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第19話
しおりを挟む王太子殿下──……ギルディス殿下の事を私はそれほど詳しくは知らない。
お姉様と違って私は殿下にお会いした事も無い。
(お姉様がひたすら躍起になって追いかけていた方……)
そんな印象だ。
ただ一つ知っているのは、エリオス殿下に負けず劣らずの美男子らしい……それだけ。
「な、な、何故ですか!?」
私は驚いて殿下から離れる。
「簡単に言うと、恋人が出来たならきちんと紹介しろと詰め寄られた」
「ひぃっ!!」
何て事なの!
私は所詮、仮の恋人なのに!
チクリッ
そう考えたら胸の奥が疼いた。
(いえ……今は仮の恋人に傷付いている場合ではないわ)
「僕が“本命の恋人”がいると公にしたのは初めてだから、本気だと取られたのだと思う」
「……」
エリオス殿下はあちこちで浮名を流していたけれど、言われてみれば確かに“本命の恋人”の話は私ですら聞いた事が無かった。今となっては演技だったからいなかったのだと分かるけど……
ならば、兄としても気になるのは当然かもしれない。
「……伯爵家の小娘如きがっ! てなりませんか?」
「えっ!? 何でそうなるんだ」
エリオス殿下が目を丸くして驚く。
何となく身分の事を気にしてそう思ったのだけど、それよりもっと大きな問題があった事に気付く。
「……私はバルトーク伯爵家の……お姉様の妹ですよ?」
「大丈夫だって。兄上にはセシリナの素性を簡単に話してあるから」
「……そうなのですか?」
それでも印象はよくないと思うの。
お姉様のせいで、王太子殿下は病んでた時期があるみたいだし。
「その辺は気にしてる様子が無かったから大丈夫だよ」
そう言って微笑みながらエリオス殿下が私の頭を撫でる。
《やっぱり嫌かな?》
《僕の都合で振り回してばっかりだもんな》
《でも、兄上はセシリナをいびるような人じゃないし》
エリオス殿下の心の声が沈んでいる。
「わ……分かりました。お会いします」
気は重いけれど、どちらにしてもエリオス殿下の恋人のフリを続ける限り、きっと避けては通れない話なんだと思い直して私は頷いた。
ドレスを着替え、支度を整えた私は殿下の乗って来た馬車に乗り込もうとしてふと気付く。
「エリオス殿下、そう言えば……アンネマリー様とお姉様は……」
このまま放置で良かったのかしら?
って、私自身がもう一度あの部屋に行きたいとは思わないけれど。
エリオス殿下は首を横に振りながら言った。
「……今、彼女達に会うとセシリナを泣かせた事を責め立ててしまいそうだから」
「え?」
そして、私の頬に手を触れながら私の目をじっと見つめた。
見つめ合う形となり私の心臓が大きく跳ねる。
《もう目は赤くない……良かった》
《今は何を追求してもはぐらかされるだけだ》
《だけど、もちろん彼女達をそのままになんてするものか!》
《然るべき時に言い逃れの出来ない方法でセシリナを泣かせた罪を絶対に償わせてやる》
エリオス殿下は、何だかとっても腹黒い事を考えていた。
****
王宮に着いて部屋に通されるとさすがに緊張感が高まる。
「ガチガチだね」
エリオス殿下が苦笑しながら話しかけてくる。
「王家の方にお会いすると思うと……その、雲の上の存在過ぎて緊張します……」
「ん? ねぇ、セシリナ。君は僕も王子だって事を忘れてないか?」
「え? あっ……」
私はそんな指摘を受けて思わず口を押さえる。
言い訳をさせて貰えるなら、エリオス殿下はあまり王子らしくないんだもの。
そんな私の思いが伝わってしまったのか、エリオス殿下がジトっとした目で私を見た。
「セシリナは凄いな。僕の身分なんてどうでも良さそうだ。“王子”だって事を忘れられたのはさすがに初めてだよ」
「す、すみません……」
「いやいや、怒ってるわけじゃないよ? まぁ、それに僕との出会いは緊張以前の問題だったしね」
確かに。出会いは私がエリオス殿下に倒れ込んだ事だったものね。
私があの時の事を思い出していると、
「へぇ~、俺はそんな2人の出会いが知りたいね」
そう言いながら部屋に入ってきたのは、エリオス殿下とよく似た顔立ちをした美男子!
「兄上!」
エリオス殿下の兄で王太子でもあるギルディス殿下その人だった。
「エリオス。そちらの女性がお前の恋人の令嬢か?」
「そうです」
チラリとギルディス殿下が私を見る。
すかさず、私は腰を落として礼をとる。
「バルトーク伯爵家の次女、セシリナ・バルトークと申します」
「あぁ、そうか。君が……」
ギルディス殿下の目が一瞬鋭くなった気がした。
「そなたの姉君……マリアン嬢には色々と世話になったよ。まぁ、一言で言うならかなりしつこい令嬢だったが」
「も、申し訳ございません……!」
やっぱり!
もう私は謝る事しか出来ない。泣きそう。
ガチガチに固まった私に、何故かギルディス殿下は突然吹き出した。
「ははは、悪い。そんな怯えないでくれ。いや、いいんだ! マリアン嬢のおかげで俺も婚約者と上手くいったようなものだからな。実はある意味、彼女には感謝しているんだよ」
「はい?」
ギルディス殿下の言葉の意味が分からず私は首を傾げてしまう。
見かねたエリオス殿下が私の耳元で苦笑しながら教えてくれた。
「……セシリナ。実はね、兄上の婚約者となったエンジューラ嬢はマリアン嬢の存在を知って兄上への気持ちを初めて自覚したんだよ」
「……えっと?」
「兄上はずっとエンジューラ嬢に想いを寄せてたんだけど、なかなか振り向いて貰えなくてね、だけどマリアン嬢の兄上へのしつこいアプローチを見て初めて彼女は嫉妬したらしいよ」
「そ、そんな事が!」
つまり、お姉様は完全なる当て馬だったと。
ギルディス殿下の恋の成就のきっかけになっていたとは!
