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81. どんなに考えても
しおりを挟む「な、なんなんですか! そのバカにしたような笑いは!」
オリアンヌ様の笑い方が気に入らなかったらしいエリーズ嬢が怒り出す。
それでもオリアンヌ様は余裕の姿勢を崩さない。
「それで? 私は悪役令嬢?」
「そうです! 向こうの国でもいつもあたしのことを馬鹿にして冷たく当たって嫌がらせもして来て……そんな醜い嫉妬ばかりしているから婚約破棄されちゃったんですよ!」
「嫉妬?」
オリアンヌ様は目をパチパチさせると果て? と首を傾げた。
「向こうのパーティーでも言われた覚えがあるけれど……私、あなたに嫉妬した記憶が無いのですが?」
「なっ! 嘘を言わないでください! ヴァンサン殿下があたしと仲良くなったことが気に入らなかったんですよね?」
エリーズ嬢がそんなはずはないと焦り出す。
貧弱王太子ももちろん黙ってはいない。
「そうだ、オリアンヌ! 君は私がエリーズと話していると、いつもそばで顔をしかめていたじゃないか!」
「え? あれは……」
オリアンヌ様がそこで悲しそうに目を伏せる。
「オリアンヌ。正直に言うんだ。私は分かっている。君は面白くなかったんだろう?」
「……正直に言う? 本当に正直な私の気持ちを口にして構わないのですか?」
「───ああ」
貧弱王太子は大きく頷いた。
(……すごく得意そうな顔をしているわ)
まるで、オリアンヌは私に惚れているからな! そう言いたそうな顔。
違いますよ? と思って顔をしかめていたら、リシャール様がコソッと訊ねて来た。
「フルール? 眉間のしわが凄いよ?」
「あ、すみません。殿下があまりにも得意そうな顔をしているのであの鼻っ柱を折ってしまいたくなって……」
リシャール様がギョッとする。
頼むから今は突撃しないでくれ……そんな顔をしていたので、さすがにしません、とだけ答えてそのまま先を見守る。
(メラメラしてはいるけれど邪魔はしないわ!)
「そうですね……面白くはなかったです」
「そうか!」
「ほら!」
目を伏せながら答えたオリアンヌ様の言葉に、貧弱王太子とエリーズ嬢は嬉しそうに顔を見合わせる。
「……会話が」
「は?」
「え?」
「───この二人、つっっまらない会話をしているわ、と常々思って呆れておりました」
オリアンヌ様の言葉に嬉しそうに笑っていた二人が固まる。
会場内も、え? っという空気になった。
オリアンヌ様はそんな空気を気にせず続ける。
「毎日毎日、飽きもせずに……今日もエリーズは可愛いね、いえ、殿下も素敵です……という中身のない会話ばかりで、呆れた私に出来ることは心を無にすることだけ……」
「そ、そんなことはない! もっと別の会話もしていたぞ……た、ぶん……?」
貧弱王太子があれ? と首を傾げる。
「そうですね……強いて言うなら、可愛いが別の日は可憐だね! に変わることでしょうか?」
「ぬっ!? いや、そんなことはない!」
「では、他にはどんな会話を?」
「……」
オリアンヌ様に冷たく言われて貧弱王太子は慌てて否定しようとするけれど、反論が浮かばないらしい。
唸りながら頭を抱え込む。
「お分かりいただけましたか? あの頃、私が抱いていたのは嫉妬ではなく、呆れです」
「嫉妬……じゃなかった?」
おそるおそる顔を上げた貧弱王太子の声が震えている。
「はい。だって嫉妬する理由が見つからないのです」
「見つから……ない? そんなはず……」
オリアンヌ様は貧弱王太子を見つめるとはっきり言った。
「───だって、私はヴァンサン殿下のことをお慕いしていたわけでもなく……ましてや、王妃になりたかったわけでもありませんから」
「は?」
「私にとって殿下との婚約は、親に無理やり言いつけられたお役目、お仕事……そのような感覚でした」
「え?」
「ですから、どんなに考えても考えても考えても考えても考えても! ……エリーズ様に嫉妬する理由が見つかりません」
貧弱王太子が口を開けたまま固まった。
また、その向こうでセルペット侯爵がスッと視線を逸らす。
「な~~~~っ! なら、破かれて捨てられていたあたしの教科書は? 制服は? 笑い者にしたのは!? あれがオリアンヌ様の嫉妬でなかったらなんであんなことをしたのですか!」
