歩いたところで私はリシャール様にお礼を告げた。
「王女殿下が慰謝料支払う約束をしてくれましたわ!」
「ああ、良かったよ。たっぷり脅した甲斐があったかな」
「素敵でしたわ」
「ほ、本当か?」
私がうっとりした気持ちでそう口にすると、リシャール様が少し照れる。
「ええ! もう、ゾクゾクしましたわ!」
「ゾクゾク?」
聞き慣れない表現だったせいか不思議そうな顔をするリシャール様。
そこへなぜか眉間に皺を寄せたお兄様が間に入ってくる。
「フルールよ……お前、まさかリシャール様と殿下の様子を見て、私もあんな目で見られたい! 罵って! とか思っていたんじゃ……」
「まあ! お兄様! どうして私の思考が分かったの?」
「……」
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そう言ってお兄様は額に手を当てて息を吐いた。
「何かフルールの中で新しい扉が開いたような予感が……」
「───さすがお兄様ですわ! 何でも私のことお見通しなのですね!?」
感激した私がそう言うとお兄様は遠い目をしながら言った。
「そりゃ……何年もフルールのお兄様をやっているからな…………ハハッ」
「おっしゃる通り……リシャール様のかっこよさに惚れ惚れゾクゾクしていましたわ!」
そう言ってリシャール様に顔を向けると、リシャール様は話についていけなかったのかポカンとしている。
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「……リシャール様がかっこよくて素敵だったという話ですわ!」
「あ、ありがとう?」
リシャール様が照れながらお礼を言う。
でも、どうやらリシャール様は困惑している。
こういう所も好き!
「えっと、それでゾクゾク?」
「はい! ゾクゾクしましたわ! ですから……そ、その」
「?」
不思議ね。
新しいお願いごとは珍しく照れてしまうわ。
でも、ここで躊躇うなんて私じゃない!
そう思って口を開く。
「───リシャール様、ぜひ! 今すぐでなくても構いませんから私のことも罵……」
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