王女殿下に婚約破棄された、捨てられ悪役令息を拾ったら溺愛されまして。

Rohdea

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198. 妄想探偵フルール(リシャール視点)

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❈❈❈❈❈


 ふふん、と得意そうに胸を張っている愛する可愛い妻フルールを見ながら僕は思う。

(フルールってなんで、こんなに何もかパワフルなんだろう?)

 すでにここまでの話で僕の頭の中は情報が溢れかえっていて大変なことになっている。
 特に過去の下剤の話はビックリだ。
 あと、絶対にそのやらかした三人の令嬢は義父と義母に消された……よな?

(怖くて聞けない……)

 下剤は効かない……か。
 こっちは、イヴェット妃からフルールが何か良くないものが入ったお茶を一気飲みしたと聞いただけでも血の気が引いたというのに。
 もし、フルールに何かあったら犯人は命乞いをされても絶対に許さないくらい酷い拷問を……なんてドス黒いことまで考えたのに。

 殿下がすぐに調べさせて混入されていたのは強力な下剤だと判明したものの、当の本人はケロッとした顔で実行犯を追いかけていると言われて拍子抜けし、どうにか黒い気持ちは消してフルールの戻りを待つことにした。
 しかし、なかなか戻って来ないので心配していたら、今度は王宮内をウロウロしながら実行犯を引きずり回しているという目撃情報が多数寄せられて……
 しかも、情報を元に探してもなかなか捕まらない。

(てっきり、お酒でも飲んだのかと思ってヒヤヒヤした……)

 だが、それは違った。
 フルールは素面のまま無自覚に自らの手で実行犯に制裁を……拷問紛いのことを笑顔で行っていた。

(僕の立場って……)

 あそこのメイドは今、自分の行った行為を酷く悔いているところだろう。 
 引きずり回されたのはよほどの恐怖だったに違いない……
 恐怖で固まった顔と魘され具合から見てもそう思う。
 そんな様子だから、しばらく情報を吐かせるのは無理だろうと思ったが……

 フルールは可愛い笑顔を浮かべたまま言う。

「イヴェット様のズタズタにされたドレス、脅迫状、それからそこの下剤混入の実行犯メイドなのですが……」
「……」

 僕たちはゴクリと唾を飲み込む。
 アンセルム殿下もイヴェット妃も真剣な顔でフルールを見つめている。
 いったい、フルールはこれだけで何故、黒幕が誰なのか分かったんだ?

「……そのどれからも共通の“香り”がしましたの」
「香り?」

 僕が聞き返すとフルールは大きく頷く。

「イヴェット様のドレスや脅迫状が全てそこのメイドの仕業なら共通の香りがしていても不思議ではないのですが、あちらの実行犯は逃げています」
「そう、ね。確かに姿を消した者とそこのメイドは別人だわ」

 イヴェット妃がそう言うならその通りなのだろう。
 と、なると───

「これは、残り香ですわ。そして、私はこの香りの主を知っています」
「え?」

 なぜ?  そう思った僕がフルールの顔をじっと見つめると、フルールはにこっと笑った。

(くっ……可愛い)

「旦那様、覚えています?  あの方ですわ」
「あの方?」
「……ええ、あの方……貧弱……げっそり王子と真実の愛を貫くはずだった方───魔性の女、エリーズ嬢ですわ」
「なっ……!」

 なんだって?  げっそ……あの──ヴァンサン元王太子殿下の?
 確かに彼女はこの国出身で、あの件で我が国から追放されてこの国に戻らされているはずだけど……
 僕がびっくりして目を丸くしているとフルールは続ける。

「フルール、何で彼女の香りが分かる?」
「あら、お忘れです?  誰が忘れても私はこの香りを忘れてなどいませんわ…………ふふ、ふふふ」

 フルールの目が据わっている。

「あの無理やりお兄様に抱きついた時についた残り香───あの時と同じ香りがプンプンしますのよ!」
「え!」
「あの件でお兄様は、勘違いしたげっそり王子に殴られ……旦那様だって国宝のそのお顔に傷がつきましたわ」

 メラッ……  

(た、大変だ!  フルールがメラール化し始めた!)

