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第25話
しおりを挟む「……リナ」
「セシリナ……」
誰かが優しい声で私の名前を読んでいる。
(エリオス殿下の声に似ているような……?)
「セシリナ……」
そんな筈がない。
でも、やっぱりその声はエリオス殿下に似ている気がして……
「……っ!」
私は目を開けた。
そして、ガバッと勢いよく起き上がった。
「うわっ!? びっくりした」
「エリ……オス殿下?」
「うん。セシリナ、大丈夫?」
エリオス殿下が驚いていた。
私が寝ているベッドの脇に座っていて、心配そうに私の名前を呼んでいたのは本物のエリオス殿下だった。
──どうやら夢では無かったらしい。
「どうして……ここにいるのです……?」
「うん。その説明は今からするから……とりあえず横になった方がいいよ」
そう言ってエリオス殿下は私を寝かしつけようとする。
《……心配した》
《訪ねて来たら、熱を出して寝込んでたって聞かされた》
《熱は下がったみたいだけど、寝たり起きたりを繰り返しているとか》
《負担になるから、本当は帰るべきだったんだけどどうしても顔が見たくて居座ってしまった……》
《やっぱり僕が色々を無茶させたからだ……》
エリオス殿下の心の声が一度にたくさん流れて来る。
(あぁ、すごく心配かけてしまったみたい)
「……私が熱を出して寝込んでると聞いたのですか?」
「そうだよ。僕のせいだよね? ごめん」
殿下が辛そうな顔をしながら優しく労わるように私の頭を撫でる。
私はプルプルと首を横に振って答える。
「違いますよ、殿下のせいではありません」
「え? でも……」
今度は渋い顔をする。
《いや、絶対に連れ回した僕のせいだ》
「心配して……傍にいてくれたのですか……?」
「うん。だって放っておけないよ」
優しい瞳で私を見る殿下に胸がキュンとする。
「顔が見れて良かった。だけど、今日はこれ以上長居して無理させるのも良くないから、僕はこれで帰……」
「嫌! 待って……行かないで……ください」
殿下が帰ろうとする素振りを見せたので私は慌てて起き上がり、椅子から立ち上がった殿下の服の袖を思わず掴み、無我夢中で引き止めてしまった。
──寂しい、行かないで、私を独りにしないで?
何故だかそんな気持ちが溢れ出す。
「……もう少しいてもいいの?」
「い、いてください……」
殿下は服の袖を掴んでいた私の手を優しい手つきで離すと、その手を今度はそっと握りしめた。
今の私は手袋をしていない。素手だった。
素手で触れ合っている事にドキドキしてしまう。
《セシリナが望むならいくらだって傍にいるよ》
《僕だって出来る限りセシリナの傍にいたいんだ》
《それに……》
「ねぇ、セシリナ……君の左頬が……うっすらだけど腫れている気がするんだ」
「!」
その言葉に私の身体がビクッと跳ねる。
「セシリナにそんな事をするのはマリアン嬢だよね?」
「……」
私は頷く。
そうだ、エリオス殿下に諸々の事を話さなくちゃいけない。
「ただでさえ、罪深いのに更に己の罪を増やしたか……」
《マリアン嬢は自分で自分の首を絞めてるな》
《どうしてくれようか》
ちょっと物騒な思考に入りかけた殿下を遮るように私は口を開く。
「あの! エリオス殿下……実はお姉様にバレてしまったのです」
「バレた? 何が?」
《どうしたんだ?》
「……私と殿下の契約……私が殿下の恋人のフリをしている事を、です」
「え?」
「申し訳ございません……私の不注意で、契約を取り纏めた紙を見られてしまいました……」
「セシリナ……」
《そうか。マリアン嬢の事だからそれでセシリナを脅したんだろうな……》
「もしかして自分と代われとか言ってきた?」
「はい……でも、私はそれが嫌で逆らって……」
《……嫌だと思ってくれたのか》
《逆らってくれたんだな……でも、そうか。そのせいで叩かれたのか……畜生!》
《セシリナを傷つけるなんて許せない!》
エリオス殿下は怒ってくれていた。
