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221. 困った時は……
しおりを挟む「───と、いうわけで“お裾分け”に参りましたの!」
私は満面の笑みでそう口にした。
そんな私の目の前でお兄様が静かに頭に手を当てて押さえている。
(身体……震えている?)
「はぁ。フルール……お前って奴は本当に次から次へと……」
「お兄様? どうしました? あまりの嬉しさに震えているんです?」
「ははは! フルールよ、やはりお前の目にはこれが俺が“嬉しく”て震えているように見えるのか!」
「はい! 見えますわ!」
「……」
私が再び満面の笑みで頷くと、お兄様、今度は頭を抱えて膝から崩れ落ちた。
──今、私たちはシャンボン伯爵家に来ている。
何故かと言うと、朝、リシャール様との毎日の日課であるイチャイチャ中に届いた荷物というのが……
「フルール……説明してくれ」
立ち上がったお兄様が私にそう言った。
「説明?」
「何をどこをどうしたら、プリュドム公爵家からこんなに大量の贈り物が届くんだ?」
「えっと、これはお詫びだそうです」
「お詫び……」
チラッとお兄様の視線が私たちが持参した荷物に向けられる。
「それでも、こちらは頂いた分の三分の一程度ですわ! 残りは家に……」
「さっ……! これで!?」
お兄様がクワッと目を大きく開けて私の隣に並ぶリシャール様に目を向ける。
目が合ったリシャール様は無言のまま静かに頷いた。
「ええ。だってさすがに私たちだけで食べ切れる量ではなかったんですもの。ですからこうしてお裾分けですわ!」
お兄様が驚くのも無理はない。
これには、さすがの私も驚いちゃったわ。
メリザンド様からお詫びと称して贈られてきたもの。
それは、たくさんの食べ物だった。
野菜や、果物、肉や魚といった生物からお菓子やお茶、果ては珍味と呼ばれるものまで!
……それはそれはたんまりと。
(公爵家の広ーーいお部屋がほぼ荷物で埋まりましたわ~)
そして添えられていた手紙にはこう書かれていた。
“不快な思いをさせてしまった昨日のお詫びです”
“夫人は何でも美味しくたくさん食べられるとのお話だったので……ほんの少しの気持ちですが”
「フルール! お前は公爵令嬢にいったい何をされたんだ!」
「え……? おもてなしに苦~いお茶と、激辛お菓子を頂いて……」
「苦いお茶に、激辛の菓子だと!?」
お兄様の目がクワッとさらに大きく見開かれる。
「その後、少し所用で席を外したら、部屋に残っていたリシャール様がうっかり事故を起こし転びかけた彼女を助ける際に抱きとめたら……体勢が悪かった為に不貞疑惑が持ち上がり……」
「うっかり事故に不貞疑惑!? リシャール殿!?」
「お兄様、違いますわ。不貞は王弟殿下が老眼のせいで早とちりしただけですわよ?」
頭を抱えたお兄様が、王弟殿下が老眼!? と叫ぶ。
(あ、老眼は余計な情報でしたわね……)
……ま、いっか。
えへっと笑っておく。
「その後は塩味の強~いお菓子と甘~~いお茶も頂きましたの」
「味が増えている!! しかもこっちも地味になんか酷い!」
お兄様が目を剥いた。
「さすがにやり過ぎだと王弟殿下が叱っていたので、メリザンド様よりお詫びの品が贈られて来たのですわ」
「お詫びだと……? 待て待て、そのお詫びも明らかにやり過ぎだろう!?」
「お兄様……メリザンド様はきっと極端な方なのですわ」
「──フルールが! お前がそれを言うのか!?」
お兄様は今日も元気いっぱいに声を張り上げている。
「アンベール、落ち着いて?」
「オ……オリアンヌ……」
たくさんのお裾分けを目にして、興奮が隠せないお兄様をオリアンヌお姉様が宥め始めた。
「オリアンヌお姉様! お肉! お肉もたくさんあったので多めに持ってきましたわ」
「お肉!!」
肉と聞いてオリアンヌお姉様の目の色が変わる。
日持ちするお菓子やお茶はともかく、肉や魚や野菜などは早く使わないといけない。
いくら、毎日のお代わり六杯が通常の私でも、全て消費出来るかは分からなかった。
それでリシャール様と話し合い、シャンボン伯爵家にお裾分けしようと決めた。
「お肉……嬉しいわ! ありがとう!」
