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67. 安心してください!
しおりを挟むオリアンヌ様の無事を確認したリシャール様は、このまま王宮の仕事に戻るという。
私はオリアンヌ様をお兄様に託して、リシャール様を門まで見送ることにした。
部屋を出る時、オリアンヌ様は新たに運ばれて来たお肉に目をキラキラさせているのが見えた。
玄関までの廊下を並んで歩きながら、自然と会話はオリアンヌ様のことになる。
「オリアンヌ様、思っていたよりも元気そうで良かったです」
「肉への愛がかなり溢れていたなぁ……」
リシャール様が苦笑する。
「あんなに肉好きな人だったなんて知らなかったよ」
「え? そうなのですか?」
私が聞き返すとリシャール様は、うーんと渋い顔をした。
「ほら、王族の婚約者……しかも、王太子殿下の婚約者だったわけだし、僕よりも制限が多かったんじゃないかなと思う。見かける時はいつも無口な令嬢って感じだった」
「……あ」
そう聞いてなるほど、と思う。
のびのび育って、今も現在進行中でのびのびしている私には耐えられない世界だと思った。
「……リシャール様もそうでしたけど」
「うん?」
「今は心の整理がつかなくて辛いとは思いますが……」
「うん、そうだろうね」
リシャール様は相槌を打ちながら悲しそうな表情になる。
「ぜひ、オリアンヌ様には“あんな大勢の前で堂々と浮気宣言をする人となんて結婚せずに済んで良かった”そう思えるくらいのとびっきりの幸せをこれから見つけて欲しいですわ」
「フルール……」
リシャール様が私の肩に腕を回して抱き寄せる。
そしていつもの甘い微笑みを私に向けた。
「今、僕がフルールとこうしていられることが幸せだと感じているように?」
「ですわ!」
私も微笑み返す。
するとリシャール様はじっと私の目を見つめながら言った。
「……でも、僕は彼女も大丈夫な気がする」
「え?」
「きっと、今回のことは乗り越えて“とびっきりの幸せ”を見つけられるんじゃないかな?」
「どうしてです?」
きっぱり断言したように言うので、不思議に思って聞き返すとリシャール様はフッと笑った。
そして、手を伸ばして私の頬に触れると優しく撫でた。
「───フルールに助けられて拾われたから」
「え? 私?」
「そうだよ。フルールに出会えた──それがまず最初の幸せの始まりだ」
「ええ!?」
驚いていると、リシャール様の顔がそっと近付いて来た。
「──! リ、リシャール様……こ、ここでは!」
「うん……」
うん、と頷いてくれているのに止まる気配のないリシャール様。
麗しの顔が更に近付いて来る。
ここは我が家の廊下ど真ん中なのに!
使用人だって行き来して───
(あれ? そのわりには足音とか人の気配とか静か……な気が、する)
「……?」
「──シャンボン伯爵家の使用人って凄いよね」
「え……?」
間近に迫ったリシャール様がしみじみとした口調で言う。
「お嬢様の幸せな時間は邪魔しない! と結束して僕らが二人っきりでいる時は邪魔しないようにその場から即座に離れると決めているんだってさ。アンベール殿がそう言っていた」
「え……? え?」
戸惑う私にリシャール様がニンマリと笑う。
「つまり、こういうことをしても誰も見ていない、ってことだよ」
───チュッ
そう言ってリシャール様は私の唇に軽くキスをした。
「は、初めて聞きました……」
「それだけフルールが皆に愛されていて、そして僕はそんなフルールの相手として皆に認められたのだと思っているよ」
「リシャール様……」
私は自分からギュッとリシャール様に抱きついた。
「───さっさと王太子殿下の婚約破棄問題は解決してフルールを迎える準備を進めたいよ……」
「あ! そういえば……」
真実の愛だとか悪役令嬢のことが先行していて、すっかり忘れていた。
「王太子殿下の言う“真実の愛”のお相手の令嬢というのはどんな方なのですか?」
「……」
「えっと、リシャール様? その顔は……」
「……」
私が訊ねると、リシャール様は苦虫を噛み潰したような表情になった。
───
リシャール様を見送った私は、お兄様とオリアンヌ様のいる部屋へと戻る。
(うーん……)
リシャール様のあの反応。
詳しくは分からなかったけれど、王太子殿下の真実の愛のお相手はあまり望まれているような方ではなかったのかもしれない。
「やっぱり、やってることはただの浮気なのに良いように置き換えようとする真実の愛なんて、ろくなものではないんだわ」
改めてそう思った。
「───私、こんなにたくさんの美味しいお肉を食べたの初めてです!」
部屋の前に着くとお兄様とオリアンヌ様の会話が聞こえて来る。
私は部屋に入る前にコソッとその様子を覗いてみた。
オリアンヌ様は肉料理に満足したようで嬉しそうに笑顔を見せていて声が弾んでいる。
元気になってくれて良かったわ、と心から思う。
(だって一日一食よ? しかも、パン一切れとスープのみなんて許せない!)
