83 / 356
83. 自業自得ですね!
しおりを挟むオリアンヌ様の言葉に教育係の人たちの顔が引き攣っていく。
「──それと、エリーズ様はとても距離が近くて、スキンシップが激しい方だそうですね! こんなに可愛らしい方に目をうるうるされてお願いなんてされたら……断れませんよね?」
「……」
言葉を失って立ち尽くす教育係たち。
「え……目を潤ませてお願い? 近い距離でのスキンシップ? ……それってエリーズがよく私に対してしてくれる……え? あれ、を」
貧弱王太子が呆然とした表情で呟く。
その横で顔を真っ青にしたエリーズ嬢が叫ぶ。
「な、なななな何の話ですか!! ひ、酷い! 言いがかりですっ!」
そう言って目を潤ませるエリーズ嬢。
確かに女優もびっくりの早業だった。
(すごいわ!)
笑いすぎて涙が出る時以外には、泣くという経験が殆どない私には到底真似出来ない技術!
でも……
私はリシャール様に訊ねる。
「……リシャール様。涙というものは特訓したら自由自在に操れるようになるものなのでしょうか?」
「え? フルール?」
リシャール様がギョッとした顔で私を見る。
「な、何だかフルールの顔が……メラー……ケホッ」
「私、思ったのです! もしや、最強の令嬢を目指す者としては、涙の一つや二つくらいは自在に───」
「いいや! 操らなくていい!」
慌てた様子のリシャール様に言葉を遮られてガシッと肩を掴まれた。
「大丈夫だ! フルールは涙なんか操らなくても最強令嬢だから!」
「そ、そうですか……?」
「ああ! 僕が保証する!!」
リシャール様がすごい勢いでコクコクと首を縦に振る。
そこまで言ってくれるなら無理しなくてもよさそうなのでホッと胸を撫で下ろした。
「それなら良かったです。私、涙とはあまり縁がないものですから。習得にはかなりハードな特訓が必要になるかと思いました」
「え!」
「え?」
リシャール様の声が裏返っていたので、そんなに驚くことかしらと私の方がびっくりした。
「……涙とは縁がない……? そういえばフルールが泣いたところは見たことが……ない」
「いいえ! 赤ちゃんの時は誰よりも大泣きしていたそうですわ!」
私はえっへんと胸を張る。
お父様やお母様曰く、とにかく赤ちゃんの私は元気いっぱいだったという話よ!
「そっち…………でも、それは何だか想像がつく」
リシャール様はくくっとおかしそうに笑った。
「ええ。ですから、たくさん泣いて笑って食べて今の私がいますわ!」
そう言って、もう一度どーんと胸を張ったらリシャール様は顔をくしゃくしゃにして笑った。
「フルール。本当に君って人は……」
「あ! それにしても……エリーズ嬢って前に私が読んだ本に出て来た“魔性の女”と呼ばれていた女性にそっくりです」
「え? 本? 今度は何の話だ!?」
聞き返してきたリシャール様に私は真面目な顔で頷く。
「そうですわ。そして、その本の中に出てきた“魔性の女”も目をうるうるさせるのが得意でした」
「うーん? そんなに目を潤ませて泣き虫アピールしてその魔性の女は何がしたいんだ?」
「それはもちろん、エリーズ嬢と同じで───」
興奮して来ていた私は、いつの間にか声が大きくなっていたことに気付かず堂々と答えた。
「涙で油断させた所での色仕掛け! そして、見た目しかみていない、人を見る目のない阿呆な方々がそれにコロッと騙されるのですわ。そして騙された方が悪いのよとほくそ笑みながら、更なる悪事を働くのです!!」
しーん……
(……んん?)
妙に自分の声が響いた気がして我に返ると、何故か私の周り……いや、会場内がしんっと静まり返っていた。
「……えっと?」
(どうして皆、静かで私を見ているの?)