「オリアンヌお姉様、ぜひ盛り盛り食べて下さいませね!」
「ええ! そうするわ」
お肉を手にして「今夜はお代わり五杯に挑戦よ~」と浮かれて小躍りするオリアンヌお姉様を見てお兄様が苦笑いする。
「…………くっ! オリアンヌがめちゃくちゃ幸せそうだ……」
「喜んでもらえてよかったですわ~」
私はにこにこしながらその様子を見守る。
「幸せそうなオリアンヌの可愛い姿が見られて俺も嬉しい。だが! フルール!」
「は、はい?」
ガシッとお兄様に両肩を掴まれた。
「お前は“お詫び”と称してこんなに(普通の人なら絶対に)食べ切れない食材を送り付けられて思うことは無いのか!?」
「え?」
「何かあるだろう? この量だぞ!?」
私はチラッとお裾分けする食材を見つめる。
馬車の中に丸々詰め込んでも入り切らなかった程のたくさんの食材……
「もちろんです! これはお詫びにしては……」
「しては?」
「───ものすごくお金がかかっていそうです! ……と思いましたわ!!」
「……っ!」
お兄様は一瞬言葉を詰まらせると、すぐに、そっちかぁぁぁぁ! と唸った。
「フ、フルールよ、他……他に思うことは無かったか!?」
「他、ですか?」
私は首を傾げながらうーんと考える。
「あ!」
「あったか? そうか良かっ……」
「これを全部、私のおなかに納めたら……さすがにコロールになるかしら? ですわ」
「コロ……」
再び言葉を詰まらせたお兄様。
すると、凄い勢いでリシャール様の顔を見た。
お兄様と目が合ったリシャール様はまたしても無言のまま静かに頷いていた。
だって私、このやり取り……すでにもうリシャール様とやったのよね!
「くっっ……フルール! ……いいか? 心して聞くんだぞ」
「なんですの?」
私の両肩を掴んでいるお兄様の力がグッと強くなる。
「これはだな。明らかにお詫びを装った…………」
「────フルール! 帰っていたのね!? ちょうど良かったわ」
お兄様が何かを言いかけた時、バーンと部屋の扉が開けられてお母様が乗り込んで来る。
「お母様?」
「実はね、あなたを呼び出そうと思っていたのよ」
「え?」
「あなた、隣国に行っていたわよね?」
ドキッ!
胸が跳ねた。
(ま、まさか……もうどこからかお母様の耳に……)
「ちょっと聞きたいことがあるの。こっちにいらっしゃい」
「───……」
お母様はとってもとってもとってもいい笑顔を私に向けた。
❈❈❈❈❈
……フルールと話している途中だったのに。
乱入してきた笑顔の母上にフルールがズルズル引き摺られていく。
子どもの頃からよく見た光景。
お兄様、助けてぇぇ、フルールはいつものようにそんな顔をしていたが……
知っているだろう? フルールよ。
ああなった母上は誰にも止められない。
(それより母上……めちゃくちゃ怒ってないか?)
隣国とか言っていたが、いったい何をしたんだ?
そう思ってフルールの夫、義弟のリシャール殿を見る。
彼は、うわぁぁ……とすごい顔をしていた。
国宝級の美しさが台無しの顔だな……
ちなみに、フルールを引き摺る母上を止めようとしたけど、一蹴されている。
(これはフルール……隣国で何か壊して来たかな?)
フルールのやらかしといったらだいたいそれに尽きる。
淑女を忘れて走り回れば、花瓶の一つや二つは割れるだろう。
シャンボン伯爵家では花瓶と言えば消耗品だったからな!
まあ、詳しくはフルールが戻って来てから聞くとして……今は。
「……リシャール殿。俺にはどう頑張ってみても、このプリュドム公爵令嬢からの“お詫び”は“嫌がらせ”にしか見えません」
「…………僕もだ」
リシャール殿が遠い目をして深いため息を吐いた。
───良かった。義弟は正常だった!
フルールに似て「どこがですか?」などと言い出したらどうしようかと思った。
ちゃんと異常だと受け止めてくれていた。
「ではリシャール殿。これは……どういうことなのでしょう?」
「……」
これは聞かずにはいられない。
なぜなら、このままだと……フルールはまた王族を潰しかねないじゃないか!
(だって、王族クラッシャー、フルール……なんだぞ?)
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