18 / 169
15. 私を敵に回すと
しおりを挟む「え……? ガーネット様。これ……!」
「……」
私の用意した“上乗せ特典”が書かれた詳細を見たマーリーン嬢が驚きの声を上げる。
私はにっこり笑って彼女に訊ねた。
「───あら、何か不満かしら?」
「い、いえ……そうでは……なく」
マーリーン嬢の声と手が震えている。
この時、彼女の口が“どうして”と動いたのを私は見逃さなかった。
「どうしたんだ、マーリーン?」
様子がおかしい娘にフォースター伯爵が声をかける。
「……お、お父様」
「上乗せ特典というのは何だったんだ?」
「そ、それが……」
「───マーリーン様。そこの詳細に書かれているように……あなたにはリトルトン王国に留学して薬学の勉強をしてもらうつもりよ」
「!」
私のその言葉に伯爵の眉がピクリと動いた。
「リトルトン……王国、に留学……だと?」
「ええ、そうよ。この国は薬学研究に関しては我が国なんかより遥か先をいっている国。損はない話でしょう?」
フォースター伯爵とマーリーン嬢の二人は顔を見合せた。
明らかに戸惑っている。
(───ふふ、やっぱり驚いているようね)
「安心して? リトルトン王国の中でも最高峰の薬学研究所に我が家の伝手を使ってもう話をつけてあるわ」
「……! ガーネット……さま」
マーリーン嬢の声が震えている。
目も大きく揺れていた。
(ふふっ……)
「……そうそう。そのリトルトン王国のその研究所にはね、我が国からとある事情で移住せざるをえなかったという人が助手として働いているそうよ?」
「────っ!」
マーリーン嬢がひゅっと息を呑んだ。
「ねぇ? マーリーン様?」
「は、はい……!」
「あなたのサポートをするにあたって私から出す条件は、リトルトン王国で多くのことを学んで立派な薬師の資格をとって我が、ウェルズリー侯爵家に貢献すること」
「はい、もちろんです!」
(……まだ、少し動揺しているみたいだけれど、いい返事。そしていい目をしているわね)
「分かっているならいいわ。ああ、それと、あなたが帰国する際、我が家の薬師の席は二人分空けておくわね?」
「ふた……!? ガ、ガーネット様! ガーネット様はやっぱり知っ……」
マーリーン嬢の声が上擦っている。
「あーら? なんのことかしら。ただ、私はとーっても優秀な人材を我が家にスカウトしたいだけよ?」
「!」
「だから、二人で切磋琢磨して私にいい成果を持ち帰って来てちょうだい?」
「───はいっ! か、必ず……!」
マーリーン嬢はうっすら目に涙をためて深く深く頷いた。
そして涙を拭うと父親の伯爵に退室を申し出た。
「───お父様! わ、私、部屋に戻って、て、手紙……じゃなくて準備……準備しに行きたいわ!」
「え? ……あ、ああ……」
「ガーネット様! ありがとうございました! 私、必ず……必ず期待に応えてみせます! そして……この御恩は……一生忘れません! お、お先に失礼いたします!」
マーリーン嬢は凄い勢いで立ち上がると、呆気に取られている伯爵の横を駆け抜けて行った。
しーん……
マーリーン嬢が駆け抜けて行ったあと部屋には静寂が広がる。
(上乗せ特典、喜んでもらえたようで良かったわ)
そう思いながら私はお茶をコクリと飲む。
すると、横から不思議そうな声が飛んで来た。
「なぁ、ガーネット。ちょっと話が分からなかったんだが?」
「……ジョルジュ?」
「リトルトン王国への留学は分かった。だが、彼女のあの反応は───なんだ?」
私はフッと笑う。
「ねぇ、ジョルジュ。ここに来る時に私が言ったこと覚えている?」
「?」
不思議そうな顔をするジョルジュに私は二本の指を立てて見せた。
「言ったでしょう? フォースター伯爵令嬢はイザード侯爵令息との婚約で二つのことを諦めたのよって」
「あ、ああ! 言っていたな。一つは俺も調べた。薬師のことだろう?」
「そうよ。そしてもう一つは───……」
私はチラッとフォースター伯爵の顔を見る。
彼はまだ、どこか呆気に取られている様子だった。
「───恋人よ」
「こっ……?」
ジョルジュが目を丸くして固まった。
「マーリーン様にはね、公にはしていなかったけれど、彼女と同じ薬師を目指している恋人がいたのよ。ただ……」
私は目を伏せる。
イザード侯爵家との縁談の話でマーリーン嬢はその恋人と無理やり引き裂かれることになった。
その彼は、イザード侯爵家に圧力をかけられてこの国を出るしかなくなったという。
そしてその彼が今いるのが……
(リトルトン王国の薬学研究所……)
「すごいわよね、その方。半ば追い出される形で出国させられたのに、その先は自分で実力を示して最高峰の研究所で働いているんですもの」
私はにっこり笑う。
「そんな優秀な人材ならぜひ、欲しいのよね」
「…………ガーネット嬢、あなたは……やはり知っていて…………マーリーンに……」
「……」
伯爵が涙をこらえたような顔で静かに頭を下げた。
この様子だと、娘の気持ちより当主としての判断を優先にしたことを引きずっていたのかもしれないわね。
(───まあ、そんな親子のことは私が口出すことではないわ!)