注目されている理由が分からずキョロキョロと辺りを見回すと、オリアンヌ様が私を見て嬉しそうにクスクスと笑う。
「……エリーズ様、たった今あなたが嘆いていらした“そんなことして何の意味があるの?”という疑問にはあちらの令嬢、フルール様が答えてくれましたよ?」
「……なっ!」
「彼女の言ったように──あなたがしたことは、色仕掛けによる不正です!」
「──っっ!」
オリアンヌ様はきっぱりそう言うと、エリーズ嬢は息を呑んで悔しそうに唇を噛んだ。
そのままエリーズ嬢は私のことを睨んできたのだけれど、そんな顔されても私には状況がさっぱり分からないので困るわ……
「さてさて、エリーズ様のそんなお得意の涙と色仕掛けにコロッと騙された阿呆な方々とはいったい誰のことかしら───? ねぇ、先生方? そしてヴァンサン殿下?」
オリアンヌ様の言葉にビクッと貧弱王太子と教育係たちが肩を震わせる。
「オ、オリアンヌ様! わ、我々は……決してや、疚しいことなどはしていない!」
「そ、そうです! この国の未来の王妃に相応しいかどうかを確かめるための試験なのに結果を操作するなんて……」
「そんなことをしても我々にはなんのメリットも──」
「───あら嫌だ。何を言っているんですか? 先生方にメリットならたくさんあるでしょう? だって未来の王妃様に恩を売ったのですから」
ここで反論を始めた教育係たちにオリアンヌ様は冷たい微笑みで一刀両断した。
「ぐっ……」
何も言えなくなった教育係には冷たい視線が向けられる。
彼らは悔しそうに下を向くとそれ以上は何も言えなくなっていた。
そして、同じく阿呆な人扱いをされた貧弱王太子は……
「……エリーズ!」
「ひっ!」
エリーズ嬢の両肩を掴むと強く前後に勢いよく揺さぶる。
「ひっ、や……」
「───どういうことなんだ! 嘘だと言ってくれ! い、色仕掛け……今の話はオリアンヌのついたデタラメの嘘なのだろう!?」
「……っ」
「な、ぜ、目を逸らす……?」
エリーズ嬢が目を逸らしたことで、貧弱王太子が大きなショックを受ける。
「まさか、本当に私にしていたようなことを彼らにもしたのか……? 合格のため……に?」
「……」
「私と一緒にいるために試験頑張ります! という健気な言葉は全部嘘だったのか……?」
「……」
「答えてくれ! エリーズ。───全部、違うと言ってくれ!!」
それでも頑なに答えようとしないエリーズ嬢。
違うと言えないのだから答えようがないわよね、と私は思った。
「そんな……エリーズ、君は私の真実の愛の相手……で……」
エリーズ嬢から手を離した貧弱王太子がガクッと膝をつく。
「どうして……何がいけなかった? なぜこんなことに……」
身体を震わせながらそう嘆く貧弱王太子。
真実の愛が崩れてゆく────
(ああ……)
私はその様子を見ながら思った。
しなしなに萎れ始めたので貧弱さにますます磨きがかかっていくわ、と。
「───くっ! オリアンヌ……!」
そんな貧弱しなしな王太子はしばらくはその場に打ちひしがれていた。
けれど、突然顔を上げてオリアンヌ様のこときつく睨むと怒鳴り出した。
「……貴様! こんなことを暴露して……何が目的なんだ!」
「目的?」