……やっぱり彼は優しい。
けれど、大事な事を言わなくては。
「エリオス殿下……お姉様に仮の恋人だとバレてしまっては……私はもうお役目を果たせそうにありません」
「お役目?」
殿下が不思議そうに首を傾げる。
「仮の恋人となってスプラウクト侯爵家とアンネマリー様をエリオス殿下から退ける役目です」
「ん?」
《あれ? セシリナにそこまで話したっけ?》
《いや、アンネマリー嬢に気を付けてとしか僕は言ってないはずだ……何で知っている?》
《…………そうか。あの日、兄上が話したのか》
《あぁ、兄上にはバレていたんだな……》
エリオス殿下は理解が早い。私が何か言う前に答えを導き出していた。
「ごめんなさい……エリオス殿下」
「セシリナ……?」
《何でそんなに謝るんだ?》
《しかもそんな思いつめたような表情で……》
「……ですから、殿下……私との契約は」
──終わりにした方がいいと思います。
そう言いたいのに言葉が出て来ない……
(言いたくないからだわ。だって……口にしてしまったら本当に終わってしまう)
そうなったら、もう傍にいられなくなる。
バカみたい。覚悟を決めなくちゃなんて思っておきながら……
結局、私は覚悟なんて出来ていなかった。
なんて情けないのだろう。
「……セシリナ」
「はい」
エリオス殿下が繋いでいた手を離すと真剣な顔をして言った。
「──君の言いたい事は分かったよ……セシリナ。それじゃ僕らの仮の恋人の契約は終わりにしようか?」
契約の終わり。つまり殿下との恋人のフリが本当に終わる。まさにその宣告だった。
「……!」
嫌だ。本当は嫌だ。
でも、これ以上は私では無理だから。
本物の関係では無いのだとよりにもよってお姉様にバレてしまった。
そんな私にはエリオス殿下の傍にいる理由がもう無い。
そう自分に言い聞かす。
だから、これ以上ぐずるのはやめる。
私はエリオス殿下の重荷になりたいわけではない。
私はコクリと頷いた。
その様子を見た殿下が言う。
「では、今この時を持って僕達の仮の恋人の契約は終了──……セシリナもそれでいいね?」
「はい」
私は今度は殿下の目をはっきり見つめて頷いた。
「了解……もともとセシリナが望めば終わりにする契約だったからね」
「……」
エリオス殿下は少し寂しげ気にそう言った。
そうだった。エリオス殿下は、もし私に好きな人が出来たら……と気にしてそう決めてくれていたんだった。
(好きな人……確かに出来たわ……出来たけどその相手はエリオス殿下だなんてね)
「それでは、セシリナ。約束していた君の今後だけど……」
「は、はい」
そういえば殿下は結局、私になんの仕事を紹介してくれるつもりなのかしら?
今更ながら互いに全然その話をしていなかった事に気付く。
「……実はさ。セシリナにしか出来ない、とても重要な仕事があるんだけど。引き受けてくれるかな?」
「私にしか……ですか?」
「そう。セシリナじゃなきゃダメなんだ……他の人では務まらない。ただ、確実にセシリナが望んだ仕事では無いのが心苦しいんだけど」
「え?」
そんな重大な仕事とはいったい?
どうやら思っていたよりも大きな仕事を与えてくれるみたいだ。
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だけど、私が望まない仕事とは?
「それはどんなお仕事でしょうか? せっかく紹介していただけるのに私、我儘なんて言いません!」
「そう? そうか。そう言ってくれるんだ……その仕事はね……」
私が首を傾げていると、フッと優しく笑った殿下が私を抱き締めた。
(……えぇ!? 何で私、抱き締められているの??)
「…………僕のお嫁さん」
《お願いだから嫌がらないでくれ……》
「へ?」
私の聞き間違いでなければ。
私の耳がおかしくなったのでなければ。
エリオス殿下は確かに私の耳元でそう囁いた。
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