この先をどうするかはマーリーンたちが決めることですもの。
私は種を撒く手伝いをしただけ。
「ホーホッホッホッ! フォースター伯爵。そんな辛気臭い顔を見せられても部屋がジメジメして困るわ」
「ガーネット嬢……」
「さあ、その暗い顔はしまって頂いて結構! ───そして、あなたへの上乗せ特典は“こちら”よ!」
私はフォースター伯爵に対しても紙を渡す。
「と、特典……」
伯爵はおそるおそるその紙を手に取った。
そして中を読んでギョッとする。
「こ、これは! デイモン・イザード侯爵令息の女性関係……の素行調査……?」
「彼……マーリーン様との婚約が決まって過去にお付き合いのあった方々とはきっぱり縁を切った───イザード侯爵家は表向きはそう言っていたそうですけど……」
「ガーネット嬢……あ、あなたはこれをどこで……?」
驚愕の表情を浮かべて身体を震わせているフォースター伯爵。
私は、にっこりと笑う。
「ふふふ、ご存知だと思いますけど社交界って、毎日あちらこちらで色んな“噂話”が飛び交っているの」
「あ、ああ……」
「ホホホ! 私はそのちょ~っと耳にした噂について、念入りに調べただけ。そう……圧力で揉み消されたお話も」
私は、ホホホと高らかに笑う。
我が家の諜報部にかかればこれくらい調べるのは容易くってよ!
「……」
「どうやら、証言によると───デイモン様、彼は結婚後も隠れて関係を続けるつもりだったご様子……」
ギリッと伯爵が悔しそうに唇を噛んだ。
「さて───この情報をどう使うかはお任せしますわ? フォースター伯爵」
──────
「さぁて、目的は達成したわね~」
「……」
「付き合ってくれてありがとう、ジョルジュ」
「……」
フォースター伯爵家からの帰りの馬車の中、私はうーんと大きく伸びをする。
私の思う通りに事が進んだ。
そのおかげで、ラモーナが頼りにしていたであろう資金源の口は無事に塞いだ。
(───さぁて、ラモーナ。あなたはどうするかしら?)
…………この私を敵に回すとこうなるのよ! ってね。
「それにしても、予定より長居してしまったわねぇ。ジョルジュ、大丈夫?」
「……」
「ジョルジュ?」
ジョルジュは起きてはいるみたいだけれど、まるで置物のように無言だった。
私はうーんと首を傾げる。
もしかして、疲れちゃったのかしら?
