王女殿下に婚約破棄された、捨てられ悪役令息を拾ったら溺愛されまして。

Rohdea

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84. お兄様、大好き!

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「……それから」
「っ!?」
「私、どうしても許せないことがありまして」

 突然、オリアンヌ様からこれまでの笑顔が消えたと思ったら、冷たい空気を放ち始める。 

(……ん?)

「リシャール様……オリアンヌ様から笑顔が消えましたわ」
「ああ。そしてすごい冷気と怒気だ」 

(すごい怒り……許せないと言っていたから相当、鬱憤が溜まっていたんだわ)

 もちろん、原因は婚約破棄───私も含めて誰もがそう感じていた。

「オ、オリアンヌ!  待て!  は、話せば分かる!!  その異常な空気をしまってくれ!」
「ねぇ、殿下?  エリーズ様が泣き真似や色仕掛けが得意と知って、何か一つ思い当たることありませんか?」
「……え」

 貧弱しなしな王太子は完全にオリアンヌ様に怯えていた。
 しかし、オリアンヌ様の言いたいことが分からなかったようですぐに答えることは出来なかった。
 そのことがオリアンヌ様の怒りに更なる火をつける。

「そう、やっぱり分からないのですね?  私は殿下のせいでこんなにも腸が煮えくり返るような思いをしたというのに」
「まままま待て!!  はっ!  そ、そうか……こここここここ婚約破棄のことだろう?  すまな……」

 目の前のオリアンヌ様がそれほどまでに恐ろしいのか、貧弱しなしな王太子はろれつが回っていない。

「違います!  これです!」 
「ち、違う?  婚約破棄したことではないなら────ひっ、ひぃ!?」

 オリアンヌ様は拳を握りしめると、貧弱しなしな王太子の顔面に向かって勢いよく殴りかかろうとした。
 でも、その拳は顔面すれすれで寸止めされる。
 貧弱しなしな王太子は突然の恐怖で情けない悲鳴を上げて顔面は蒼白で震えていた。

「オ……オリアンヌ……」
「こうして殴ったでしょう?」
「な、何の話……だ」

 ピクッ
 オリアンヌ様の眉がピクリと反応し、ますます纏っていた怒気が強まる。

「忘れた……とは言わせません!」

 再び、オリアンヌ様の拳が貧弱しなしな王太子の顔面に向かう。

「っ!  ひっ……!?  ひぃぃぃ!?」
「あなたは、人の話も聞かずに……このように問答無用で殴りました!!  絶対に許しませ……」

 今度こそ、オリアンヌ様の拳が情けない叫び声を上げている殿下の顔に──……
 誰もがそう思った瞬間。

「───待った!  待ってくれ、オリアンヌ嬢!」
「アンベール様!?」

 これまでずっと沈黙を保ち、控えていたお兄様が後ろからオリアンヌ様を抱きしめるようにして飛び出した。

「殴ってやりたい。そう口にしていたのは聞いたけど、まさか本当に殴りかかるとは……本当に目が離せないし放っておけない人だよ……」
「アンベール様!  どうして止めるんですか!?  私はあなたを傷付けたこの人に一発くらいは……」

 オリアンヌ様はお兄様に止められたことが納得いかないようで抗議する。

「うん。オリアンヌ嬢のその気持ちはすごく嬉しい。ありがとう」
「それなら!」
「───でも、駄目だ」
「どうして!?」

 興奮しているのか暴れ気味のオリアンヌ様をお兄様がギュッと抱きしめた。

「どうして?  そんなの決まっている」
「決まっている?」
「……あなたのその美しい手を俺のために汚させるわけにはいかない」
「え?」

 お兄様はにこっと微笑むとオリアンヌ様の身体から手を離した。

「それに受けた借りは自分で返さないと」
「ひぇっ!?」

 そう言った貧弱しなしな王太子に向かって拳を振り上げた。
 寸止めしたオリアンヌ様とは違い、お兄様の拳はそれはそれは綺麗に決まった。
 グフォッと苦しそうな声を出して貧弱しなしな王太子はその場に崩れた。

「───アンベール様!」
「オリアンヌ嬢?」

 慌ててお兄様の元にオリアンヌ様が駆け寄る。
 そしてお兄様の右手を取って両手で握りしめると今にも泣き出しそうな声で言った。

「なんてことを……!  一応、あれでもまだ王太子なんですよ!?」
「……ぐっ」

 オリアンヌ様の“あれでも”という言葉に更なるダメージを受ける貧弱しなしな王太子。
 そんな殿下を無視してオリアンヌ様はお兄様に訴える。

「フルール様が言っていたようにキャンキャン吠えることしか出来なくて、弱いですし、貧弱ですし、なんだか萎れてもいますけど……一応この国の……王子です」
「……うぐっ!」
「うん……」

