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85. 金払え
しおりを挟む「……お兄様、オリアンヌ様!」
「フルール!?」
私が駆けつけるとお兄様は、なんでこっちに来たんだ? という顔をする。
「お兄様、続きは私にお任せ下さい!」
「え?」
「フルール様?」
お兄様とオリアンヌ様が仲良く揃って目を丸くして私を見る。
「続き……? フルール? 何を言っているんだ?」
私は二人に安心して欲しくてにっこり微笑む。
「大丈夫ですわ! オリアンヌ様の後は立派に私が引き継ぎます!」
「え?」
「ご安心ください。私も一応、想像の世界では“悪役令嬢”となった身ですから……やれますわ!」
「フルーール! 待て待て! 一体、何をやる気なんだ!」
「……」
(決まっていますわ! もちろん、貧弱しなしな王太子への慰謝料請求よ!)
オリアンヌ様の分も含めているから、上乗せに上乗せに上乗せしたわ!
結果、ベルトラン様もびっくりな慰謝料金額よ!!
私はふっふっふと不敵に笑う。
「お兄様、ぜひ! ここはどーんと大舟に乗ったつもりでいてくださいませ!」
私が胸を叩いて宣言するとお兄様が微妙な表情になる。
「いや、フルール……俺は不安しかない……」
どうやらお兄様は私のことが心配みたい。
私は首を横に振る。
「お兄様……ありがとうございます。ですが、私はもう守られているだけの幼い子供ではないのです! ですから、お兄様は……」
私はチラッとお兄様の腕の中にいるオリアンヌ様に視線を向ける。
(強くて美しくてかっこよくて……とても素敵な──)
「───お、お姉様! を守っていて下さい!!」
「え!?」
「……フ、フルール様!?」
(言った! ついに……お姉様と、よ、呼んでしまったわ!)
私がドキドキしながらお姉様──オリアンヌ様の反応を待っていたら、なぜかお兄様と二人仲良く顔を真っ赤にしていた。
「フルール……」
「フルール様……? 今、わ、私のこと……お義姉様って……?」
私はコクリと頷く。
「実は、ずっと前からオリアンヌ様のことを“お姉様”と心の中で呼んでいましたの!」
「まあ! フルール様……!」
オリアンヌ様が目に涙を浮かべて嬉しそうな反応を見せてくれる。
私は良かった……と心から安心した。
これでこれからは心おきなくオリアンヌ様を“お姉様”と呼ぶことが出来るわ!
「──フルール……知らなかったよ」
「お兄様?」
何故か未だに顔を赤らめていて、照れた様子のお兄様。
「実は俺、フルールは鈍いから気が付いていないんだと思っていた」
「え?」
「でも、違った。フルールはちゃんと俺の気持ちに気付いていたんだな……ははっ」
お兄様が照れ臭そうに笑う。
そこで私はようやくピンッと来た。
(あ! “お姉様”のことね?)
お兄様もお姉様が欲しいと思っていた──……
やっぱり私のこの想像は間違っていなかった!
迷探偵から名探偵フルールの復活よ!
「当然ですわ! 私はお兄様の妹だもの!」
私は堂々と胸を張る。
「これからは、私がお嫁に行くまではお姉様も含めて三人ですわ!」
「フルール!」
「フルール様!」
二人が嬉しそうな顔で笑ってくれた。
おかげで私の気合いも満タンになる。
(よーーし! 大好きなお兄様とお姉様のためにも……貧弱しなしな王太子にはがっぽり慰謝料支払ってもらうわよ!!)
と、私が貧弱しなしな王太子に目を向けると、ちょうど、うぅ……と唸りながら殿下が身体を起こした所だった。
お兄様に殴られたは左頬は腫れているようで、そこを痛そうに押さえている。
「───くっ、よくも……」
我に返り、そう吐き捨てるも、身体に力が入らないようで、げっそりした顔で座り込んだままお兄様に向かって怒鳴り始めた。
「き、貴様はこの私を誰だと思っている! お、王太子だぞ! 王太子である私を殴るなど不敬極まりな…………ん?」
目の前に立っている私の顔を見た貧弱しなしな王太子はピタッと止まると小さな悲鳴を上げた。
驚きすぎだと思うわ。
「ひっ!? な、なんだ! 珍妙娘! なぜ、貴様が私の目の前にいるんだ!? 兄……兄はどうした!」
「私がお兄様とお姉様の代わりですわ!」
「は? お兄様と……」
「お姉様ですわ!」
貧弱しなしな王太子が目をパチパチさせる。
私は笑顔で迫る。
「めでたくお姉様……オリアンヌ様の仲間入りが決定しましたので、シャンボン伯爵家の代表として、私が貧……ヴァンサン殿下にこれまでの慰謝料請求をしに参りました!」
「…………は? オリアンヌ? 姉?」
(うーん? 伝わっていない?)
