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第24話

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「ちょっとセシリナ!  何、適当な事を言っているのよ!」

  青白い顔をしたお姉様が叫ぶ。
  お姉様のこの反応にこの顔色。この4人で間違っていないようね。

「適当ではないです」
「ふざけないでよ!  4人ともセシリナの部屋には入ってないって言ってたじゃないの!」
「ふざけてもいません。お姉様とこちらの4人が私の部屋に無断で侵入し部屋を荒らした人達です。間違いありません」

  私の返答にお姉様の顔色はますます悪くなる。

「おかしいわよ!  どうしてそんな断言が出来るのよ!」
「……」

  さすがに心の声を読みました!
  とは言えない。私はちょっと大袈裟にため息を吐く。

「……お姉様は口から出た言葉だけが真実だとお思いですか?」
「え?」

  私の言葉にお姉様がビクッと震える。

「そんな事は私よりお父様やお姉様の方がもっと身に染みて分かっていると思っていましたけど」
「それは……」

  貴族の世界は言葉の駆け引きの世界だ。
  本音と建前が違うのは当たり前。……そう、あの時のアンネマリー様のように。

「な、なら、セシリナはこの使用人達が嘘をついていると?  そしてあなたはそれを見抜いたとでも言いたいの!?」
「痛っ……」
   
  興奮したお姉様が私の腕を掴む。
  流れ込んで来たお姉様の心の中はパニックに陥っていた。 

《冗談じゃないわよ!》
《どうしてバレたのよ……1人ならまだしも全員よ、全員!  嘘でしょう?》
《本音と建前の事なんてもちろん分かってるわよ……でもセシリナなんかに見抜ける筈ないわ!  有り得ない!》
《だけど、まずいわ……本当にまずい……》
《お願いだからあんた達……余計な事言うんじゃないわよ!?》

「えぇ。4人とも嘘をつきました……そうですよね?  皆さん」

  私は4人の使用人を見渡して尋ねる。
  証拠なんて何一つない追求だ。心を読んだ事は言いたくないので自供してくれないと困る。

  そんな4人は真っ青な顔をして震えている。
  心の中は何故バレた?  そんな思いでいっぱいだろう。
  だけど私でなくても分かる。もはや誰の目から見ても “私達がやりました!” そう言っていた。
  
「……私の部屋で誰が何をしたかまで明らかにしてもいいんですけど……」
「「「「!?」」」」

  私がそう呟くと4人の中では更なる衝撃が走ったのか、大きく肩を震わせた。
  とにかく自供するまでこのまま強引に畳み掛けるしかないかしら?  そう思って続ける事にした。

「例えば……そこの侍女のあなたがクローゼットの中身を全部引っ張り出して物色して、そちらのあなたが机の引き出しをひっくり返して……そうそう!  庭師のあなたが鍵をこじ開けてー……」
「ちょっ……セシリナ!?」

  お姉様の顔色と協力者の4人の顔色は更に酷いものへと変わる。
  4人とも心の声で自分のした事をペラペラと語ってくれていたので追求しやすい。


  そしてついに、一人の侍女が耐えきれなくなったのか膝から崩れ落ち、泣きながら言った。

「っっっ!  セシリナ様……ご、ごめんなさい!!  嘘をつきました!!  私、マ、マリアン様の命令で……セシリナ様の部屋に……入りました……それでぇ……」
「ちょっと!  カナン!」

  お姉様が自供を始めた侍女を咎めたけどもう遅い。
  カナンと呼ばれた侍女は私に近寄ると腕に縋り付きながら謝って来た。

「ほ、本当に申し訳ございませんでした……だけど逆らえなかったんですぅ……」

《私は悪くないわ!  悪いのはマリアン様よ!!》
《何でバレてるのよ。私の受け答えのどこに問題があったの!?》
《それにしても……本当に今日のお嬢様は何なの?  ……どうしていつものように大人しくしていないのよ》
《今までのように影でメソメソしていればいいのに!》

「……」

  さすが、お姉様が駒に使うだけある。
  あくまでもお姉様の命令に従っただけで、私に対して悪いとは微塵も思わないらしい。謝罪もパフォーマンスだ。

  (それもそうよね。最初の質問であれだけポーカーフェイスを保てるんだもの。悪いなんて思っているわけないか……)

  私が無言で残りの3人にも視線を向ける。
  彼らもさっきより顔色が悪く今にも自供しそうな勢いだった。


「……どういう事だ?  今、この者はマリアンの命令と言ったな?  お前達もそうなのか?」

  他の3人が口を開くより前に、一人目の自供を受けお父様がようやく動き出した。

  お父様に視線を向けられた残りの3人も顔を見合せると、やがて小さく頷いた。
  さすがに当主であるお父様に尋ねられて答えないわけにはいかない。

「なっ!  ちょっとあんた達!!  裏切ったわね!?」

  お姉様がプルプル震えている。
  そんなお姉様に、お父様が怒鳴った。

「マリアン!  どういう事か説明しなさい!!」
「お、お父様!  これは違うのよ……そう何かの誤解……あ、これこそセシリナが仕組んだ……」

  何とここに来てお姉様はまだ私に罪を擦り付けようとする。

「さすがにそれは無いだろう!  マリアンの命令だとこの者達が言っている!」
「だから、それは……そうよ! 今、セシリナが皆を脅して……脅してそう言わせたのよ!」
「ならマリアン……お前は“裏切った”とたった今この者達に言ったのはなんなんだ?」
「……っ!」