 ダメージを受ける貧弱しなしな王太子を無視してお兄様も頷く。

「でも、私なら……追放されたも同然の身ですからあれを殴ってもこれ以上失うものなんてなかったのに……!」
「──それでも」

 お兄様は左手を伸ばすとオリアンヌ様のことを抱き寄せた。

「俺は嫌だった。オリアンヌ嬢、あなたのこの手が……」
「アンベール……さま?」
「そこの貧弱王太子に触れるなんて──嫌だ」
「え……え?」

 オリアンヌ様の目がこぼれそうなくらい大きく見開かれた。
 そして、みるみるうちに顔が赤く染ってゆく。
 お兄様がそんなオリアンヌ様を優しい目で見つめている。
 そんなお兄様の頬もよくよく見れば赤い。

「オリアンヌ嬢……」
「ア……アンベール様」

 二人は互いの名前を呼んでしばらく見つめ合う。
 その傍らで倒れ込んだままピクピクと身体を震わせて唸っている貧弱しなしな王太子。
 そんな、なんとも言えない光景にみんな息を呑んだ。

(す……すごい!)

 私は大興奮でリシャール様に声をかける。
 リシャール様も同じ気持ちのようでうんうんと頷いてくれた。

「リシャール様!  見ましたか!?  すごい……すごいですわ!」
「ああ。一気に花が咲いて二人の気持ちもまとまったみたいだ。良かった……僕も感慨深いものが──」
「お兄様の拳!  あんなにも綺麗に見事に決まるなんて!」
「───え?」

 リシャール様が目を丸くして私の顔を覗き込む。

「アンベール殿の……拳……?  え?  フ、フルール?」
「お兄様が実はあんな拳を隠し持っていたなんて……全然知りませんでしたわ!!」

 私は興奮が抑えきれないまま早口でリシャール様の前ではしゃぐ。

「え?  フルール、今ってさ……二人の気持ちが……グワッと」
「貧弱殿下が弱いだけかもしれませんけど、それでもお兄様ったら、いつの間に鍛えていたのかしら!?」
「こう盛り上がって…………」
「ええ!  私の気持ちも盛り上がっていますわ!!  お兄様、かっこいい!!」
「……」

 私が満面の笑みでそう口にしたらリシャール様が少し間を置いてから優しく微笑んでくれた。
 そして、そっと私の頭を撫でる。

「……アンベール殿はフルールのためにこっそり鍛えていたそうだよ?」
「私の……?」

 それは初耳。
 リシャール様は指を立てて内緒だよ、と言った。

「足腰は元気いっぱいのフルールの行動に付き合っているうちに勝手に鍛えられたらしいのだけど」
「……勝手に?」
「うん……まぁ、それで足腰以外はフルールを守るためにこっそり、とね」
「私を守る……?  なぜ……?」

 私が聞き返すとリシャール様が「僕もその気持ちはよく分かるんだ」と言って、にこっと笑う。

「フルールには、いつだって元気いっぱいのびのび過ごして欲しいからだよ」
「え?」
「毎回、どこに走っていくか予想つかない可愛い妹を自分が守るんだって。本当にアンベール殿ってかっこいいよね」
「お兄様……」

 リシャール様の言葉を受けて私はお兄様の方に視線を向ける。
 お兄様はオリアンヌ様とまだ見つめ合っていた。

(きっと私の気付かない所でたくさん守ってきてくれたんだわ……)

 改めて感謝の気持ちとお兄様大好き!  の気持ちが私の中で強くなる。

「──そういうわけで、僕もアンベール殿に倣ってこれからもどこに走っていくか予測のつかないフルールを守るために、もっともっと強くならなくちゃとこっそり鍛え直しているところ」
「え?」

 リシャール様の方に顔を向け直すとリシャール様が照れながらそう口にしていた。

「話しちゃったらこっそりになりませんけど……?」
「いいんだ。知っててもらった方が、いざという時にはフルールに頼ってもらえるかもしれないだろう?」
「リシャール様……」
「───フルールにはこれからもどんどん好きなところに走っていって欲しいからね」

 リシャール様の気持ちとお兄様の思いが重なって私の胸が熱くなる。

「……分かりましたわ───では」
「ん?」

 私は瀕死状態となっている貧弱しなしな王太子に目を向ける。
 今はショックの方が強いみたいだけど、我に返ったら殴ってきたお兄様のことを不敬だなんだと騒ぎ立てるに違いない。
 でもお兄様には、あのままオリアンヌ様を守っていてもらいたいから……

(私が行く!)

「───行ってきますわ!!」
「……早速!?」

 驚くリシャール様の声を聞きながら私は走り出した。

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