我が家まで走り込みで到着していたけど、迷子になって行き倒れするようなジョルジュだもの。
実際はあまり体力ないのかも……
「ジョルジューー? 大ー丈ー夫~?」
「……」
まだ無言。
もう、これはしばらく放置……でいいかしらね。
そう思って私はジョルジュが解凍されて動き出すのを静かに待つことにした。
(えっと、この後は殿下からの返事が来たら───……)
「…………ネット」
「ん?」
次にどう動くかを頭の中で考えていたらジョルジュの声が聞こえたので顔を上げる。
「……ガーネット」
「あら、おはよう、ジョルジュ。もうすぐあなたの家よ。解凍が完了してくれて良かったわ」
「かいとう?」
「ええ。さすがに私だけじゃあなたを降ろして運べないもの」
「はこぶ……」
まだどこか寝ぼけているのかジョルジュはぼんやりしている。
「ガーネット! 君にお願いがある」
「お願い? 何かしら? 私に出来ることなら言ってちょうだい?」
だって今回、目的が達成出来たのはジョルジュのおかげでもある。
よほど厄介なお願いでなければ聞くのが筋。
私は髪をかけあげて足を組む。
「お金? 情報? 人材派遣? なんでも言って?」
「ありがとう。では、お言葉に甘えてガーネット……」
「!」
その真剣な目にドキッと胸が跳ねた。
私はそっと胸を押さえる。
(もう何度目かしら……どうしてジョルジュ相手だとすぐこうなるの……?)
こんな気持ち、初め……
「…………今すぐ───俺を踏んでくれ!」
「……んンォん!?」
(い……今 な ん て ?)
ついつい令嬢らしからぬ声が出た。
私はゴホンッと軽く咳払いしてから訊ねる。
「あー、ジョルジュ。ごめんなさい? 私、耳がちょっとおかしくなったみたい」
「そうか。それは大変だ。ではもう一度言おう!」
「え、ええ。お願い……?」
ジョルジュは、んんッと咳払いしてから息を大きく吸った。
そして───
「ガーネット! 今すぐここで俺を踏み潰してくれ!」
(────!?!?!?)
二回聞いてもやっぱり変わらなかった。
2,020
あなたにおすすめの小説
『やりたくないからやらないだけ 〜自分のために働かない選択をした元貴族令嬢の静かな失踪〜』
鷹 綾
恋愛
「やりたくないから、やらないだけですわ」
婚約破棄をきっかけに、
貴族としての役割も、評価も、期待も、すべてが“面倒”になった令嬢ファーファ・ノクティス。
彼女が選んだのは、復讐でも、成り上がりでもなく――
働かないという選択。
爵位と領地、屋敷を手放し、
領民の未来だけは守る形で名領主と契約を結んだのち、
彼女はひっそりと姿を消す。
山の奥で始まるのは、
誰にも評価されず、誰にも感謝せず、
それでも不自由のない、静かな日々。
陰謀も、追手も、劇的な再会もない。
あるのは、契約に基づいて淡々と届く物資と、
「何者にもならなくていい」という確かな安心だけ。
働かない。
争わない。
名を残さない。
それでも――
自分の人生を、自分のために選び切る。
これは、
頑張らないことを肯定する物語。
静かに失踪した元貴族令嬢が、
誰にも縛られず生きるまでを描いた、
“何もしない”ことを貫いた、静かな完結譚。
役立たずと捨てられた薬草聖女、隣国の冷酷王太子に拾われて離してもらえません!〜元婚約者が「戻ってこい」と泣きついてきても、もう遅いです〜
きみつね
恋愛
「リリアーナ・ベルモンド。地味で陰気な貴様との婚約を破棄する!」
薬草研究以外に取り柄がないと罵られ、妹に婚約者を奪われた公爵令嬢リリアーナ。 彼女は冬の雪山に捨てられ、凍死寸前のところを隣国の氷の王太子アレクシスに拾われる。
「見つけたぞ。俺の聖女」
彼に連れ帰られたリリアーナが、その手でポーションを作ると――なんとそれは、枯れた聖樹を一瞬で蘇らせる伝説級の代物だった!?
「君の才能は素晴らしい。……どうか、俺の国で存分に力を発揮してほしい」
冷酷無比と恐れられていたはずのアレクシスは、実はリリアーナに対して過保護で甘々な溺愛モード全開!