大きなダメージを受けすぎてしなしなに萎れてしまったせいなのか、どうやら耳が遠くなってしまったみたいなので仕方なく大きな声で繰り返すことにした。
「でーすーかーらー、慰謝料請求に来ましたーー!」
「いしゃ……りょう」
「そうです。金払えーーという要求ですわ!」
「かね……はらえ……」
貧弱しなしな王太子はそこまで呟いて黙り込んでしまった。
今は頑張って脳内を整理しているのだと思い私は静かに反応を待った。
「……」
「……」
「……」
「……はっ! 金払え? な、なぜ私が! 慰謝料支払わねばならん……のだ!」
さすがシルヴェーヌ王女殿下の兄!
往生際が悪いところまでそっくり。でも負けない!
「えっと、それで金額なんですけれど……」
「話を聞け! 珍妙娘!」
なにか喚いているけれど、私は無視をして近くの給仕係に声をかけて紙とペンを借りた。
「正式な請求書は後日、送らせていただきますが金額はざっとこれくらいですわ!」
「……」
私が即席で金額を書いた紙をペラッと見せると貧弱しなしな王太子の動きが止まった。
金額の書かれた紙を凝視している。
そして数秒後、顔を真っ赤にして怒鳴り出した。
「ふ、ふざけるな! 何だこの金額は!!」
「えっと……殿下が我が家の人間にした仕打ちに対してそれぞれを相場を元に金額化しまして、さらにそれぞれの受けた精神的苦痛分の金額を上乗せしています!」
「なっ!?」
「ご安心ください! 私はもう慰謝料請求に関しては手慣れておりますので!」
「っっ!」
ハッと驚いた顔をしたので、私はにっこり笑顔で続ける。
「具体的に内訳を申し上げますと、まずはお姉様……オリアンヌ様への婚約破棄の慰謝料ですわね! こちらは、殿下が真実の愛という幻想に溺れて浮気し、また、公の場で辱めたことからかなり金額が跳ね上がっておりますわ!」
「……んぐっ! 真実の愛……幻想……」
何だか苦しそうに胸を押さえているけれど気にせず次の説明に移る。
「そして、次がお兄様への暴力分の慰謝料ですわね! これは殿下がやはり愚かにも真実の愛を盲信して間抜けにも、泣き落とし色仕掛け令嬢の本性に気付けず、早とちりしてお兄様を殴ったのですからこちらとしては当然の権利です」
「お、愚か……ま、間抜け……」
「暴行罪に加えて治療費、精神的苦痛分など、やはり上乗せさせていただいております。我が家の家宝を傷つけた罪は重いですわ」
「かほう……?」
家宝で首を傾げられた。
「お兄様は我が家の家宝なのです。そして次、殿下はどさくさに紛れて国宝も傷つけましたわね? もちろんこの分もしっかり慰謝料に含んでおりますわ」
「こ、国宝? ち、珍妙娘……わ、私には貴様が何を言っているのか理解出来ん……」
頭を抱え出した殿下に対して私は眉をひそめた。
(……リシャール様のあの美しさの価値を分かっていないの!?)
「失礼ながら……殿下は、私は王太子だぞ! などと偉そうに口にしておきながら国宝をご存じでないのですか?」
「バ、バカにするな! 国宝、すなわち国の宝……ならそれは、私のことだろう! 私が宝だ!」
「……」
「……珍妙娘! なんだその顔は! 思いっ切り顔をしかめたな!?」
貧弱しなしな王太子はさらに私に向かって怒鳴った。
この方、そのうち血管切れるのでは? とさすがに心配になってくる。
「兄も兄なら妹も妹だな! 慰謝料請求だと? それ以前に王太子である私にこのように殴ったり口答えしたり逆らったりしておいて無事で済むと思っているのか!?」
「……」
「だから、なんだその顔は!」
「……失礼ながら申し上げますわ。まさか殿下はこのままご自分が“王太子”でいられるとでも思っているのですか?」
私は顔をしかめたまま訊ねた。
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