 あの傷は大した傷ではなかったから、とっくに消えている。
 アンベール殿だって自分で復讐した。
 それでもフルールは許せないらしい。
 危険な気配を察知した僕は慌ててフルールを宥めようとする。

「えっと、フ、フルールはあの時の彼女の香りを覚えているの?  す、すごいね!?」
「───ええ、覚えていますとも。常に香っていましたからね、あの甘ったるい香り……そして過剰なスキンシップによる移り香……これは間違いありません」

 メラメラッ……

(し、しまった!  余計に火がついた!)

 またしても、フルールの人間離れしていそうな嗅覚の記憶に驚いて出た発言が更なるフルールの闘志に繋がってしまった。
 そうだ……フルールはアンベール殿のことが大好きなんだ……

「フルールさん!  え、えっと……でも、同じ香水を使っている人が他にもいる可能性だってあるのではないかしら……?」

 フルールがメラメラし始めたので万が一、人間違いが起きたら大惨事だと察したのか、焦った様子のイヴェット妃がフルールに訊ねる。
 この方、本当に変わったな、と思う。
 すると、フルールはメラメラ闘志の炎を燃やしながら首を横に振る。

「いいえ、ありえませんわ。そもそもこの香りはかなり独特の配合がされていますから、市販品ではなく特注品なのですわ」
「!」

(なんで分かる!?)

 フルールが僕の視線から思考を感じ取ったのか、えへっと照れたように笑った。

「香水に関しましては昔、子どもの頃にちょっと……」
「ちょっと?」
「んー……───その話はまた後で、ですわ。とにかく!  あの魔性の女、エリーズ嬢にげっそり王子がプレゼントでもしていたのでしょう。おそらく他には無い香りだと思います」

(また後で?  ───き、気になるじゃないかっ!)

 チビフルール、いったい何をしたんだ!?
 くっ!  こんな時、こんな時にアンベール殿さえいてくれればスッキリ出来るのに!
 僕は一気にアンベール殿が恋しくなった。

「───いや、だが。確かその男爵令嬢はあちらの国でヴァンサン殿下との真実の愛がボロボロになって帰国させられたのだろう?  なぜ、“真実の愛”なんかを盲信する集団に?」

 アンセルム殿下が首を傾げている。
 確かに……
 あんな形でヴァンサン殿下との愛が砕けたのだから、真実の愛なんてものは幻想だった! そんなもの存在しなかった!  むしろ、真実の愛のせいで酷い目にあったと真実の愛に否定的になるものでは?
 そう思ったけれど、メラー……フルールは語る。

「……おそらくですけど、エリーズ嬢は“悲劇のヒロイン”を演じているのですわ」
「え?」
「悲劇の……」
「ヒロイン?」

 三人で順番に首を傾げた。

「確かにエリーズ嬢は失意のまま強制帰国となりましたわ。真実の愛を大っぴらにして国を出ていったのにまさかの帰国。本来なら冷たい視線で迎えられるはずでした───が」
「が?」
「そこはやはり涙一つでのし上がった魔性の女……彼女はそれを逆手にとります」

(フルール……ノリノリだな)

 こういう妄想を語る時のフルールは特に楽しそうだ。
 そして、単なる妄想ではないのがフルールの凄いところ。

「目をうるうるさせて、自分は真実の愛を引き裂かれた“悲劇のヒロイン”なのだと周囲に語ったのですわ!」

 そこまで言ったフルールは静かに息を吐く。

「多分、同情されてチヤホヤされていい気分になっているのだと思います。あと……」
「あと?」
「イヴェット様を狙っているのは“王太子妃”だからでしょう」

(あ!)

「つまり、自分がなれると信じていた“王太子妃”という立場を羨んで、イヴェット妃に嫌がらせを行った……ということか?」
「そういうことですわ」

 フルールは頷く。

(うーん。やっぱり、フルールは凄いなぁ)

 僕では、たとえ香りを感じても絶対に結び付けられる気がしない。

「……それで、フルール。肝心の彼女への接触はどうする?  捕まえなくてはいけないけど?」
「そうですわね。それは───……」

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