誕生日当日、親友に裏切られて婚約破棄された勢いでヤケ酒をしましたら

Rohdea

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15. 私を敵に回すと

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「え……?  ガーネット様。これ……!」
「……」

 私の用意した“上乗せ特典”が書かれた詳細を見たマーリーン嬢が驚きの声を上げる。
 私はにっこり笑って彼女に訊ねた。

「───あら、何か不満かしら?」
「い、いえ……そうでは……なく」

 マーリーン嬢の声と手が震えている。
 この時、彼女の口が“どうして”と動いたのを私は見逃さなかった。

「どうしたんだ、マーリーン?」

 様子がおかしい娘にフォースター伯爵が声をかける。

「……お、お父様」
「上乗せ特典というのは何だったんだ?」
「そ、それが……」
「───マーリーン様。そこの詳細に書かれているように……あなたにはリトルトン王国に留学して薬学の勉強をしてもらうつもりよ」
「!」

 私のその言葉に伯爵の眉がピクリと動いた。

「リトルトン……王国、に留学……だと?」
「ええ、そうよ。この国は薬学研究に関しては我が国なんかより遥か先をいっている国。損はない話でしょう?」

 フォースター伯爵とマーリーン嬢の二人は顔を見合せた。
 明らかに戸惑っている。

(───ふふ、やっぱり驚いているようね)

「安心して?  リトルトン王国の中でも最高峰の薬学研究所に我が家の伝手を使ってもう話をつけてあるわ」
「……!  ガーネット……さま」

 マーリーン嬢の声が震えている。
 目も大きく揺れていた。

(ふふっ……)

「……そうそう。そのリトルトン王国のその研究所にはね、我が国からとある事情でという人が助手として働いているそうよ?」
「────っ!」

 マーリーン嬢がひゅっと息を呑んだ。

「ねぇ?  マーリーン様?」
「は、はい……!」
「あなたのサポートをするにあたって私から出す条件は、リトルトン王国で多くのことを学んで立派な薬師の資格をとって我が、ウェルズリー侯爵家に貢献すること」
「はい、もちろんです!」

(……まだ、少し動揺しているみたいだけれど、いい返事。そしていい目をしているわね)

「分かっているならいいわ。ああ、それと、あなたが帰国する際、我が家の薬師の席は空けておくわね?」
「ふた……!?  ガ、ガーネット様!  ガーネット様はやっぱり知っ……」

 マーリーン嬢の声が上擦っている。

「あーら?  なんのことかしら。ただ、私はとーっても優秀な人材を我が家にスカウトしたいだけよ?」
「!」
「だから、切磋琢磨して私にいい成果を持ち帰って来てちょうだい?」
「───はいっ!  か、必ず……!」

 マーリーン嬢はうっすら目に涙をためて深く深く頷いた。
 そして涙を拭うと父親の伯爵に退室を申し出た。

「───お父様!  わ、私、部屋に戻って、て、手紙……じゃなくて準備……準備しに行きたいわ!」
「え?  ……あ、ああ……」
「ガーネット様!  ありがとうございました!  私、必ず……必ず期待に応えてみせます!  そして……この御恩は……一生忘れません!  お、お先に失礼いたします!」

 マーリーン嬢は凄い勢いで立ち上がると、呆気に取られている伯爵の横を駆け抜けて行った。


 しーん……
 マーリーン嬢が駆け抜けて行ったあと部屋には静寂が広がる。

(上乗せ特典、喜んでもらえたようで良かったわ)

 そう思いながら私はお茶をコクリと飲む。
 すると、横から不思議そうな声が飛んで来た。

「なぁ、ガーネット。ちょっと話が分からなかったんだが?」
「……ジョルジュ?」
「リトルトン王国への留学は分かった。だが、彼女のあの反応は───なんだ?」

 私はフッと笑う。

「ねぇ、ジョルジュ。ここに来る時に私が言ったこと覚えている?」
「?」

 不思議そうな顔をするジョルジュに私は二本の指を立てて見せた。

「言ったでしょう?  フォースター伯爵令嬢はイザード侯爵令息との婚約で二つのことを諦めたのよって」
「あ、ああ!  言っていたな。一つは俺も調べた。薬師のことだろう?」
「そうよ。そしてもう一つは───……」

 私はチラッとフォースター伯爵の顔を見る。
 彼はまだ、どこか呆気に取られている様子だった。

「───恋人よ」
「こっ……?」

 ジョルジュが目を丸くして固まった。

「マーリーン様にはね、公にはしていなかったけれど、彼女と同じ薬師を目指している恋人がいたのよ。ただ……」

 私は目を伏せる。
 イザード侯爵家との縁談の話でマーリーン嬢はその恋人と無理やり引き裂かれることになった。
 その彼は、イザード侯爵家に圧力をかけられてこの国を出るしかなくなったという。
 そしてその彼が今いるのが……

(リトルトン王国の薬学研究所……)

「すごいわよね、その方。半ば追い出される形で出国させられたのに、その先は自分で実力を示して最高峰の研究所で働いているんですもの」

 私はにっこり笑う。

「そんな優秀な人材ならぜひ、欲しいのよね」
「…………ガーネット嬢、あなたは……やはり知っていて…………マーリーンに……」
「……」

 伯爵が涙をこらえたような顔で静かに頭を下げた。
 この様子だと、娘の気持ちより当主としての判断を優先にしたことを引きずっていたのかもしれないわね。

(───まあ、そんな親子のことは私が口出すことではないわ!)