「俺はフルール並に食べる令嬢がいたことに心の底から驚きが隠せない……」
「え? フルール様も? あ、そういえばお代わりの時にそのようなことを」
そうこうするうちに、話題はどうやら私のことになっていく。
「フルールは通常、五杯はお代わりします」
「まあ! 五杯!?」
「多少、元気がなくても三杯は余裕。それがフルールです」
「ええ……!?」
(もう!)
お兄様がちょっと大袈裟に語るものだからオリアンヌ様が目を丸くして驚いているわ。
「でも、そこがフルールの……妹のいい所で可愛い所でもあるので」
(お兄様……)
少し照れたように語るお兄様。
私はそんなお兄様の言葉にじんっと胸があたたかくなる。
「忘れそうになるけれど酷い目にあったフルールがリシャール様と新たに婚約を結んで幸せそうなのは喜ばしい。けれど、嫁にいってしまうと思うとそれはそれで少し寂し…………あ! し、失礼」
お兄様は言い過ぎたと思ったのか慌てて自分の口を塞ぐ。
(お兄様……寂しいと思ってくれていたんだ……)
まだ、リシャール様の元に嫁ぐまでは時間がある。
だから、その間はお兄様孝行をたくさんしようと決めた。
そんなお兄様にオリアンヌ様はふふっと綺麗な笑顔を見せた。
「素敵です。フルール様のこと大事に思っているんですね?」
「え……」
「羨ましいです。私には兄と弟がいますけど……そこまで……いえ、仲が良いとは言えないので」
そう口にするオリアンヌ様の声はどことなく寂しそう。
確かに仲がよい兄弟がいるのなら軟禁状態の彼女を放っておくはずがない。
まずは突然、裏切られて婚約破棄されてショックを受けているオリアンヌ様の心のケアをするのが普通よ。
(───うん。これはますます放っておけないわ!)
そんな家にオリアンヌ様を返すわけにはいかない!
「───戻りましたわ!」
「フルール!」
「フルール様」
タイミングを見計らって私が部屋に入ると、お兄様とオリアンヌ様が同時に振り向く。
「リシャール様は戻られたのか?」
「ええ」
頷きながら私が椅子に腰掛けようとすると、オリアンヌ様が私に向かって再び頭を下げた。
「あの、フルール様。本当に本当にありがとうございました。お肉……美味しく頂きました!」
聞こえて来た会話と積み上げられたお皿の数で相当、美味しく食べてくれたことが窺える。
「お二人ともこのご恩は忘れません。お世話になりました──……」
「オリアンヌ様、待って下さい!」
そう言ってオリアンヌ様がここから立ち去ろうという雰囲気を出したので私は慌てて引き止めた。
「はい……?」
「もしかして出て行かれようとしています?」
私が訊ねるとオリアンヌ様は大きく頷いた。
「助けて頂いたおかげで、この通りお腹も満たされましたから」
「どこか、頼れる人、もしくは行くあてはあるのですか?」
「それ……は」
オリアンヌ様の目が泳ぐ。
思った通り。
最近まで留学されていたオリアンヌ様にはすぐに頼れる場所はないのだと思われる。
「もしも、行くあてがないのなら……どうぞここに居てください!」
「……え?」
オリアンヌ様が戸惑いの目を向けてくる。
「フルール!? お前何を……」
「お兄様、お父様は私がまた説得しますわ!」
「た、確かに行くあてはありませんし、頼る相手も……いません。とにかく街に出て、なんとか力技で働き口を見つけるつもりで……」
力技で仕事を探すつもりという言葉に私は大きく胸を打たれた。
(かっこいい……痺れるわ……!)
「それなら、我が家に滞在しながら仕事を探してください!」
「え? ……ですが、そんなの迷惑です……」
「迷惑? いいえ……ご安心ください」
私は首を横に振る。
「……フ、フルール様?」
「なぜなら───私は“悪役”を匿うのは得意なのです!!」
とにかく安心して欲しくて、私はどーんっと大きく胸を張ってそう宣言した。
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