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70. 真実の愛の始まり?
しおりを挟む「……? リシャール様、何やら外が騒がしいですわ」
「うん……」
私が扉に顔を向けてそう告げると、リシャール様も深いため息と共に扉を見つめて眉をひそめた。
「──何があったのかは、だいたい想像がつく」
「え?」
「多分、また王太子殿下の真実の愛の相手が勉強から逃げ出しているんだと思う。もうずっとなんだよ」
また? ずっと? 勉強から逃げ出す?
これは、オリアンヌ様と想像した通りのことが起こっている……?
「あ、すまない。話せていなかったけど王太子殿下の連れて来た令嬢というのが実は」
「いえ、オリアンヌ様からお話を聞きましたのでだいたい分かります」
リシャール様が詳しく説明してくれようとするけれど大丈夫なので断った。
「それよりも彼女はいつも勉強から逃げているのですか?」
「……殿下に説得されて前向きに取りかかろうとはするんだ……でも」
「でも?」
私が聞き返すとリシャール様は、その光景を頭に思い浮かべたのか深いため息を吐く。
「すぐに、“やっぱり無理”と言って毎回毎回逃げ出すんだ。で、捕まって説得。また逃げ出す……それの繰り返し」
「それは───その度に捜索に駆り出される使用人が気の毒ですわ……」
私もため息を吐く。
彼らもまさか、王宮で追いかけっこするとは思ってなかったでしょうに。
「リシャール様。これは、もう早々に国へとお帰りいただくべきなのでは?」
「……皆、そう説得しているけど殿下が首を縦に振らない───真実の愛だから」
(オリアンヌ様の言っていた通り……)
「王女殿下とベルトラン様の時とは違う方向で面倒くさいですわね」
あの二人の真実の愛が崩れた理由は様々あれど、この彼女が逃げ出している王家の教育が二人の関係にヒビを入れたと聞いたわ。
優秀なリシャール様を基準として見ていた王女殿下は、リシャール様には到底及ばないベルトラン様の能力に疑問を持ったそうだから。
でも、王太子殿下は違う。
真実の愛の相手がもともと平民育ちで貴族世界に疎いことも予め分かっている。
だから、今の所そのことで幻滅することはない……
「殿下は、彼女は成長中なのだから長い目で見守るべきだと主張しているよ」
「それは……」
(殿下ご自身が優秀な方だったならその選択肢もあったでしょうけど)
「上の方々の意見はどうなんです?」
「かなり割れているらしいよ」
リシャール様が言うには、
王太子殿下の意見を汲んでこのまま長い目で見守る派。
意見は汲むけど、ご令嬢はガッチガチの特訓漬けにでもしないと納得出来ない派。
あれにお妃は無理だから問答無用で送り返せ派。
そんなに好きなら王位継承権放棄して結ばれろ派。
(そして……)
「……婚約破棄を撤回してオリアンヌ様をお飾りの妃にして、ご令嬢は妾として囲えばいい派……ね」
「ふざけてるだろう?」
「ええ……許せませんわ」
オリアンヌ様をこれ以上、巻き込むことは許せません。
「それと、中にはシルヴェーヌ殿下の王位継承権剥奪も撤回させるからもう一度王女と婚約してくれないか? と僕に言い出してきた人もいたよ……もうめちゃくちゃだ」
「!」
(やっぱり出たわ! その意見!!)
誰がリシャール様を手放すものですか! と私の闘志にメラッと火がつく。
リシャール様がギョッとして慌てる。
「フルール! 落ち着いて!? メラ……メラールになっているから!」
「メラール上等ですわ! 私、リシャール様を守るためならメラールに改名します!」
「メラ……じゃないフルール! 大丈夫だ、その話は消し炭にしておいたから!」
「消し炭……」
リシャール様がギュッと私を抱きしめる。
そして、宥めるように私の背中をポンポンと叩く。
(……落ち着いてきた)
リシャール様がフワリと微笑む。
「僕がフルール以外と結婚するはずがないだろう? 言い出した奴は二度とそんなことを言えないようにしておいたから安心して?」
「リシャール様……」
(そうだったわ……リシャール様、権力持ちだった……)
ついついうっかり忘れそうになる。
「ありがとうございます……ところで、国王陛下や王妃様はやっぱり、王太子殿下の意見を汲んで長い目で見守る派なのかしら?」
陛下は王女殿下とリシャール様の婚約破棄も王女の言い分だけ聞いてあっさり認めていた。
むしろ、あの慰謝料請求の渋り方には王女殿下の真実の愛を推奨していた節さえある。
私への慰謝料支払いに応じたのも、王女殿下の王位継承権放棄などの処分を決めたのも世間に騒がれてしまったから仕方なく……そんな感じ。
「フルール───実は今回の件で僕も知ったんだけど、そもそもの“真実の愛”の始まりは国王陛下と王妃様だったという話が出ている」
「え?」
「もともと陛下には政略結婚で決まった婚約者がいたけど、後の王妃様と出会って……」
それはもう何処かで聞いた話とそっくり。
ただし、陛下の行動が子供たちと違ったのは公のパーティーで婚約破棄など言い出さずに、話し合いで相手と婚約解消している点。
「さすがに、当時は真実の愛という言葉は使われていなかったらしいけど、完全に子供たちがその資質を受け継いで暴走しちゃったとしか思えないよ」
「ですわね。よりにもよって一番阿呆なところを……」
私たちはため息しか出なかった。
(もし、王太子殿下まで王位継承権を失くしたらどうなるのかしら?)
国王陛下の子は王太子殿下と王女殿下だけ。
確か、リシャール様のモンタニエ家は公爵の爵位こそ賜っているものの現王家との血縁は無いと聞いたわ……
そうなると有力なのは国王陛下のきょうだいの血筋……
(───これはドロドロの予感!)
「フルール? どうした? 顔色が……」
「いえ、たった今、私の脳内では血みどろの王位争いが勃発しまして」
「え? 血みどろ!?」
リシャール様の顔が青ざめる。
「盛大な玉座の椅子取りゲームですわ。真っ先に弾き飛ばされた国王陛下が重傷を……」
「あ、真っ先に弾き飛ばされたんだ……?」
「───続いて王太子殿下と王女殿下も臣下に踏み潰されて瀕死ですわ。容赦がありません……信頼されていない証ですわね。あ、王妃様は我先にと逃亡しましたわ!」
「……なんか、王族は随分と貧弱だね」
「はい……」
正気に戻ってしまったので、残念ながら想像の中ではこのドロドロ玉座の椅子取りゲームの決着はつかなかった。
「……さて、扉の向こうも静かになったし。もう大丈夫かな?」
リシャール様にそう言われて扉から少し顔を出す。
大声で騒いでいた人たちはもうどこにもいない。
「静かです。珍獣は無事に捕獲されたのでしょうか?」
「多分ね。日に日に確保までの時間が短くなっている気がするし」
「なるほど! 追いかけっこが上達しているのですね!」
オリアンヌ様の幸せのためにも早くこの問題が片付いて欲しいわ───
そんなことを考えながら帰宅するため、リシャール様と並んで廊下を歩いている時だった。
「───リシャール? そこで何をしている?」
後ろから声をかけられた。
「休憩時間となるといつも部屋にこもっているお前が珍しい───ん? 隣にいるのは……」
(こ、この声ってまさか……)
チラッと横目でリシャール様を見ると小さく頷いてくれた。
それで確信する。
この声の主は───王太子殿下だと。
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