(お姉様がその事を知ったら怒り狂いそうなんですけど?)
「そういう事だ。だが、まさかエリオスの恋人がその妹とはな。話を聞いた時は驚いた」
「お、恐れ入ります」
「フラフラしてた弟が公に恋人宣言をしたのだ。そなたには本気なのだろう」
「…………」
違います、とは口が裂けても言えないわ。
「初めて会った時から、僕は彼女の虜なんです」
「ほう? さっきも言ってたな。どんな出会いだったんだ?」
ギルディス殿下のその言葉に、エリオス殿下は幸せそうに微笑みながら答えた。
……なぜ、そんな顔をするの。
ずるい。私の胸が勝手に高鳴るので困るわ。
「降ってきたんです」
「は?」
「庭園で寝ていたら、彼女が降ってきたんですよ」
「なんだそれは」
「天使が舞い降りてきたのかと思いました」
エリオス殿下の言葉にギルディス殿下は面食らっている。
確かに私達の出会いはその通りなのだけど、そのまま聞くと何だそれは? となるわよね。
それに天使は言い過ぎだと思う。
「エリオス、お前……」
「兄上? どうかしましたか?」
「素でそれか? いや、天使がどうとか言う奴だったのかと思ってな」
「失礼ですね……だってセシリナは僕の天使です。心からそう思ってます」
エリオス殿下はなぜか念を押していた。
ギルディス殿下は「そ、そんなにか……」と引き気味だった。
「あー……ところで、セシリナ嬢はエリオスでいいのか? こいつの噂はもちろん聞いていて君も知っているのだろう?」
「噂……」
私はチラリと横にいるエリオス殿下の事を見る。
そう言えば、ちゃんと話を聞いていないかったけれど、エリオス殿下が軽薄な人物を演じているのは家族の前でもなのかしら?
……それでも、私の答えは変わらないけれど!
「はい。エリオス殿下は、噂で聞こえてくるような方ではありませんから」
「なに?」
私の言葉にギルディス殿下の眉がピクリと反応する。
「エリオス殿下は、本当はとても優しい方です。さり気なくいつも私の事を気遣ってくれて……私はそれがいつも嬉しくて……えっと、私はそんなエリオス殿下の事が……好きなんです!」
「セ、セシリナ!?」
エリオス殿下がギョッとした顔で私を見る。
好きだと自覚したばかりなのでそう口にするのはちょっと恥ずかしい。
(だけど、本当の事だから)
「あと、軽口で誤魔化していますが、本当は照れ屋さんですよね? そんな所も可愛いと……」
「ちょっちょっちょっ!!」
慌ててエリオス殿下が、私を止めに入る。
「セシリナ、君は何を言っているの!?」
「何って本当の事ですよ?」
「~~~!」
《いや、もう勘弁してくれ!》
《恥ずかしすぎる!!》
慌てる心の声と共にエリオス殿下の顔が赤くなった。
「いやいや、待ってよ……! セシリナは僕の事を可愛いと思ってたの!?」
「正確にはそう思う時もある、ですかね?」
──特に今みたいな心の中のあなたは、ね。
《何だって! 本当に!?》
《どうせならカッコイイと思われたいのに!》
顔も赤くして動揺するエリオス殿下が珍しくて、私は思わずクスクスと笑ってしまった。
そんな私達のやり取りを見て、ギルディス殿下が「ハッハッハ」と突然、笑い出した。
「いや、失礼……まさか、エリオスのそんな慌てた顔が見られるとはな。面白いものが見れたよ」
「うっ……」
「ははは」
ギルディス殿下は面白そうにしばらく笑っていた。
「ご歓談中に申し訳ございません。失礼します、エリオス殿下。至急確認して頂きたい件がありまして」
突然、ノックと共に申し訳なさそうに侍従らしき人が入って来た。
「ん? 何だろう?」
「急ぎの用事か?」
エリオス殿下とギルディス殿下が顔を見合わせる。
「かもしれません」
「行ってこい。その間、セシリナ嬢は俺がもてなしておくから」
「……変な事はしませんよね?」
エリオス殿下がギルディス殿下に疑いの目を向ける。
「誰がするか! 俺はエンジューラ、一筋だ!!」
「……知ってます。セシリナごめん。ちょっとだけ外すね」
「は、はい」
何と反応したら良いのか分からない会話だけしてエリオス殿下は出て行った。
そして、部屋には私とギルディス殿下が残される。
もちろん、使用人や殿下の護衛も控えているので二人きりではないけれど緊張する。
「……」
「……」
何を話したらいいのか分からず、互いに無言になってしまった所をギルディス殿下が口を開いた。
「セシリナ嬢、エリオスの事を頼む」
「は、はい!」
「しかし、本当に良かった。俺の勘違いだった」
ギルディス殿下は、ホッとした表情でそう呟いた。
「勘違い……ですか?」
「いや、なに。実はだな……エリオスに恋人が出来たと聞いた時、俺は疑ってしまったんだ」
「何をでしょうか?」
ギルディス殿下は、悲しそうな笑みを浮かべながら口を開いた。
「……エリオスは偽の恋人を作ったのではないか、とな」
「……!」
ギルディス殿下のその言葉に私は目を大きく見開いて驚き言葉を失った。
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