8 / 39
第8話
しおりを挟む「セシリナとのお話は終わりましたの?」
「あぁ、うん……」
あぁ、エリオス殿下ったらものすごく歯切れの悪い返事をしている。
これは心を読まなくても分かるわ。
今、逃げたいって思っているわね……同感! 私もよ!
お姉様はニッコリ笑っている。
だけど怖い。まるで獲物を狙う人の目だわ……
「あー……申し訳ないマリアン嬢」
エリオス殿下はまた私を抱き寄せながら言った。
「僕は先程、セシリナに交際を申し込んでね? 了承をもらったんだ」
「は? 交際? 了承? セシリナと?」
お姉様が目を丸くして驚いている。
「僕もさ、これからは一人を大切にしようと思ってね? だから、君との時間は取れそうにないんだ、ごめんね」
《頼むから引き下がってくれ!》
「は? 本気で言ってますの?」
「本気だ!」
《本気だ!》
あら……初めてこんなピッタリの心の声との一致を聞いたわ。
こんな時なのにそんな所に感心してしまった。
「殿下は色んな噂がありますから特別な方は作らないと思っていましたわ」
「そう?」
《まぁ、否定はしない。でもそうも言っていられなくなったからな》
「……それが、どうしてよりにもよって……セシリナなんです?」
「出会ってしまったからだよ」
《そう……僕の上に突然、降ってきた》
「!」
あの日の事を持ち出されたので吹きそうになった。
恥ずかしいから勘弁してください……!
「で、殿下は趣味が悪いのではありませんか!? よく見て下さい! セシリナですわよ!!」
「……」
《本当に酷い言い草だな》
お姉様がプルプル震えながら叫ぶ。自分ではなく私が選ばれた事にプライドが許さないのだろう。
でも、本物の恋人じゃないとはさすがに言えないし。
「だって私の方が可愛いでしょう? セシリナは笑いもしないし! そもそも何て世間に呼ばれているのか殿下だってご存知でしょう? 薄気味ー……」
「その呼び方は止めてくれないか? 何と言われても僕はセシリナが良いんだ!」
《何で実の妹をそんなに見下せるのか全く分からない》
《セシリナ嬢は確かに笑いはしないけど、ちゃんと表情豊かな子だ! 薄気味悪くなんて無い!! 噂とは違う!》
《……あと、笑ったら絶対に可愛いはずだ!》
殿下の心の声がばんばん流れてきて私はこそばゆくて仕方ない。
(それより最後の笑ったら可愛いはずって何……!?)
どうして殿下の心の声はこんななの……聞いていたら心臓が持たなそうで困る。
お姉様は、エリオス殿下の言葉が理解出来ないという顔をしていた。
「マリアン嬢」
「……何ですか?」
「君がどう思おうとセシリナはもう僕の恋人なんだ」
「……は?」
殿下がとても冷ややかな目でお姉様を見る。
「もしも、もしもの話だけど僕の大事な恋人が傷付けられるような事があれば……その時は分かっているよね?」
「な、なんの事です?」
「まさか僕が何も知らないとでも思ってる? 君が兄上を追いかけていた頃に何をして来たか」
「……!」
エリオス殿下の言葉にお姉様の顔色が分かりやすく変わった。
(え? やだ……いったいお姉様は何を?)
と思った所で、そう言えばお姉様は王宮に出禁寸前だった事を思い出した。
そうなるには、やはりそれなりの理由が……?
「君がこれ以上こんな風にセシリナを罵ったり、まさかとは思うけど手を出したりしたその時はね……僕も黙ってはいられない。ほら、君もまだ社交界に居たいよね?」
「……ひっ!」
《今はこんな牽制しか出来ないけど、とりあえずの効果はあるはずだ》
殿下の言葉にお姉様が脅えた声を出す。
心当たりがありまくりな様子だ。
「ねぇ、マリアン嬢? 分かってくれたかな? くれたよね?」
「……」
「マリアン嬢?」
「わ、分かりましたわ! ですが、エリオス殿下! い、いつか、私を選ばなかった事を後悔しますわよ! その時に縋って来てももう遅いですから!!」
お姉様はそれだけ言い捨てて逃げる様に部屋へと戻って行った。
その際にはまたしてもすごい目で睨まれた。
(あの目……まだ諦める気は無さそう)
《マリアン嬢に縋るって……絶対に後悔する事は無いんだが》
殿下の心の声はどこまでもお姉様に冷たかった。
《しかし、まさか僕に狙いを変えて来るとはな。兄上に執心していたのではなく、王族の嫁目的だったのか》
《……脅しはしたもののセシリナ嬢は大丈夫だろうか? 心配だな。牽制が聞いているうちに早急に手を打たないといけないな》
《だけど、セシリナ嬢には申し訳ないや。僕がこんな事を頼んだからだとは分かっているけど……それでも僕は……》
「……?」
エリオス殿下がちょうど私から身体を離したので、それでも僕は……の続きが聞けなかった。
何を言いかけたのかしら?