  お姉様がお父様の言葉に怯む。
  こんな風にお父様から責めれた経験が殆どないお姉様は固まってしまった。

  協力者の4人と、この場に集められて騒ぎの一部始終を見せられている無関係だった使用人達の冷たい視線がお姉様に突き刺さる。

  (……昔から皆にチヤホヤされて来たお姉様にはこの視線は辛いでしょうね)

「やだ……そんな目で見ないでよ……何で……嘘よ……」

  ヘナヘナとその場に崩れ落ちるお姉様にお父様がさらに怒鳴る。

「マリアン!  続きは私の部屋に来て話を聞かせなさい!」
「……」
「それとそこの4人、お前達もだ!!  あー……他の者は仕事に戻れ!  この事は他言無用だぞ!」

  無関係の使用人達は、何か言いたそうな顔をしながらもそれぞれの持ち場へと戻って行く。

「セシリナ!  何をもたもたしている。早く来い!  お前もだ!」
「は、はい!」

  お父様に呼ばれた。
  これで、お父様に私の言い分は信じて貰えたはず。
  あとはお姉様から契約書を返してもらって……そして。

「……エリオス殿下に話さないと」

  契約書を返してもらってもお姉様に恋人のフリがバレてしまったのは事実。

  この話は間違いなくお姉様からアンネマリー様に伝わるはずだ。
  私が偽の恋人だったと知ったアンネマリー様もスプラウクト侯爵家も黙ってはいないだろう……
  きっとエリオス殿下は追求されてしまう。

  (このまま私が恋人のフリを続けても意味が無いのでは?)

  むしろ立場を悪化させる事になるだけ。

「出来る限り傍にいたい……なんて欲張ったせいなのかな……」

  殿下との別れの予感を思い私の胸はチクリと痛んだ。
  

  





****






  お父様は、お姉様に対してしばらくの謹慎を言い渡した。
  当面の間は外出も外部との連絡を取る事も全て禁止。
  物を買い与える事も中止すると言う。
  そしてお姉様に命令されて私の部屋を荒らした使用人達は即解雇が決定していた。

  既に打ちひしがれていたお姉様は黙って謹慎を受け入れた。
  今は反論する気力さえ無いらしい。

「お姉様……約束を守っていただけますか?」
「……っっ」

  お姉様は無言で私を睨む。

「約束しましたよね?  返して下さい。私から奪った物」
「……」
  
  そもそもお姉様は最初に何が欲しくて私の部屋に侵入したのかはよく分からない。
  だけど、それよりも何よりも契約書を返してもらないと!

  (これ以上エリオス殿下の足を引っ張りたくない)

「……」

  お姉様が無言で紙を私に押し付けてきた。
  慌てて中身を確認する。
  間違いなく私の持っていた契約書だ。

「……セシリナの物まで盗っていたのか……」
  
  物凄く嫌そうな顔で私に返却するお姉様の様子を見ていたお父様が、呆れた顔でお姉様を見る。
  奪われた物がある事は、お父様の前でも口にしていたはずなのに。このお父様ヒトはこれまで本気で私の話を聞いていなかったらしい。

  (なんて今更ね。でも、これで少しはお父様のお姉様に対する見方が変わればいいのだけど)

  そう願わずにはいられなかった。
  
「セシリナ……疑ってすまなかった」
「……いいえ。分かっていただけたならそれだけで充分です」

  お父様から謝罪の言葉を聞くなんて初めてな事の気がする。
  私はお姉様さえ罰せてもらえればそれで構わないから、謝罪なんてあってもなくても構わない。なので、これでもう用は無いと思い下がろうとした。

「いや……」

  お父様が待てと言わんばかりに私の肩を掴んだ。

《私は盲目的にマリアンの事を信じすぎていたのか……》
《セシリナには悪い事をした》
《……セシリナにまさかあれほどの人を見抜く目があったとは》
《私は娘達の事を何も分かっていなかったのか》

「!」

  勝手に誤解しているようではあるけれど、心が読める力の事は追求されずに済みそうだ。多分、お姉様の本性を知った驚きの方が私に対する疑問点より上回ったのだと思う。
  たとえ追求されてもこの力の事は絶対に明かさず、白を切り通すと決めていたのでそこは安堵した。

  ただ、無我夢中でした事だったけれど、今回の件は少しだけ……ほんの少しだけかもしれないけれど、私とお父様と使用人の関係を変える出来事になったのかもしれない。
   ──そう思う事にした。



  そして、その日の夜。
  私は熱を出してしまった。

  おそらく力を使い過ぎたのが原因だと思う。
  あんなにたくさんの人の心の声を聞いたのは初めてだった。
  意識した事は無かったけれど心の中の声を聞くという事は、かなり身体に負担をかける行為だったみたいだ。

  (あぁ、エリオス殿下に早く話をしないといけないのに……何をやっているの私は)

  お姉様が謹慎中だから、まだアンネマリー様やスプラウクト侯爵家に話はいっていないと思いたい。

  それでも……だ。

  エリオス殿下に会いたい……会って話をしなくては。
  でも、私はきっとそのまま用済みになる。せめてその覚悟を決めてから会いたい……

  熱にうなされながらも私はそんな事ばかりを考えていた。

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