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82. 気になって仕方がない
しおりを挟むオリアンヌ様の言葉にハッとしたエリーズ嬢は胸を張る。
「そ、そうですよ! あたしはきちんと結果を出しました! 誰にも文句は言わせません!」
「はっ……そうだぞ! これは私の真実の愛は本物でエリーズが優秀だという結果なんだからな!!」
貧弱王太子も一緒になって威張り始めた。
何も知らない彼はこれがエリーズ嬢の本当の実力だと信じているから───
二人の言い分を聞いたオリアンヌ様はにっこり微笑む。
ゾクゾクするくらい美しい。
「そうですか。それが本当なら私の知らない間に随分とお妃教育の試験が易しくなったというわけですね」
そう口にした後、オリアンヌ様は会場内のとある一画に視線を向ける。
そこに集まっているのは、私たちの両親と変わらなそうな年頃の男性たち。
そんなオリアンヌ様の視線に気付いた彼らは何だかバツが悪そうな顔で急にコソコソし始めた。
(……あれは?)
「───あの人たちがお妃教育の教育係だよ。試験官も兼ねている」
リシャール様が私の耳元でコソッと言う。
「!」
「顔ぶれは変わっていないからオリアンヌ嬢を指導したのも彼らだね。そして、今回の試験でエリーズ嬢に合格点を出したのも……」
「……あの人たちが」
そう言われて私は彼らの顔をもう一度見た。
教育係の彼らは今にも逃げ出したそうな顔をしている。
けれど、オリアンヌ様にじっと見つめられて動けずにいるようだった。
それに今ここで逃げたら、僕らは何か疚しいことがあります! 自らそう宣言しているも同然。
(まあ、逃がす気はないけれど)
「ここで、最大の揺さぶりをかけた後の反応が楽しみですわね」
そう口にした私は貧弱王太子に視線を向ける。
完全にオリアンヌ様のペースに乗せられていること気付いているのかしら?
「それに、殿下の心……だいぶ揺らいでいます」
「ああ」
先にグッサリと心を削られていたことが尾を引いているのか、エリーズ嬢の起こした自作自演の教科書ビリビリ事件に関する嘘に貧弱王太子は反論しなかった。
(これまでの殿下なら、激昂して絶対に言いがかりだ! などと言って庇うと思ったのだけど……)
「殿下は真実の愛に対して盲目になっている分、心を抉られ嘘をつかれていたことはかなりショックだったはず」
「だろうね」
「今更、こんなはずじゃなかったと後悔しても───もう遅い、ですわ」
「試験がや……易しくなったって、ど、どういう意味ですか?」
「え? そのままの意味ですけど?」
「……っ」
ピクピクと顔を引き攣らせるエリーズ嬢に対してオリアンヌ様はにっこり笑顔で黙らせる。
そして次に貧弱王太子の方に視線を向けた。
「───殿下。私、せっかくですので久しぶりに先生方と少しお話がしたいです」
「は?」
「……ぅえっ!?」
貧弱王太子は何故と首を捻る。
その横でエリーズ嬢が変な声を上げた。
「ほら、皆さんあちらに集まっているでしょう? 呼んでもよろしいですか?」
「…………何の為に、だ? オリアンヌ?」
「色々と確認したいことがありまして。さあ、お願いします」
オリアンヌ様はその質問には具体的には答えずに笑顔で押し切って教育係を近くに呼び寄せることにした。
私は、ふぅ……と息を吐く。
そして、リシャール様に向かって少々興奮気味に話しかける。
「リシャール様! オリアンヌ様はさすが堂々としていますね」
「ああ。やはりこういう場での度胸の強さは長年、厳しい教育を受けて来たことを感じさせる」
リシャール様がうんうんと頷いている。
「はい! かっこよくて美しくて素敵ですわ。さすがお姉様……」
「え? お義姉様?」
「あ……」
うっとりした顔でついつい心の呼び名である“お姉様”を口にしてしまったら、リシャール様がすごい勢いで振り返った。
私は慌てて口を手で押さえる。
(いけない! 恥ずかしくて呼べないから、私の心の中だけに留めておこうとしたのに……)
「知らなかった……いつの間にそこまで話が進んでいたの?」
「は、話ですか?」
「だって今、フルールが“お義姉様”って呼んだ」
「そ、それは……だって、私の中ではオリアンヌ様は“お姉様”……」
私が照れながらそう口にすると、リシャール様は優しく微笑んだ。
「……そうか。それはアンベール殿が知ったら喜ぶだろうな」
「え? なぜ、お兄様が喜ぶのです?」
「……え?」
リシャール様から笑顔が消えて今度は不思議そうな顔で私を見てくる。
「……?」
お兄様が喜ぶ?
