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第15話
しおりを挟む────夢を見た。
エリオス殿下と私が手を繋いでいる。私の手は手袋をしていなくて素手だった。
(私が素手で過ごすなんて!!)
それはまるで傍から見ると本物の恋人同士の触れ合いのよう。
──そして、
エリオス殿下の手が私の頬に触れる。
そっと顔が近付いきて、唇が触れ合う。
(ちょっと! ……私の妄想ったら……!)
夢だと分かっていてもなんて事をしているの。
そして、私はなんて夢を見ているの……!
そして唇が離れた後、頭の上から声が降ってくる。
「……好きだよ、セシリナ」
(ひぇっ!! いくら何でも私の妄想、度が過ぎているわ!)
──それとも、これは私の深層心理での願いだったりするのかしら───……
「……リナ……セシリナ? 起きて? 屋敷に着いたよ?」
「っはっ!!」
エリオス殿下に揺り起こされて私は目が覚める。
そうだった!
私は眠ってしまっていた……しかも、エリオス殿下の肩を借りて!
(……っ! だからあんな夢を見てしまったの?)
私は、一気に顔を真っ赤にしてしまう。
「も、申し訳ございません! 私ったら殿下の肩に……」
「大丈夫。こういうのは役得だから全然構わないよ」
そう口にするエリオス殿下は嬉しそうだった。
実際、伝わって来る感情も“嬉しい”だった。
その中に少しだけ“照れ”が、混ざっているような気がするけれど……
「そ、そうですか。ありがとうございます……では…………きゃっ!」
「セシリナ!?」
私は殿下から離れようとして動こうとするも、慌てていたせいで足を引っかけてしまい体勢を崩した。
そんな私をまたしても殿下は支えてくれる。
(もう、これ何回目かしら?)
《びっくりした……でも、これ何回目かな?》
図らずとも同じ事を思ってしまう。
「だ、大丈夫です! すみません……」
「うん。気を付けて」
《まだ、少し寝惚けてるのかな? 可愛いな》
《あぁ……寝顔も可愛かったなぁ》
《これだから、セシリナは放っておけないんだ》
「~~~~!!」
寝顔ーー!
あ、相変わらず、殿下の心の声が危険だわ……!
私の顔はますます真っ赤になった。
「セシリナ……」
そうしてどうにか殿下の手を借り馬車を降りたので、これで今日はお別れなのだけど……エリオス殿下は、今、とてもとても心配そうな顔をしている。
心を読まなくても分かる。
私を家に……お姉様のいる家に帰す事を心配してくれている。
「従兄を使っての企みが失敗したと知ったマリアン嬢が君に何をするか……」
「……」
同じ事を思った私は目を伏せて俯く。
こればっかりは何とも言えない。
殿下の手がそっと私の頬に触れる。
私の顔は自然と上をむく形になり殿下と見つめ合った。
《帰したくない。セシリナをこのまま王宮に連れ去りたい》
《けど、ただの“恋人”では、それは出来ない……》
その心の声に思わず胸がドキンッと跳ねた。
殿下は心配して私を保護しようとしてくれているみたいだけれど、連れ去るって言い方がおかしいと思う。
そんな言い方をするものだから、再び私の頬にじわじわと熱が集まって来た。
《セシリナの顔が赤いな。色々あったからな……疲れているんだろう》
《早く部屋に戻らせて休ませなくてはと思うのに……》
「セシリナ、また明日君を訪ねてもいいかな?」
「え? でも、ルーベンスお兄様のやらかした後処理とかあってお忙しいのでは……?」
「大丈夫」
《何とかする。だって心配なんだよ》
どれだけ心配してくれるの……
その気持ちが嬉しくて、私は自然と微笑んでいた。
「……ありがとうございます。お待ちしていますね?」
「……っっ! うん……」
《…………だから、それは反則だ!》
「……?」
「セシリナ」
殿下は前髪をかきあげ私の額にキスを落とした後、そっと離れた。
「……それじゃ、また明日」
「は、はい、また明日」
私は微笑んで殿下を見送った。
だけどその間も、既に赤かった顔もキスをされた額の熱もしばらく治まってくれなかった。