 この先をどうするかはマーリーンたちが決めることですもの。
 私は種を撒く手伝いをしただけ。

「ホーホッホッホッ!  フォースター伯爵。そんな辛気臭い顔を見せられても部屋がジメジメして困るわ」
「ガーネット嬢……」
「さあ、その暗い顔はしまって頂いて結構!  ───そして、あなたへの上乗せ特典は“こちら”よ!」

 私はフォースター伯爵に対しても紙を渡す。

「と、特典……」

 伯爵はおそるおそるその紙を手に取った。
 そして中を読んでギョッとする。

「こ、これは!  デイモン・イザード侯爵令息の女性関係……の素行調査……?」
「彼……マーリーン様との婚約が決まって過去にお付き合いのあった方々とはきっぱり縁を切った───イザード侯爵家は表向きはそう言っていたそうですけど……」
「ガーネット嬢……あ、あなたはこれをどこで……?」

 驚愕の表情を浮かべて身体を震わせているフォースター伯爵。
 私は、にっこりと笑う。 

「ふふふ、ご存知だと思いますけど社交界って、毎日あちらこちらで色んな“噂話”が飛び交っているの」
「あ、ああ……」
「ホホホ!  私はそのちょ~っと耳にした噂について、念入りに調べただけ。そう……圧力で揉み消されたお話も」

 私は、ホホホと高らかに笑う。
 我が家の諜報部にかかればこれくらい調べるのは容易くってよ!

「……」
「どうやら、証言によると───デイモン様、彼は結婚後も隠れて関係を続けるつもりだったご様子……」

 ギリッと伯爵が悔しそうに唇を噛んだ。

「さて───この情報をどう使うかはお任せしますわ?  フォースター伯爵」



──────



「さぁて、目的は達成したわね~」
「……」
「付き合ってくれてありがとう、ジョルジュ」
「……」

 フォースター伯爵家からの帰りの馬車の中、私はうーんと大きく伸びをする。

 私の思う通りに事が進んだ。
 そのおかげで、ラモーナが頼りにしていたであろう資金源の口は無事に塞いだ。

(───さぁて、ラモーナ。あなたはどうするかしら?)

 …………この私を敵に回すとこうなるのよ!  ってね。

「それにしても、予定より長居してしまったわねぇ。ジョルジュ、大丈夫?」
「……」
「ジョルジュ?」

 ジョルジュは起きてはいるみたいだけれど、まるで置物のように無言だった。  
 私はうーんと首を傾げる。
 もしかして、疲れちゃったのかしら?

 我が家まで走り込みで到着していたけど、迷子になって行き倒れするようなジョルジュだもの。
 実際はあまり体力ないのかも……

「ジョルジューー?  大ー丈ー夫~?」
「……」

 まだ無言。
 もう、これはしばらく放置……でいいかしらね。
 そう思って私はジョルジュが解凍されて動き出すのを静かに待つことにした。




(えっと、この後は殿下からの返事が来たら───……)

「…………ネット」
「ん?」

 次にどう動くかを頭の中で考えていたらジョルジュの声が聞こえたので顔を上げる。

「……ガーネット」
「あら、おはよう、ジョルジュ。もうすぐあなたの家よ。解凍が完了してくれて良かったわ」
「かいとう?」
「ええ。さすがに私だけじゃあなたを降ろして運べないもの」
「はこぶ……」

 まだどこか寝ぼけているのかジョルジュはぼんやりしている。

「ガーネット!  君にお願いがある」
「お願い?  何かしら?  私に出来ることなら言ってちょうだい?」 

 だって今回、目的が達成出来たのはジョルジュのおかげでもある。
 よほど厄介なお願いでなければ聞くのが筋。
 私は髪をかけあげて足を組む。

「お金?  情報?  人材派遣?  なんでも言って?」
「ありがとう。では、お言葉に甘えてガーネット……」
「!」

 その真剣な目にドキッと胸が跳ねた。
 私はそっと胸を押さえる。

(もう何度目かしら……どうしてジョルジュ相手だとすぐこうなるの……?)

 こんな気持ち、初め……

「…………今すぐ───俺を踏んでくれ!」
「……んンォん!?」

(い……今  な  ん  て  ?)

 ついつい令嬢らしからぬ声が出た。
 私はゴホンッと軽く咳払いしてから訊ねる。

「あー、ジョルジュ。ごめんなさい?  私、耳がちょっとおかしくなったみたい」
「そうか。それは大変だ。ではもう一度言おう!」
「え、ええ。お願い……?」

 ジョルジュは、んんッと咳払いしてから息を大きく吸った。
 そして───

「ガーネット!  今すぐここで俺を踏み潰してくれ!」

(────!?!?!?)

 二回聞いてもやっぱり変わらなかった。

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