「……」
「オリアンヌ様、なんでそこで黙るんですか! 言えないということは何か疚しいことがあっての───」
「いいえ、そうではなくて。本当に今、この場で説明しても構わなくて?」
エリーズ嬢は興奮しているので当然です、と言い切った。
「……では、言わせていただきます。破かれて捨てられていたという教科書……あれを行ったのはエリーズ様自身ですよね?」
「……え?」
「自作自演───ある方々が協力して下さいまして……調べさせていただきました」
「調べ……え?」
サーっとエリーズ嬢の顔色が変わる。
「な、なんのことですか! あたしが自分でそんなことをする理由なんてどこにも……」
「それがありました! あなたにはあったのです。虐めなどではなく! あの時、教科書を使えないようにしなくてはならない理由が……!」
「うっ……」
オリアンヌ様に睨まれて更に顔色を悪くするエリーズ嬢。
会場はどういうこと? と騒がしくなる。
「当時、学園の授業に中々ついていけていなかったエリーズ様は、授業中はいつも教科書に落書きをして遊んでいて上の空だったようですね?」
「なっ! 酷いわ。そんな嘘!」
嘘! と言いながらも激しく動揺しているエリーズ嬢。
なんて分かりやすい。
「調べたと言ったでしょう? これはあなたの隣の席の方の証言です」
「隣!?」
「そうです───いつも真面目に授業を受けていて真剣に書き込みをしているのだと思って感心していた。しかし、ある日よく見たらそれは単なる落書きだった……と」
「──!!」
「衝撃すぎて忘れられないそうです。ちなみに、教師の似顔絵はとても上手だったとか」
「なっ!」
これには会場のあちこちからクスクス笑いが起きる。
「別に教科書に落書きをしていたからと言って困るのはエリーズ様だけ。しかし、ここである問題が起きました」
「……」
「今、そこで石像のように固まっているヴァンサン殿下と仲良くなったあなたは、殿下に誘われて放課後にテスト勉強をすることになりました」
「……」
「平民出身で苦労していると聞いた殿下があなたに頼られたい一心で設けた時間です。あなたも喜んでその話に乗りました……が! あなたの教科書は問題だらけでした。そして、追い詰められたあなたは……」
ここまで来れば最後まで言わなくても分かる。
落書きだらけの教科書を殿下に見られたくなかった───
自分でビリビリに破いて捨てたあと、殿下には虐められているフリをした。
「ちなみに制服はエリーズ様、あなたが自身の不注意で破いたそうですよ?」
「え……」
「制服のスカートが誰かに破かれている! と大騒ぎしておりましたが、これも目撃者がおりました」
「……え」
「ある日、寝坊して遅刻寸前だったあなたは馬車から降りると全速力で走り出して、その際にスカートを───」
「ひっ! もももももももういいですっ!」
エリーズ嬢は真っ赤な顔をして止めに入る。
「あ、あたしの勘違いだったんですね!? や、やだぁ……あはは」
「……それから、授業で笑い者になった件は」
「やーーっぱり、説明はいらないです! ええ、それもあたしの勘違い! 勘違いですっ!」
「エ、エリーズ……」
石化の解けた貧弱王太子が動揺した表情でエリーズ嬢を見ている。
エリーズ嬢は慌てて弁解を始めた。
「殿下! えっと……ご、誤解! そう、あたし色々と誤解していたみたいです! オリアンヌ様はむ、無関係だった……みたい……で」
「……」
二人の間に変な空気が流れ始めた。
後半の二つは勘違いや誤解で済んでも、教科書に関しては自作自演だということは消えない。
そんな空気の中でオリアンヌ様がフフッと笑う。
「───くっ! なんだ、オリアンヌ! 何がおかしい!」
「え? いいえ、改めてエリーズ様は凄いなと思いまして」
「凄い……?」
怪訝そうにする殿下にオリアンヌ様は言った。
「ええ、だってそこまでするほど、勉強がお嫌いだったエリーズ様が、あのお妃教育の試験には合格されたと聞いたものですから」
───オリアンヌ様はクスクス笑いながら核心に迫ろうとしていた。
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