エルフの執事、魔導師団長、獣人将軍……次々と彼女の才能に惚れ込む変わり者たちに囲まれ、地味だったはずのリリアーナは、いつの間にか隣国で一番の至宝として崇められていく。
一方、リリアーナを追放した祖国では、奇病が蔓延し、ポーション不足で国家存亡の危機に陥っていた。
元婚約者たちは必死にリリアーナを探すが――。
これは役立たずと蔑まれた薬草オタクの聖女が、最高の理解者(と変人たち)に囲まれて幸せになるストーリー。
書き溜めがなくなるまで高頻度更新!♡
裏で国を支えていた令嬢「不純物だ」と追放されるも、強面辺境伯と共に辺境を改革する ~戻ってきてと嘆願されましたが、それに対する答えは……~、
水上
恋愛
「君のような地味な不純物は不要だ」と婚約破棄され追放されたルチア。失意の彼女を拾ったのは、皆から恐れられる辺境伯レオンハルトだった。だが彼には意外な一面があって!?
ルチアはレオンハルトと共に、自らの知識や技術で領地を改革し始める。
一方、ルチアを追放した王国は、彼女の不在によって崩壊の危機に陥る。
今更戻ってきてほしいと嘆願されましたが、それに対する答えは……。
毒姫ライラは今日も生きている
木崎優
恋愛
エイシュケル王国第二王女ライラ。
だけど私をそう呼ぶ人はいない。毒姫ライラ、それは私を示す名だ。
ひっそりと森で暮らす私はこの国において毒にも等しく、王女として扱われることはなかった。
そんな私に、十六歳にして初めて、王女としての役割が与えられた。
それは、王様が愛するお姫様の代わりに、暴君と呼ばれる皇帝に嫁ぐこと。
「これは王命だ。王女としての責務を果たせ」
暴君のもとに愛しいお姫様を嫁がせたくない王様。
「どうしてもいやだったら、代わってあげるわ」
暴君のもとに嫁ぎたいお姫様。
「お前を妃に迎える気はない」
そして私を認めない暴君。
三者三様の彼らのもとで私がするべきことは一つだけ。
「頑張って死んでまいります!」
――そのはずが、何故だか死ぬ気配がありません。
つかぬことを伺いますが ~伯爵令嬢には当て馬されてる時間はない~
有沢楓花
恋愛
「フランシス、俺はお前との婚約を解消したい!」
魔法学院の大学・魔法医学部に通う伯爵家の令嬢フランシスは、幼馴染で侯爵家の婚約者・ヘクターの度重なるストーキング行為に悩まされていた。
「真実の愛」を実らせるためとかで、高等部時代から度々「恋のスパイス」として当て馬にされてきたのだ。
静かに学生生活を送りたいのに、待ち伏せに尾行、濡れ衣、目の前でのいちゃいちゃ。
忍耐の限界を迎えたフランシスは、ついに反撃に出る。
「本気で婚約解消してくださらないなら、次は法廷でお会いしましょう!」
そして法学部のモブ系男子・レイモンドに、つきまといの証拠を集めて婚約解消をしたいと相談したのだが。
「高貴な血筋なし、特殊設定なし、成績優秀、理想的ですね。……ということで、結婚していただけませんか?」
「……ちょっと意味が分からないんだけど」
しかし、フランシスが医学の道を選んだのは濡れ衣を晴らしたり証拠を集めるためでもあったように、法学部を選び検事を目指していたレイモンドにもまた、特殊設定でなくとも、人には言えない事情があって……。
※次作『つかぬことを伺いますが ~絵画の乙女は炎上しました~』(8/3公開予定)はミステリー+恋愛となっております。
婚約者が聖女を選ぶことくらい分かっていたので、先に婚約破棄します。
黒蜜きな粉
恋愛
魔王討伐を終え、王都に凱旋した英雄たち。
その中心には、異世界から来た聖女と、彼女に寄り添う王太子の姿があった。
王太子の婚約者として壇上に立ちながらも、私は自分が選ばれない側だと理解していた。
だから、泣かない。縋らない。
私は自分から婚約破棄を願い出る。
選ばれなかった人生を終わらせるために。
そして、私自身の人生を始めるために。
短いお話です。
冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない
くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、
軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。
言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。
――そして初めて、夫は気づく。
自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。
一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、
「必要とされる存在」として歩き始めていた。
去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。
これは、失ってから愛に気づいた男と、
二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。
――今さら、遅いのです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる