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第5話
しおりを挟むその知らせは突然だった。
「エリオス殿下が? 我が家へ訪問ですって!?」
お姉様は頬を赤くして興奮している。
「そうだ。突然の知らせで驚いたが……今日の午後、我が家を訪ねて来るそうだ。マリアン、お前この間の茶会でエリオス殿下を射止めたのか?」
「この間のお茶会に、殿下は顔を出していませんわよ、お父様」
「なら、何処か別の所で見初められたのか……!」
「素晴らしいわ! さすがマリアンね!」
お父様とお母様、そしてお姉様の3人は大興奮で話を続けている。
みんな、お姉様がエリオス殿下に見初められて求婚されるものとばかり思っている。
そんなウキウキとはしゃぐ3人を見ながら私は真っ青な顔でプルプルと震えていた。
(エリオス殿下のあの様子から言ってお姉様への求婚に来るとは思えない)
本心かは分からないけれど、まだ遊びたいからその気は無いとも言っていたし、何よりエリオス殿下のあの口ぶりからお姉様に対する印象が良いものだったとは到底思えない。
───ならば、何故我が家にやって来るの?
まさか……あの場では笑って許してくれていたけれど、本当は私の無礼だった振る舞いに怒っていて糾弾しに来る、とか?
(どうしよう……今からでもお父様達にお茶会でエリオス殿下と会った事を伝えるべき!?)
「あぁ、こうしてはいられないわ! 最高の私でお出迎えしなくては!」
「そうね、マリアン! あのドレスにしましょう!」
私の混乱を知らないお姉様とお母様はそう言ってウキウキしながら部屋へと戻って行く。
きっと最高のドレスを選ぶのだろう。
言い出すタイミングも失ってしまったので、とりあえず私も自分の部屋に戻ろうと立ち上がるとお父様に腕を掴まれて呼び止められた。
「セシリナ、いいか? この訪問はマリアンの運命を左右する大事な訪問だ! 決して邪魔をするな。お前は部屋にでも篭っていろ! いいな!?」
《薄気味悪い令嬢なんて噂されているセシリナが、その場にいたらいたらまとまるものもまとまらん!》
《とりあえず何としてもマリアンをエリオス殿下の元に!》
お父様のとっても正直な心の声が聞こえて来た。
「……分かりました」
再び顔を合わせるのも気まずいので、エリオス殿下と顔を合わせずに済むのならそれにこした事は無い。
この間の事を蒸し返されでもしたら私だって辛いもの。
エリオス殿下の訪問は何が目的なのかは分からないけれど、言われた通り殿下が帰られるまで大人しくしているわ。
(だから、私への用事ではありませんように!)
****
そして、時間通りにエリオス殿下は我が家にやって来た。
幾人かの護衛を連れただけの訪問のようで、私は馬車が横付けされる様子を部屋の窓から眺めていた。
「ようこそいらっしゃいました! エリオス殿下」
お父様の弾んだ声が私の部屋にまで聞こえてくる。
かなり浮かれているのかもしれない。
そんなお父様の浮かれ具合に反して私の気持ちはどんどん沈んでいく。
(お父様も殿下もどちらも余計な事を言わないといいのだけれど)
今日の私は、体調が悪くて伏せっている。
───そういう設定だ。
そうでないと、王子様を家族総出で出迎えないなんてとても失礼にあたるから。
私とエリオス殿下に面識がある事を知らないお父様は、こうする事で厄介者の次女の扱いは済むと思ったみたい。
……けれど。
もしもエリオス殿下が我が家に訪ねて来た理由が私にあったら殿下はこの部屋にやって来るかもしれない。そう思うと落ち着かない。
(やはり、あの態度は不敬だったと糾弾されるのかしら?)
しばらく部屋の中をウロウロと歩き回ったけれど、疲れたので大人しくベッドに入る事にした。
何事も起こらない事を願って。
「……」
だけど、私のそんな願いも虚しく……
何やら階下が騒がしい。
「いえ、ですから、セシリナは……」
「そうですわ! お待ち下さいませ! エリオス殿下!」
あぁ、嫌な予感しかしない。
お父様とお姉様の必死な声が聞こえる。
それはまるでエリオス殿下を引き止めているような声……
そして、気の所為でなければ足音がどんどんこの部屋に近付いているような……
(もしかして……)
私がそう思った時、ノックと共に私の部屋のドアがバーンと開けられた。
「…………!?」
「やぁ! セシリナ嬢、こんにちは」
にこやかな顔でそこに立っていたのは、間違いなくつい先日お会いしたエリオス殿下その人だ。
──それよりも。
今、この方ノックと同時に部屋のドアを開けた気がする。
「……」
そんな私の無言の抗議を感じたのかエリオス殿下は、申し訳なさそうな顔で口を開いた。
「あぁ、ごめん、返事も聞かずに部屋の扉を開けてしまった」
「……」
「悪気は無いんだ。許して欲しい。君のお父上とお姉さんがちょっとね……いや、かなりしつこくてとにかく逃げたかったんだ」
「逃……! ……ふ、2人が何かしたのでしょうか?」
エリオス殿下の言葉に私はギョッとする。
やめて! これ以上、不敬だと糾弾されるような罪を増やさないでー!!
取り潰しになってしまうわ!!
自分のした事を棚に上げて私は心の中で2人に文句を言う。
「いや~僕は君に……セシリナ嬢に会いに来たのに、君は病で伏せっているから会えないとか、私に会いに来てくれたのですよね!? とかそれはそれは喧しくってね。鬱陶しいなぁと思って振り切って逃げて来たんたけど」
「……」
「あ、セシリナ嬢の部屋の場所は途中で使用人に聞いたんだ! 快く部屋の場所を教えてくれた。あ、それと誰も君が病で伏せってるなんて言ってなかったよ」
「っ!」
サラっと色んな事を言われた。嘘もバレてるじゃないの。
そんな事よりも今、私に会いに来たって聞こえたわ。その事がとても気になる。
私の背中をヒヤリとした冷たい汗が流れていく。
「そ、そうでしたか。父と姉が申し訳ございませんでした……」
「ん? セシリナ嬢が謝る事じゃないよ? 君は家族の事で謝ってばっかりだね」
「あ……」
この間の事を言っているのだろう。
私としては何であれ申し訳なさでいっぱいなのだけど。
「そ、それではあの今日は我が家へは何をしに……?」
「今日ここに来た理由? そうだった! だからね僕は君に会いに来たんだよ、セシリナ嬢」
殿下はあっさりとそう私に告げた。
私の顔が真っ青になる。
「っっ!! そ、それは先日の私の殿下への振る舞いに対する叱責……の為でしょうか?」
「は? 何言ってるの? そんな事しないよ」
「で、ですが」
それでは、一体何の用事なのか。
私には全く分からない。
「セシリナ嬢にお願いがあってね」
「私にお願い、ですか?」
「そう! お願い」
殿下の立場なら命令する事だって出来るのに、敢えてお願いとは何かしら?
「私に何を……?」
私のその質問に殿下はとってもいい笑顔を見せた。
……何となく信用してはいけない笑顔だと直感的に思った。
心の中を読んだらとんでもない事を考えていそうな……
「……恋人に」
「……?」
「僕の仮の恋人になってくれないかな? セシリナ嬢」
エリオス殿下の言葉が理解出来ず、
私はしばらくの間、目を丸くしたまま固まった。
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