身体を離した殿下が私を見つめながら言った。
「セシリナ嬢……いや、セシリナで良い?」
「は、はい!」
「マリアン嬢に何かされたら、どんなに些細な事でもいいから教えてくれ」
殿下の目は真剣だった。
これ、本気で私の心配をしているわね。
だって、雰囲気が心の声と同じなんだもの。
「……多分、大丈夫です」
「そうかな?」
お姉様は、いつもあんな感じだけれど基本は口撃だから、きっと嫌味が増えるくらいのはず。
今更、お姉様からの嫌味が増えたくらいで私は傷付いたりしないもの。
ただ、殿下の脅していた理由が気になるけれど……
「ですが、何かあればちゃんと報告しますね?」
「……うん」
「!」
殿下がちょっと泣きそうな顔に見えたのでそっと手袋越しに殿下の服の袖に触れてみた。
“心配”という、感情だけが流れて来た。
(やっぱり……心配されている)
本当にエリオス殿下は、よく分からない。
恋人(仮)として付き合っていったら少しは分かるようになるかしら?
なんて事を思った。
そうして、私とエリオス殿下の恋人(仮)生活が、始まったのだけど───
翌日、迎えを寄越すから王宮に来て欲しいと言われていたので私はその通り殿下の元を訪ねた。
まず、殿下はお姉様から私が何もされていないかを心配し確認をした。
とりあえず今は大人しいですよ、と言ったら安心したように笑ってくれた。
そしてその後に殿下は突然、一つお願いがあるんだと切り出したのだけど……
「え!? そ、それは、ちょっと待ってください!!」
私の必死の叫び声が部屋中に響き渡った。
「セシリナ、そう言いたい気持ちは分かるけど……これは“恋人”からの頼みだよ」
「でも……!」
「やっぱりその長さは目に良くないと思うんだ」
今、私はエリオス殿下から“恋人”からのお願いとして頼み込まれているのが、
前髪を切る事だった。
確かに初対面の時から「目に悪そう」とは言われていたけれど。
「どうしても嫌?」
「っ!」
ずるい! そんな顔をして聞いてくるなんて。
エリオス殿下は明らかに落ち込んでいた。
確かにこれからの自分が、今までと違い人前に出る機会が増えるであろう事を考えると、私だってこの前髪のままで良いとは思ってはいない。
(ただ、何となく決心が……)
「……」
「……」
けれど、こんな美男子にしょげた犬みたいな顔をさせてしまっている事が、だんだん申し訳なくなって来る。
「……君の瞳を見てとやかく言う奴がいたら僕が絞めて回るからさ」
「え?」
なんて物騒な事を言うの。そして、エリオス殿下なら本当にやりそうだわ。
「……駄目……かな?」
殿下はますます、しょぼんとした。
「うっ…………わ、かりました……」
圧倒的な敗北感を味わわされて、私は前髪を切る事を受け入れた。
91
あなたにおすすめの小説
【完結】あなたがそうおっしゃったのに。
友坂 悠
恋愛
どうして今更溺愛してくるんですか!?
メイドのエーリカは笑顔が魅力的な天真爛漫な少女だった。ある日奉公先の伯爵家で勧められた縁談、フォンブラウン侯爵家の嫡男ジークハルトとの婚姻を迫られる。
しかし、
「これは契約婚だ。私が君を愛することはない」
そう云い放つジークハルト。
断れば仕事もクビになり路頭に迷う。
実家に払われた支度金も返さなければならなくなる。
泣く泣く頷いて婚姻を結んだものの、元々不本意であったのにこんな事を言われるなんて。
このままじゃダメ。
なんとかして契約婚を解消したいと画策するエーリカ。
しかしなかなかうまくいかず、
それよりも、最近ジークハルトさまの態度も変わってきて?
え? 君を愛することはないだなんて仰ったのに、なんでわたくし溺愛されちゃってるんですか?
殿下、毒殺はお断りいたします
石里 唯
恋愛
公爵令嬢エリザベスは、王太子エドワードから幼いころから熱烈に求婚され続けているが、頑なに断り続けている。
彼女には、前世、心から愛した相手と結ばれ、毒殺された記憶があり、今生の目標は、ただ穏やかな結婚と人生を全うすることなのだ。
容姿端麗、文武両道、加えて王太子という立場で国中の令嬢たちの憧れであるエドワードと結婚するなどとんでもない選択なのだ。
彼女の拒絶を全く意に介しない王太子、彼女を溺愛し生涯手元に置くと公言する兄を振り切って彼女は人生の目標を達成できるのだろうか。
「小説家になろう」サイトで完結済みです。大まかな流れに変更はありません。
「小説家になろう」サイトで番外編を投稿しています。
東雲の空を行け ~皇妃候補から外れた公爵令嬢の再生~
くる ひなた
恋愛
「あなたは皇妃となり、国母となるのよ」
幼い頃からそう母に言い聞かされて育ったロートリアス公爵家の令嬢ソフィリアは、自分こそが同い年の皇帝ルドヴィークの妻になるのだと信じて疑わなかった。父は長く皇帝家に仕える忠臣中の忠臣。皇帝の母の覚えもめでたく、彼女は名実ともに皇妃最有力候補だったのだ。
ところがその驕りによって、とある少女に対して暴挙に及んだことを理由に、ソフィリアは皇妃候補から外れることになる。
それから八年。母が敷いた軌道から外れて人生を見つめ直したソフィリアは、豪奢なドレスから質素な文官の制服に着替え、皇妃ではなく補佐官として皇帝ルドヴィークの側にいた。
上司と部下として、友人として、さらには密かな思いを互いに抱き始めた頃、隣国から退っ引きならない事情を抱えた公爵令嬢がやってくる。
「ルドヴィーク様、私と結婚してくださいませ」
彼女が執拗にルドヴィークに求婚し始めたことで、ソフィリアも彼との関係に変化を強いられることになっていく……
『蔦王』より八年後を舞台に、元悪役令嬢ソフィリアと、皇帝家の三男坊である皇帝ルドヴィークの恋の行方を描きます。
婚活令嬢ロゼッタは、なによりお金を愛している!
鈴宮(すずみや)
恋愛
ロゼッタはお金がなにより大好きな伯爵令嬢。男性の価値はお金で決まると豪語する彼女は、金持ちとの出会いを求めて夜会通いをし、城で侍女として働いている。そんな彼女の周りには、超大金持ちの実業家に第三王子、騎士団長と、リッチでハイスペックな男性が勢揃い。それでも、貪欲な彼女はよりよい男性を求めて日夜邁進し続ける。
「世の中にはお金よりも大切なものがあるでしょう?」
とある夜会で出会った美貌の文官ライノアにそう尋ねられたロゼッタは、彼の主張を一笑。お金より大切なものなんてない、とこたえたロゼッタだったが――?
これは己の欲望に素直すぎる令嬢が、自分と本当の意味で向き合うまでの物語。
報われなかった姫君に、弔いの白い薔薇の花束を
さくたろう
恋愛
その国の王妃を決める舞踏会に招かれたロザリー・ベルトレードは、自分が当時の王子、そうして現王アルフォンスの婚約者であり、不遇の死を遂げた姫オフィーリアであったという前世を思い出す。
少しずつ蘇るオフィーリアの記憶に翻弄されながらも、17年前から今世まで続く因縁に、ロザリーは絡め取られていく。一方でアルフォンスもロザリーの存在から目が離せなくなり、やがて二人は再び惹かれ合うようになるが――。
20話です。小説家になろう様でも公開中です。
職業『お飾りの妻』は自由に過ごしたい
LinK.
恋愛
勝手に決められた婚約者との初めての顔合わせ。
相手に契約だと言われ、もう後がないサマンサは愛のない形だけの契約結婚に同意した。
何事にも従順に従って生きてきたサマンサ。
相手の求める通りに動く彼女は、都合のいいお飾りの妻だった。
契約中は立派な妻を演じましょう。必要ない時は自由に過ごしても良いですよね?
王太子妃クラリスと王子たちの絆【完】
mako
恋愛
以前の投稿をブラッシュアップしました。
ランズ王国フリードリヒ王太子に嫁ぐはリントン王国王女クラリス。
クラリスはかつてランズ王国に留学中に品行不良の王太子を毛嫌いしていた節は
否めないが己の定めを受け、王女として変貌を遂げたクラリスにグリードリヒは
困惑しながらも再会を果たしその後王国として栄光を辿る物語です。
亡国の公女の恋
小ろく
恋愛
「俺は姫様ただひとりに忠誠を誓った僕です。どんなことがあっても命にかえてもお守りします」
戦争によって国を失った公女スヴェトラーナは、兵士のルカと共に隣国へ亡命の旅に出る。
たった数日間の旅で芽生えた愛にすべてを捧げようとするスヴェトラーナ。
愛を信じて貫こうとする公女と孤独で自尊心の低い兵士の恋のお話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる