6 / 31
第六話 二度目のお茶会
しおりを挟むそれからも、私とフレデリック様のちょっと厚い手紙のやり取りは続いた。
「……何をそんなに毎回毎回、書き記す事があるのですか……?」
「え?」
今日も一生懸命、返事を綴っていたらメイドにそう聞かれた。
「何って……そうね、今は私が5歳になった所ね。さすがに記憶はあやふやだけど」
「はい? お嬢様が5歳?」
「そうよー」
私は満面の笑みで答える。
「フレデリック様のお手紙でね、私が昔からどんな子だったのかって聞かれたのよ。せっかくだから、記憶のある年齢から遡って手紙に認めているわ」
「……それ、手紙ではなくて報告書……」
「何を言ってるの? 手紙でしょ? それでね、フレデリック様も同じように遡ってご自分の事を私に教えてくれているのよ」
「……やっぱり報告書!」
メイドは10歳児が何をやっているんですか……!
と、プリプリしている。
そんなにおかしかったかしら?
でも、お互いの事を知るのって大事な事でしょう??
私が首を傾げていると、メイドが軽く咳払いをした後、私に言った。
「……お手紙もいいですが、明日は殿下との二度目のお茶会ですよ?」
「そうなの!」
とうとう明日は定例のお茶会の日! 前回に続き二度目になるわ。
そして、フレデリック様とはお見舞いに来て貰った日以来の顔合わせとなるので、私は今からドキドキしている。
(私に対する態度がどれくらい変わったかが見物よ!)
「ディアナ嬢!」
「え? 殿下?」
そして、お茶会の日。王宮に乗って来た馬車から降りたら、なんとそこにフレデリック様が現れた。
(どうしてここに!?)
時間……は確認したけれど間違ってはいない。どうやら遅刻したのを怒って迎えに来たというわけではないみたい。
戸惑う私にフレデリック様は少し照れくさそうにはにかむ。
「待ちきれなくて迎えに来ちゃった」
「えっ!?」
───マチキレナクテムカエニキチャッタ!
一瞬、外国語を聞いたのかと思ってしまった。それくらい驚き、自分の耳を疑った。
「ま、待ちきれなかった、ですか?」
「そうだよ、早くディアナ嬢に会いたかったんだ」
「っっ!」
フレデリック様は蕩けるような笑顔を私に向けた。
(───こ、これは!)
これはもう間違いない。私は確信した。
“好きな人を自分の虜にする方法”の力は本当だった! そして効果もバッチリ!
「顔色も良いみたいだし、元気そうでよかった」
「もうすっかりですよ。お見舞いもありがとうございました。それから……毎日のお花もありがとうございます」
「……お花、迷惑じゃなかった?」
「まさか! 迷惑だなんて事はありません!」
首を横に振りながら、私は密かに感動していた。
か、か、会話が弾んでいるわ!
前回のお茶会の素っ気なさが嘘みたい。
「良かった。毎朝、ディアナ嬢の事を考えて花を選んでるんだ」
「え?」
「……だって、花が……好きそうだったから」
フレデリック様が頬を染めて照れくさそうに言った。
その表情が可愛くて私の胸がキュンとした。
(私が花を好き?)
「本当はお菓子を贈ろうかと思っていたんだけど、皆が……特に侍女やメイドが全力で止めてきたんだ」
「どういう事です?」
「殿下は乙女心が分かっていない! って」
「乙女心……」
それってまさか、お菓子をお花みたいに毎日贈ってくるつもりだったのでは……
さすがにそれは……ええ、確かに乙女として……私は止めてくれた城の使用人に密かに感謝した。
(だけど、何故、お菓子やお花? 私が一体いつ───はっ!)
そこまで考えて思い出した。
───殿下、このお菓子美味しいですわね! さすが王家の御用達ですわ
───そうだな……
───……殿下、あそこにキレイなお花が咲いてますわ! なんて名前の花でしょう? ご存知ですか?
───……いや
(まさか、あの前回のお茶会の時の会話から……?)
私が必死に話題作りのつもりでふった話を私が好きな物の話をしていると思った……?
「……ナ」
「……」
「ディアナ?」
名前を呼ばれてハッとする。
目の前にはフレデリック様の顔のドアップ。
ドキッと私の胸が大きく跳ねた。
「どうしたの? ぼんやりして」
「い、いえ……! あ、それより今……ディアナって」
「うん。ディアナは僕の婚約者なんだからいいかなと思って……ダメだった?」
「いえ! ど、どうぞー!」
(……本当の本当にこれはフレデリック様なの!?)
あの本、本当に凄いわ……
マイナスの好感度がこんなにアップするなんて嘘みたい!
「僕の事も殿下じゃなくてフレデリックと呼んでくれていいからね」
「!」
その言葉で思い出した。
物語の中のフレデリック様は、ディアナに向かってこう言っていた。
『お前に“フレデリック”と呼ばれると虫唾が走る!』
だから、ディアナは心の中では別でもなるべく“殿下”と呼ぶようにしていたわ。
けれど、フレデリック様はライラックには名前で呼ばせていたっけ……
そんな名前呼びを───
「いいのですか?」
「もちろんだ! その方がもっと仲良くなれるだろう?」
「!」
フレデリック様はそう言って私に手を差し出した。
私がおそるおそるその手を取ったら、キュッと握られた。
(手……繋いじゃったわ!)
嬉しい事ばかりで私の頬は緩みっぱなしだった。
「そういえばさ、手紙、大変じゃないかな? 大丈夫?」
「大変? いいえ!」
「皆さ、重すぎるって言うんだ」
手を繋ぎながら廊下を歩いていると、フレデリック様がそういえば……と切り出した。
「重すぎる……」
「そうなんだ。ディアナを大事に思う気持ちが重いって事なのかなぁ?」
「私を大事に……?」
「そうなんだよ。やっぱり頻度のせいかな? もう少し減らす?」
「い、いいえ! このままでいいと思いますわ! フレデリック様の事を知るいい機会ですもの!」
「そう? 良かった」
フレデリック様が嬉しそうに笑ってくれたから私も嬉しくなる。
こんなに幸せでいいのかしら───?
(……あら? あの人たちは何をしているのかしら?)
幸せ気分に浸っていたら、前に私の事をとても哀れんだ目で見ていたお付きの使用人達が、プルプルと身体を震わせているのが視界に入って来たので妙に気になった。
その後のフレデリック様とのお茶の時間は、前回が嘘のように会話が弾み楽しい時間を過ごした。
「時間が過ぎるのはあっという間ですわね」
「うん、残念だよ」
この間はあんなに長く感じた時間が今回はあっという間で、帰る時間が迫っていた。
「……あ! そうですわ、フレデリック様。私、帰る前に図書室に寄りたいのです」
「図書室に? 構わないけど……」
フレデリック様は不思議そうな顔をしたけれど快諾してくれた。
(──見つけられるかはちょっと自信が無いけれど、あの本をもう一度見てみたいのよ)
私はあれから、あれが何というタイトルの名前の本なのか、そして、他にどんな内容が乗っているのかがとても気になっていた。
それに、あの日は本を書棚に戻したかどうかもあやふやで、その事もすっきりさせたかったし、何よりあの儀式を行った……“好きな人を自分の虜にする方法”についても、何時まで効果の続く力なのか、かけ直しは必要なのか……という大事な点を見落としていた事に後から気付いた。
「そういえば、この間はすごい慌てていたね?」
「え、ええ。フレデリック様が突然現れたものですから驚いてしまって」
「そっか、驚かせてごめんね」
そんな話をしながら私達は図書室へと到着する。
(確かこの間の本は───)
その前に借りていた本を返した所にあったのだから、と記憶を頼りにその書架へと近付く。
タイトルは不明だけど確か、黒い表紙の本だった言葉覚えている。
そうして本の背表紙を眺めてみるけれど、それらしい本は無い。
(うーん、そんな気はしたけれど……)
「ディアナ? 何の本を探しているの? 僕も手伝う?」
「……いいえ、大丈夫です」
それから近くの書棚まで目を通したけれど、結局、あの本を見つける事は出来なかった。
67
あなたにおすすめの小説
白い結婚に、猶予を。――冷徹公爵と選び続ける夫婦の話
鷹 綾
恋愛
婚約者である王子から「有能すぎる」と切り捨てられた令嬢エテルナ。
彼女が選んだ新たな居場所は、冷徹と噂される公爵セーブルとの白い結婚だった。
干渉しない。触れない。期待しない。
それは、互いを守るための合理的な選択だったはずなのに――
静かな日常の中で、二人は少しずつ「選び続けている関係」へと変わっていく。
越えない一線に名前を付け、それを“猶予”と呼ぶ二人。
壊すより、急ぐより、今日も隣にいることを選ぶ。
これは、激情ではなく、
確かな意思で育つ夫婦の物語。
転生したら悪役令嬢だった婚約者様の溺愛に気づいたようですが、実は私も無関心でした
ハリネズミの肉球
恋愛
気づけば私は、“悪役令嬢”として断罪寸前――しかも、乙女ゲームのクライマックス目前!?
容赦ないヒロインと取り巻きたちに追いつめられ、開き直った私はこう言い放った。
「……まぁ、別に婚約者様にも未練ないし?」
ところが。
ずっと私に冷たかった“婚約者様”こと第一王子アレクシスが、まさかの豹変。
無関心だったはずの彼が、なぜか私にだけやたらと優しい。甘い。距離が近い……って、え、なにこれ、溺愛モード突入!?今さらどういうつもり!?
でも、よく考えたら――
私だって最初からアレクシスに興味なんてなかったんですけど?(ほんとに)
お互いに「どうでもいい」と思っていたはずの関係が、“転生”という非常識な出来事をきっかけに、静かに、でも確実に動き始める。
これは、すれ違いと誤解の果てに生まれる、ちょっとズレたふたりの再恋(?)物語。
じれじれで不器用な“無自覚すれ違いラブ”、ここに開幕――!
本作は、アルファポリス様、小説家になろう様、カクヨム様にて掲載させていただいております。
アイデア提供者:ゆう(YuFidi)
URL:https://note.com/yufidi88/n/n8caa44812464
悪役令嬢、記憶をなくして辺境でカフェを開きます〜お忍びで通ってくる元婚約者の王子様、私はあなたのことなど知りません〜
咲月ねむと
恋愛
王子の婚約者だった公爵令嬢セレスティーナは、断罪イベントの最中、興奮のあまり階段から転げ落ち、頭を打ってしまう。目覚めた彼女は、なんと「悪役令嬢として生きてきた数年間」の記憶をすっぽりと失い、動物を愛する心優しくおっとりした本来の性格に戻っていた。
もはや王宮に居場所はないと、自ら婚約破棄を申し出て辺境の領地へ。そこで動物たちに異常に好かれる体質を活かし、もふもふの聖獣たちが集まるカフェを開店し、穏やかな日々を送り始める。
一方、セレスティーナの豹変ぶりが気になって仕方ない元婚約者の王子・アルフレッドは、身分を隠してお忍びでカフェを訪れる。別人になったかのような彼女に戸惑いながらも、次第に本当の彼女に惹かれていくが、セレスティーナは彼のことを全く覚えておらず…?
※これはかなり人を選ぶ作品です。
感想欄にもある通り、私自身も再度読み返してみて、皆様のおっしゃる通りもう少しプロットをしっかりしてればと。
それでも大丈夫って方は、ぜひ。
悪役令嬢だとわかったので身を引こうとしたところ、何故か溺愛されました。
香取鞠里
恋愛
公爵令嬢のマリエッタは、皇太子妃候補として育てられてきた。
皇太子殿下との仲はまずまずだったが、ある日、伝説の女神として現れたサクラに皇太子妃の座を奪われてしまう。
さらには、サクラの陰謀により、マリエッタは反逆罪により国外追放されて、のたれ死んでしまう。
しかし、死んだと思っていたのに、気づけばサクラが現れる二年前の16歳のある日の朝に戻っていた。
それは避けなければと別の行き方を探るが、なぜか殿下に一度目の人生の時以上に溺愛されてしまい……!?
【完結】元悪役令嬢は、最推しの旦那様と離縁したい
うり北 うりこ@ざまされ2巻発売中
恋愛
「アルフレッド様、離縁してください!!」
この言葉を婚約者の時から、優に100回は超えて伝えてきた。
けれど、今日も受け入れてもらえることはない。
私の夫であるアルフレッド様は、前世から大好きな私の最推しだ。 推しの幸せが私の幸せ。
本当なら私が幸せにしたかった。
けれど、残念ながら悪役令嬢だった私では、アルフレッド様を幸せにできない。
既に乙女ゲームのエンディングを迎えてしまったけれど、現実はその先も続いていて、ヒロインちゃんがまだ結婚をしていない今なら、十二分に割り込むチャンスがあるはずだ。
アルフレッド様がその気にさえなれば、逆転以外あり得ない。
その時のためにも、私と離縁する必要がある。
アルフレッド様の幸せのために、絶対に離縁してみせるんだから!!
推しである夫が大好きすぎる元悪役令嬢のカタリナと、妻を愛しているのにまったく伝わっていないアルフレッドのラブコメです。
全4話+番外編が1話となっております。
※苦手な方は、ブラウザバックを推奨しております。
悪役令嬢は断罪の舞台で笑う
由香
恋愛
婚約破棄の夜、「悪女」と断罪された侯爵令嬢セレーナ。
しかし涙を流す代わりに、彼女は微笑んだ――「舞台は整いましたわ」と。
聖女と呼ばれる平民の少女ミリア。
だがその奇跡は偽りに満ち、王国全体が虚構に踊らされていた。
追放されたセレーナは、裏社会を動かす商会と密偵網を解放。
冷徹な頭脳で王国を裏から掌握し、真実の舞台へと誘う。
そして戴冠式の夜、黒衣の令嬢が玉座の前に現れる――。
暴かれる真実。崩壊する虚構。
“悪女”の微笑が、すべての終幕を告げる。
【完結】ご期待に、お応えいたします
楽歩
恋愛
王太子妃教育を予定より早く修了した公爵令嬢フェリシアは、残りの学園生活を友人のオリヴィア、ライラと穏やかに過ごせると喜んでいた。ところが、その友人から思いもよらぬ噂を耳にする。
ーー私たちは、学院内で“悪役令嬢”と呼ばれているらしいーー
ヒロインをいじめる高慢で意地悪な令嬢。オリヴィアは婚約者に近づく男爵令嬢を、ライラは突然侯爵家に迎えられた庶子の妹を、そしてフェリシアは平民出身の“精霊姫”をそれぞれ思い浮かべる。
小説の筋書きのような、婚約破棄や破滅の結末を思い浮かべながらも、三人は皮肉を交えて笑い合う。
そんな役どころに仕立て上げられていたなんて。しかも、当の“ヒロイン”たちはそれを承知のうえで、あくまで“純真”に振る舞っているというのだから、たちが悪い。
けれど、そう望むのなら――さあ、ご期待にお応えして、見事に演じきって見せますわ。
バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました
美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる