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199. 少し強引ですが……
しおりを挟む❈❈❈❈❈
名探偵フルールとして、ここまであのエリーズ嬢が裏にいることをは確信した私。
けれど、さすがにこの鼻を持って……いえ、推理力を持ってしても、エリーズ嬢や真実の愛を盲信している集団が潜伏している場所までは分からない。
(ですから……)
私はリシャール様に向かってにこっと笑う。
「そこのメイドさんに案内してもらうしかありませんわね!」
「え! フルール!?」
「フルールさん?」
「正気か!」
三人がギョッとした顔をした。
強引だと分かっているわ。けれど、だって今は他に方法がないんだもの。
「フルール……でも、あのメイド、まだとても話が出来る状態じゃ……」
「まあ……ずっと魘されていますわね」
チラッと様子を窺うとうめき声が聞こえる。
確かに今もまだ苦しそう。
「ですが……きっと、大丈夫です」
「え?」
「こういう時は、頬をペチペチしたら目を覚ましますわ!」
「ペチ……」
私は笑顔を浮かべてそう言い切った。
そして驚いた顔で固まったリシャール様の横をすり抜けてメイドさんの元へ向かう。
「フルールさん!? ほ、頬を──」
「ペチペチするだと!?」
イヴェット様とアンセルム殿下の顔色も変わる。
そんなに驚くことかしら?
私は不思議に思いながら、メイドさんの元へと近付いた。
(やっぱり、まずは挨拶からですわ!)
と、いうわけで、しゃがんだ私は頬をペチペチしながら耳元でご挨拶。
「っっ!?」
「こーんーにーちーは! すみませんがそろそろ起きてもらえます?」
ペチペチ……ペチペチ……
私は彼女の頬を叩く。
力入れすぎるとお顔が大惨事になるので、程々に……
ペチペチ……
「…………うぐっ……」
(よし! いいお返事!)
私はペチペチする手を止めた。
「ではメイドさん、あなたのお名前はなんて言いますの?」
「……ひっ!?」
いきなり名前を聞いたから驚いてしまった?
でも、名前が分からないと不便ですもの。許してね?
「お名前ですわ、お名前。あ、私はフルールと申します。王太子殿下とイヴェット様の結婚式に参列するためにバルバ…………隣国からやって来ましたの」
ピクッと動くメイドさん。
私はそのままグイッと近付いて語りかける。
「さて、あなたのお名前はなんですの?」
「ひぃっ!?」
「ヒィ、さん? なかなか変わったお名前ですわね、分かりましたわ」
ようやく名前が聞けたわ。
これで会話もより弾むはず。
では、次はこの話から。
「ヒィさん! 下剤入りのお茶、ご馳走様でしたわ!」
「……うっ」
「あの方たちが行方知れずになってからはご無沙汰だったので、久しぶりに味わえましたわ」
「…………うぅぅ」
ヒィさんの声がどんどん沈んでいく。
きっと怒られることを分かっているのね?
それなら初めからやらなければいいのに!
「ですが、イヴェット様はこの国の王太子妃。これは決して許されることではありませんわ」
「うっ……」
「ヒィさんも仕事を失い、怒り狂っておられる王太子殿下によって、一族諸共消されるとは思いますけど、どうかそれまでは頑張って強く生きてくださいませね?」
「ひぅっ!?」
(確か前に読んだ本の中の悪人はそうやって成敗されていたわ)
だから、現実も似たようなものよね、きっと!
詳しくはアンセルム殿下が色々考えて決めてくれるはず!
私の言葉を聞いたヒィさんは目をカッと見開いて急に慌てだした。
その顔は真っ青だった。
「あ、……うぁ……う」
「え? こんなはずじゃなかった? そんなこと私に言われても困りますわ」
これは自業自得ですからね!
「ぅあ……」
「え? 匂いって何なのよ? そう言われてもあの香りは、あまりの腹立たしさに忘れられませんの」
「……くぁぅ……」
「え? 人間技じゃない? いったい何の話ですの?」
どこからどう見ても私は最強を目指しているただの公爵夫人ですわ!
他に何に見えるというの?
「それだけ減らず口を叩けるほどお元気なら、私たちをエリーズ嬢の元へと案内するのは簡単ですわね?」
「……うひぃっっ!?」
(うーん……)
なるべく優しい口調で話しているのになかなか心を開いてくれないわ。
難しいですわね。
でも、残念ながら今は彼女の心の扉が開かれるのを大人しく待っているわけにはいかないの。
(少々、強引に行かせていただきますわ!)
「……ヒィさん!」
「ひぇぇ!?」
私はやや強引に彼女の身体をベッドから起こす。
すると、ヒィさんと至近距離で目が合ったのでにっこり笑った。
「大丈夫です。そんなに歩くのがお辛いなら、口で説明して案内さえしてもらえれば、また私が引き摺っ……」
「いーやーーーー! 案内します、しますからあぁぁぁ!」
ごめんなさいぃぃぃぃーーーー
申し訳ございませんでしたぁぁぁぁーーーー
引き摺るのだけは勘弁してくださぃぃぃぃーーーー
(まあ!)
途端に覚醒したヒィさんからの怒涛の謝罪が始まった。
叫んでいる理由はよく分からないけれど、エリーズ嬢の元に案内してくれる気にはなったらしい。
私はくるりと後ろを振り返って、リシャール様たちに満面の笑みを浮かべる。
「と、いうわけで───……こちらのヒィさんが案内してくれるそうですわ!」
「う、うん……」
「旦那様?」
リシャール様は少し戸惑った顔でこっちにやって来ると、そっと私の頭を撫でる。
「もうさ、どこから突っ込めばいいのか…………」
「?」
「言葉が見つからない……僕はまだまだだ……」
(何の話?)
そう言ったリシャール様はしばらく私の頭を撫で続けた。
❈❈❈❈❈
(フルール……)
ペチペチ発言から始まって、こっちが口を挟めないほどの凄い勢いで強引に押し切っていったぞ?
(……絶対、あのメイドの名前は“ヒィ”じゃないだろう)
どう考えても、フルールに驚いた時に出た単なる悲鳴だと思う。
───フルールのあれは本気なのか? それともわざと煽ったのか? どっちなんだ!
そう思って頭を撫でながらフルールの顔をじっと見る。
「旦那様、どうしました?」
「!」
ああ、ニコッと無邪気に笑うフルールが可愛い……
───ではなく!
それに、だ。
なんでフルールは、相手が「うぅ……」とかしか言っていなかったのに会話が進められるんだ!?
さり気なく脅しもかけていたし。
謎の嗅覚といい……
(本当に目が離せない)
どこに走っていくか分からないフルールについていくために……と身体は鍛えて来たつもりだったけれど、これからは思考力も鍛えなくてはいけない。
フルールならどう考えるか。
フルールならなんて発言するか。
フルールならどんな行動をとるか───
(これは、頭の中が寝ても覚めてもフルールじゃないか)
そんなフルールで頭いっぱいの僕に向かって、目の前のフルールはニヤリと笑う。
これはちょっと悪い顔だ。
「───さあ、旦那様! ……魔性の女の元に行きますわよ!!」
「う、うん」
フルールは本名不明のメイドの腕を掴んで元気よく歩き出す。
完全に呆気にとられていた殿下とイヴェット妃もハッとして慌てて後からついていく。
フルールに腕を掴まれたメイドの顔からは全く生気を感じられないけど、生きている……よな?
「……」
僕は思った。
どうやら黒幕で悲劇のヒロイン? らしいあの、ヴァンサン殿下の元真実の愛の相手は…………
(今度こそ再起不能……になるんじゃないか?)
────と。
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