「私に嫉妬したことはない、婚約は仕事だった、王妃になることは望んでいなかった──そう言っていたが、実はどれも全部嘘だったんだろう!」
「……え?」
オリアンヌ様の美しい顔が思いっきり不快そうな表情になる。
「あれは、全て私への愛情の裏返し……悔しさから出た言葉だったのではないのか? だから、私とエリーズをこんな風に揺さぶって真実の愛を壊して……」
「いいえ、それは殿下の勘違い……真実の愛が壊れたのは見る目のなかった殿下の自業自得です!」
「なっ……!」
貧弱しなしな王太子の顔がカッと赤くなった。
「調べてもらったところ、エリーズ様のそういう性格は知れ渡っていたそうですから!」
「……は?」
「それに、あちらの国で殿下にきちんと忠告した方もいたそうですよ?」
「な、に? バカを言うな……そんな忠告は知らん!」
嘘だろう? そんな覚えは無い! という顔した殿下にオリアンヌ様が首を傾げる。
「え? ですが、殿下は───“真実の愛の相手を見つけた私のことが羨ましくて、でまかせを言っているのだな? 哀れな奴め”と鼻で笑ってその方をあしらったそうですけど」
「…………あ!!」
その発言には覚えがあったのか、慌てて口を押さえる貧弱しなしな王太子。
今度は青くなり、ますます萎びれていく殿下にオリアンヌ様は笑顔で駄目押しの一言を告げる。
「きちんと人の話を聞かなかったから───やっぱり自業自得ですね、殿下!」
580
あなたにおすすめの小説
【完結】殿下、自由にさせていただきます。
なか
恋愛
「出て行ってくれリルレット。王宮に君が住む必要はなくなった」
その言葉と同時に私の五年間に及ぶ初恋は終わりを告げた。
アルフレッド殿下の妃候補として選ばれ、心の底から喜んでいた私はもういない。
髪を綺麗だと言ってくれた口からは、私を貶める言葉しか出てこない。
見惚れてしまう程の笑みは、もう見せてもくれない。
私………貴方に嫌われた理由が分からないよ。
初夜を私一人だけにしたあの日から、貴方はどうして変わってしまったの?
恋心は砕かれた私は死さえ考えたが、過去に見知らぬ男性から渡された本をきっかけに騎士を目指す。
しかし、正騎士団は女人禁制。
故に私は男性と性別を偽って生きていく事を決めたのに……。
晴れて騎士となった私を待っていたのは、全てを見抜いて笑う副団長であった。
身分を明かせない私は、全てを知っている彼と秘密の恋をする事になる。
そして、騎士として王宮内で起きた変死事件やアルフレッドの奇行に大きく関わり、やがて王宮に蔓延る謎と対峙する。
これは、私の初恋が終わり。
僕として新たな人生を歩みだした話。
貴族令嬢、転生十秒で家出します。目指せ、おひとり様スローライフ
凜
ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞にて奨励賞を頂きました。ありがとうございます!
貴族令嬢に転生したリルは、前世の記憶に混乱しつつも今世で恵まれていない環境なことに気が付き、突発で家出してしまう。
前世の社畜生活で疲れていたため、山奥で魔法の才能を生かしスローライフを目指すことにした。しかししょっぱなから魔物に襲われ、元王宮魔法士と出会ったり、はては皇子までやってきてと、なんだかスローライフとは違う毎日で……?