私にお姉様が出来てお兄様も喜ぶ……?
(あ! 実はお兄様もお姉様という存在が欲しかったのね!)
私は瞬時に理解した!
これは、恥ずかしさを捨ててオリアンヌ様には、ぜひ私たち兄妹のお姉様になって! とお願いすべきかもしれないと考える。
「フルール……?」
「いえ、リシャール様の言う通りですわ! お兄様も喜びます!」
「だ、だよな……? でも、何だろう……何か、何かが違う気も……する……」
リシャール様は頷きながらも首を傾げていた。
そんな話をコソコソしていたら、いつの間にやらお妃教育の教育係たちがオリアンヌ様の元に集っていた。
「ご無沙汰しております。お呼び立てしてしまって、申し訳ございません」
「い、いえ……」
滝のような汗をかきながら返事をする彼らは、出来ることなら今すぐにでも逃げ出したい!
そんな表情をしていた。
そして、彼らと同じように穏やかでなさそうなのが、肝心のエリーズ嬢。
顔色がとっても悪い。
「聞きたいことがあります」
「……」
「お妃教育の合格の基準は私の時とは変更になりましたか?」
彼らはそっとオリアンヌ様から目を逸らす。
だけど、それを逃がすようなオリアンヌ様ではない。
「……人と話す時は目を見て話せ。私にそう教えたのはどなただったかしら?」
「くっ! わ、我々……です」
「そうですね。では、何をそんなに躊躇っているの? はい、か、いいえ……で答えるだけのことですよ? ねえ、殿下?」
オリアンヌ様はわざとらしく貧弱王太子に話を振る。
「……お前たち、何を躊躇っている? 試験の合格基準は何も変わっていないのだろう?」
「で、殿下……」
「どうやら、オリアンヌは試験の難易度を下げたから、エリーズが合格に達したのだと文句をつけたいようだから、さっさと黙らせるがいい」
「……」
そこまで言われているのに、彼らは答えずに顔を見合せている。
エリーズ嬢は何も言えず後ろで震えるばかり。
「───試験は教養や知識を問う記述式の問題と、マナーの確認する実技と分かれていましたわよね?」
痺れを切らしたオリアンヌ様がやれやれと口を挟む。
「……オリアンヌ?」
「もしも、私の時と同様の形で試験を行っているなら……どうして合格出来たのか不思議で仕方がないことがあります」
「気になって仕方がないことだと?」
眉根を寄せて聞き返す貧弱王太子に向かってオリアンヌ様は冷たく笑う。
「殿下もあちらの国でエリーズ様に口を酸っぱくしてよく言っていたではありませんか」
「え?」
「貴族令嬢は“あたし”は使わない。そこは改めた方がいい、と」
貧弱王太子が狼狽える。
「そ、それは何度注意しても……」
「あら、今も注意はされていたのですね? それでも直らなかった……と?」
その横でエリーズ嬢の顔色は一段と悪くなった。
「先生たちもです。どうして、試験に合格したはずのエリーズ様の言葉使い……全く直っていないのでしょう? ご説明いただけますか?」
「……!」
教育係たちは答えない。
困った顔で顔を見合せている。
そんな彼らを見てオリアンヌ様は深いため息を吐いた。
「残念です。先生たちの口からきちんと話して欲しかったのですけど」
「オ、オリアンヌ……様?」
「───今回のためにエリーズ様については色々と調べさせていただきました」
オリアンヌ様は教育係、貧弱王太子、エリーズ嬢に視線を向けた後、静かに笑った。
「……特技は泣き落とし。どんな場面でも一瞬で涙を浮かべることが出来るそうで。女優もびっくりですね?」
「……っ!」
エリーズ嬢が青白い顔のまま息を呑む。
「そして、先生たちは最近、揃いも揃って奥様との仲があまりよろしくないそうで……」
「なっ!」
「どうしてそれを……!」
動揺する教育係たち。
彼らに冷たい笑みを浮かべながらオリアンヌ様は言った。
「そんな先生たちにとって、目にうるうる涙を浮かべるエリーズ様は、さぞかし可愛く見えたことでしょうね?」
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