****
「おかえり……今日は楽しかったのかしら?」
屋敷の中に入るとお姉様が待ってましたと言わんばかりに立っていた。
まるで待ち構えて……いや、実際そうなのだろう。
計画がどうなったのか知りたくてしょうが無かったはず。
「そうですね、慣れない場所ではありましたけど楽しかったですよ」
「ふふ、そう……」
私が素っ気なくそう答えるとお姉様は怪しい笑みを深めた。
あぁ、その顔だけで何を言いたいのか分かるわ。
「それで? エリオス殿下はあなたをちゃんとここまで送ってくれたのかしら?」
「当たり前じゃないですか。もちろん送ってくれましたよ。今、お見送りした所です」
「あらまぁ、へぇ! そうなの……それはそれは」
お姉様は、意外だわと目を瞬かせた。
「だけど、ねぇ、セシリナ? あなた今日の夜会で……」
お姉様がそこまで言いかけた時、お父様が焦った顔で割り込んで来た。
「おい、セシリナ! ようやく戻ったか! 今日の夜会で何があったんだ!? ルーベンスが捕まったという知らせが入ったんだがどういう事だ!」
「え!?」
お姉様が驚きの声をあげてお父様に振り返る。
その表情には先程までの余裕は無い。
「ん? マリアンもいたのか。そんな事より、お前達の従兄のルーベンスだよ! もちろん分かるだろ? 今日セシリナが殿下と参加していた夜会に彼も参加していたはずなんだが……」
お父様は何が何だか分からずに困っていた。
連絡だけ受けて混乱しているのだろう。
「セシリナ! ルーベンスには会場で会ったのか?」
「……会いました」
私はチラリとお姉様の方を見て答える。
お姉様は「まさか……まさか」と小さく呟いていた。
「なら何があったんだ!? 捕まるなんて相当な事だろう?」
「……ルーベンスお兄様は……会場でエリオス殿下の不興を買ってしまいまして」
「何! エリオス殿下の!?」
私が頷くとお父様は驚き、お姉様はサッと顔色を変えた。
「相手が王族ですから……その、取調べなどもある為……今日は拘束されて行きました」
「何だと! 一体、ルーベンスは何をしでかしたんだ……」
「……」
お父様が頭を抱えた。
きっと今ごろラフォンテ伯爵家も我が家以上に大騒ぎに違いない。
「セ、セシリナ……あんた……」
「……どうしました? お姉様」
「な、な、何でもないわ!! 私、気分が悪くなったから部屋に戻るわ!」
「お、おい? マリアン!? どうしたんだ」
お姉様は逃げる様にして部屋へと戻って行った。
その顔は青いままだったから、きっと計画の失敗を悟ったに違いない。
あの怯え方は、自分が関与した事がバレるかどうかを気にしている。
……当たり前よね。
お姉様は、そもそも私をルーベンスお兄様に襲わせる気だったのだから。
「……」
実行されなくて良かったと心から思った。
ルーベンスお兄様のあの数々の発言は許せないけれど、既成事実の件を無理だと断ってくれた点だけは良かったと思う。
(お姉様、お願いよ。もう、これ以上は大人しくしていて?)
お姉様が本気で心からエリオス殿下の事を慕っているのなら、殿下の恋人のフリを続ける事を私だって申し訳無い気持ちになって身を引いたかも知れない。
でも、お姉様は違う。
エリオス殿下の事なんてまるで見ていない。
王子だから。自分に見向きもしなかったギルディス殿下を見返したいから。
(そんな理由で殿下を手に入れたいお姉様にエリオス殿下を譲りたくない!)
エリオス殿下は、自分を偽って軽薄な人を装いながらも心の中はあんなに優しい人なのよ!
殿下の隣に立つ女性は、そういう殿下を理解出来る人じゃなきゃダメなの! 悪いけど王子だからとしてしか見ていないお姉様には無理だ。
(……エリオス殿下には幸せになってもらいたいの!)
──だから。いつか、殿下がそういう素敵な人と出会えますように。
チクリッ
なぜか痛む胸の奥に気づかない振りをしながら私はそんな事を願った。
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