似非聖女呼ばわりされたのでスローライフ満喫しながら引き篭もります
秋月乃衣
恋愛
侯爵令嬢オリヴィアは聖女として今まで16年間生きてきたのにも関わらず、婚約者である王子から「お前は聖女ではない」と言われた挙句、婚約破棄をされてしまった。
そして、その瞬間オリヴィアの背中には何故か純白の羽が出現し、オリヴィアは泣き叫んだ。
「私、仰向け派なのに!これからどうやって寝たらいいの!?」
聖女じゃないみたいだし、婚約破棄されたし、何より羽が邪魔なので王都の外れでスローライフ始めます。
元侯爵令嬢は冷遇を満喫する
cyaru
恋愛
第三王子の不貞による婚約解消で王様に拝み倒され、渋々嫁いだ侯爵令嬢のエレイン。
しかし教会で結婚式を挙げた後、夫の口から開口一番に出た言葉は
「王命だから君を娶っただけだ。愛してもらえるとは思わないでくれ」
夫となったパトリックの側には長年の恋人であるリリシア。
自分もだけど、向こうだってわたくしの事は見たくも無いはず!っと早々の別居宣言。
お互いで交わす契約書にほっとするパトリックとエレイン。ほくそ笑む愛人リリシア。
本宅からは屋根すら見えない別邸に引きこもりお1人様生活を満喫する予定が・・。
※専門用語は出来るだけ注釈をつけますが、作者が専門用語だと思ってない専門用語がある場合があります
※作者都合のご都合主義です。
※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。
※架空のお話です。現実世界の話ではありません。
※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。
「エリアーナ? ああ、あの穀潰しか」と蔑んだ元婚約者へ。今、私は氷帝陛下の隣で大陸一の幸せを掴んでいます。
椎名シナ
恋愛
「エリアーナ? ああ、あの穀潰しか」
ーーかつて私、エリアーナ・フォン・クライネルは、婚約者であったクラウヴェルト王国第一王子アルフォンスにそう蔑まれ、偽りの聖女マリアベルの奸計によって全てを奪われ、追放されましたわ。ええ、ええ、あの時の絶望と屈辱、今でも鮮明に覚えていますとも。
ですが、ご心配なく。そんな私を拾い上げ、その凍てつくような瞳の奥に熱い情熱を秘めた隣国ヴァルエンデ帝国の若き皇帝、カイザー陛下が「お前こそが、我が探し求めた唯一無二の宝だ」と、それはもう、息もできないほどの熱烈な求愛と、とろけるような溺愛で私を包み込んでくださっているのですもの。
今ではヴァルエンデ帝国の皇后として、かつて「無能」と罵られた私の知識と才能は大陸全土を驚かせ、帝国にかつてない繁栄をもたらしていますのよ。あら、風の噂では、私を捨てたクラウヴェルト王国は、偽聖女の力が消え失せ、今や滅亡寸前だとか? 「エリアーナさえいれば」ですって?
これは、どん底に突き落とされた令嬢が、絶対的な権力と愛を手に入れ、かつて自分を見下した愚か者たちに華麗なる鉄槌を下し、大陸一の幸せを掴み取る、痛快極まりない逆転ざまぁ&極甘溺愛ストーリー。
さあ、元婚約者のアルフォンス様? 私の「穀潰し」ぶりが、どれほどのものだったか、その目でとくとご覧にいれますわ。もっとも、今のあなたに、その資格があるのかしら?
――え? ヴァルエンデ帝国からの公式声明? 「エリアーナ皇女殿下のご生誕を祝福し、クラウヴェルト王国には『適切な対応』を求める」ですって……?
寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。
にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。
父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。
恋に浮かれて、剣を捨た。
コールと結婚をして初夜を迎えた。
リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。
ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。
結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。
混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。
もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと……
お読みいただき、ありがとうございます。
エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。
それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。
「お前との婚約はなかったことに」と言われたので、全財産持って逃げました
ほーみ
恋愛
その日、私は生まれて初めて「人間ってここまで自己中心的になれるんだ」と知った。
「レイナ・エルンスト。お前との婚約は、なかったことにしたい」
そう言ったのは、私の婚約者であり王太子であるエドワルド殿下だった。
「……は?」
まぬけな声が出た。無理もない。私は何の前触れもなく、突然、婚約を破棄されたのだから。
〖完結〗私は旦那様には必要ないようですので国へ帰ります。
藍川みいな
恋愛
辺境伯のセバス・ブライト侯爵に嫁いだミーシャは優秀な聖女だった。セバスに嫁いで3年、セバスは愛人を次から次へと作り、やりたい放題だった。
そんなセバスに我慢の限界を迎え、離縁する事を決意したミーシャ。
私がいなければ、あなたはおしまいです。
国境を無事に守れていたのは、聖女ミーシャのおかげだった。ミーシャが守るのをやめた時、セバスは破滅する事になる…。
設定はゆるゆるです。
本編8話で完結になります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる