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222. 何の意味もない
しおりを挟む(王族クラッシャー、フルール……)
本当に本当に、我が妹ながら恐ろしいと思う。
明確に潰す目的で立ち向かうならまだいい。
だが、フルールはそうじゃない。
『慰謝料請求ですわ~、金払えですわ~』
そう言い続けて結果的に潰したんだ。
(今回もこれが公爵令嬢の“嫌がらせ”だと自覚したら……)
公爵令嬢は確実に潰されるだろう。
あの一家は息子が寝たきりらしいから、公務が……公務の担い手が……!
俺はため息を吐く。
……まぁ、面倒くさそうな令嬢ならいない方がマシか。
「しかし、公爵令嬢もこれだけの量をよくもまぁ……」
「一応、こちらに持って来る前にフルールと不審な点が無いか調べたが、きちんと商会を通していて、メリザンド嬢は商品の手配依頼だけした様子だった」
リシャール殿がそう言った。
つまり、変な物を仕込んで送り付ける嫌がらせより、数で嫌がらせに出たわけか。
「金持ちの考えそうな嫌がらせですね……俺には真似出来ない」
後で何か言われても、中身に問題がないのだから、限度を超えていただけで善意で贈ったと言い張るつもりなのだろうか。
「さすがのフルールもこの量が運ばれて来た時は目を丸くしていたが、結果としてフルールの前では何の意味もない」
「そうですね。フルールの大食いはそれなりに有名になったので、他の人間は決して取らない手段ですね」
留学していて知らなかったからこそ、なのだろう。
結果として、ただただフルールに貢いで喜ばせただけ……
「……これ、後で王弟殿下は請求書を見て真っ青になるでしょうね」
「だろうな」
俺の言葉にリシャール殿も大きく頷いていた。
「……それで? 不貞疑惑とやらはどういうことなんですか? フルールはうっかりさんの事故などと言っていましたが」
王弟殿下の老眼も気になるが……
大丈夫か? あの方。
母上曰く昔からポンコツなお坊ちゃん……らしいが。
「ああ……さすがにこんなことをされれば、あれも単なる事故だったとは思えないが……」
リシャール殿が顔を曇らせながら説明を始めた。
────
(聞けば聞くほど不自然な行動ばかりだな)
「───席をわざわざ移動して来たし、何か企んではいるのだろうとは思ったが、あの菓子と茶を口にしたのは本気で間違えたように見えた」
「まぁ…………ぐぅえっっ!? なんて声は計画通りなら出す声ではないでしょうからね」
抜けているな、公爵令嬢。
想像したら少し笑える。
「本当はフルール……もしくはリシャール殿に対して違う目的があったのでしょうかね?」
「フルールたちが出て行った後、メイドに熱いお茶のお代わりを持ってくるように要求していたが……」
「熱いお茶? って、それはまた……では、予定外なことは起きてしまったが、いい感じに密着出来たから、そのままリシャール殿に抱きつくことにした?」
それを戻って来たメイドに目撃させる?
もしくはフルールに目撃させて誤解させる?
どちらもタイミングが重要ではあるが……上手くいくものか?
なにより、まさか今更そんな古典的なことを企む令嬢がいるとは……
(どちらにしてもフルールには通じない)
「公爵令嬢は、無知なうえに怖いもの知らずですね」
思わずそんな感想が口からこぼれた。
リシャール殿が妻となったフルール以外を見ていないのは、この国ではもうすっかり有名だ。
フルールからリシャール殿を奪う───
二人の結婚当初、フルールがあまりにもポヤポヤしていることから、これまでのフルールのやらかしを偶然と決めつけては侮り、そう企んだ令嬢たちは少なからず、いた。
しかし、フルールはそんな令嬢たちを、向けられた悪意に気付かず全て無自覚に返り討ちにしている。
(おそらく、フルール本人は今でも返り討ちにしたことは気付いていないのだろうな……)
───お兄様! リシャール様と結婚したらたくさん手紙が届いたり、以前より声をかけられたりすることが増えましたわ!
(令嬢たちからモテモテですわ~、なんて嬉しそうに言っていたな……)
そうして一人二人と闇に葬り去られる中、我が国の社交界に教訓として深く根付いたのは、
───二人の仲は壊せない。壊すべからず。
なので、今さら誰かを利用して不貞だとか不仲だとかの噂を流してもなんの意味もない。
また、フルールに挑んで闇に葬られたい物好きが現れたか……と笑われるだけ。
(フルール……もう、お前は色んな意味で最強の公爵夫人なんだよ……)
俺は今頃、母上にお説教されているであろうクラッシャーな可愛い妹に思いを馳せた。
❈❈❈❈❈
(どうしてですの……)
お母様に引き摺られ、別室に連れて来られた私は必死に考える。
(なぜ、なぜ、隣国でのことがお母様の耳に入っているんですの!?)
「────フルール。どうやら、あなた隣国で舞を踊ったようね?」
「……お、お母様……」
「踊ったのは、喜びの舞? あなたあれ好きだものね」
お母様! 笑顔、その笑顔が怖いですわーー!
リシャール様はお母様を止めようとしてくれたけど一蹴されていた。
お兄様には“諦めろ、フルール”そんな目をして見送られたわ。
(踊ったのは、喜びの舞ではなく初の歓喜の舞ですわ……!)
「派手に舞って王宮の一室を壊滅状態にしたそうじゃない?」
「な、何故ですの? どうしてお母様がそのことを……」
にっこり。
お母様が綺麗な顔で微笑む。
いつも不思議。
お母様は一体どこから情報を入手しているというの?
「不思議そうな顔ね、フルール。あなた私を誰だと思っているの?」
「お母様ですわ!」
「───またの名を?」
「……バル…………バ……国の舞姫・ブランシュですわ!!」
「……」
大変!
ちょっと国名を誤魔化したらジロリと睨まれてしまったわ!
お母様は軽くため息を吐くと再び笑顔で言った。
「───フルール。あまり話したことはなかったけれど、私のこの踊りはね? 他国にもファンがいるのよ」
「!」
「当然、隣国にもいるわけ」
な、なんてこと!
お母様は他国の人たちも魅了していた!?
恐るべし、バ…………国の舞姫・ブランシュですわーー!
「では、隣国のお母様のファンが……」
「そういうこと」
にっこり微笑むお母様に、私は魔性の女エリーズ嬢を中心とした真実の愛妄信集団によるイヴェット様の結婚式妨害行為について語る。
「ええ、その話も聞いてはいるわ」
「え? 聞いて……いるんですの?」
「当然でしょう?」
いったい、お母様のファンだという隣国の情報主は何者なんですの?
「お母様……いったいどなたから話を……」
「あら? まだ分からないの? 隣国の王宮内で起きていたことを把握して報告出来る人なんて限られていると思うわよ?」
「……」
(まさか、お母様……)
私と目が合ったお母様はふふっと笑って言った。
「────そんなの、隣国の国王夫妻に決まっているでしょう?」
「!」
(聞いていませんわーーーー!)
「さあ、フルール。じっくり話しましょうか。それから、大量の食材を送り込んで来たあなたの夫を狙うお嬢さんのことも」
「夫を狙うお嬢さん?」
私が首を傾げるとお母様がギョッとした。
「フルール? あなたもしかして、分かっていないの?」
「?」
「あなたの夫、リシャール様は狙われているのよ?」
「狙……」
お母様は、ああ、もう! と声を上げるとビシッと私に向かって指をさした。
「全く、こんな時まで何をぼんやりしているの! こう言えば分かるかしら? 国宝泥棒よ、国・宝・泥・棒!」
「こ……」
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