【完結】ある日、前世で大好きだった人と運命の再会をしました───私の婚約者様が。

Rohdea

文字の大きさ
19 / 44

18. デリカシーのない男

しおりを挟む


「───よし、行くわよ!」

 鏡に映る自分の姿を見ながら気合いを入れる。

「ナターリエ、準備出来たか?」
「はい!  お父様!」
「あら、気合い充分って顔ね?」
「ええ!  お母様!」

 当然よ、という気持ちで微笑む。
 リヒャルト様とマリーアンネ様が用意してくれた舞台……私は絶対に無駄になんてしない。

「我が娘ながら本当に逞しいな」
「本当にね」

 お父様とお母様が顔を見合せながらそんなことを言っている。

「それにしてもハインリヒ様……このパーティーで私の信頼回復を目指そうとしているのがバレバレね」
「ああ、昨日お前に届いた手紙か?」
「そうなの」

 昨日、ハインリヒ様から届いた手紙には、今日のパーティーはぜひ、エスコートさせてくれと書いてあった。
 てっきり、ヴァネッサ嬢をエスコートするかと思っていたから少し意外に思った。

「……本音はエスコートなんてされたくないけれど、一応まだ婚約者だと言うのが……はぁ」

 しかも、最初は家まで迎えに来るとか書いてあった。
 二人きりで馬車に乗るとかもう地獄でしかないので、そこは丁重にお断りさせてもらったわ。
 なので、ハインリヒ様と落ち合うのは王宮に到着してから。

「今更、何をされても地に落ちた信頼が回復することはないのに……」
「まぁ、どんな言い訳を大勢の前でしてくれるのかを楽しみにしようではないか!」
「ふふ……そうね」

 お父様のその言葉に私は笑った。



 そうして出発の準備が整い馬車に乗り込んだ私たちは王宮へと向かう。
 出発して少し経った頃、お父様が私に訊ねてきた。

「ナターリエ。ハインリヒの野郎との婚約破棄が成立した後のことだが……」
「はい……」

(野郎……お父様はお怒りだわ)

 それよりもお父様のその言葉にパーティー開催についての話を持ってきてくれた日のリヒャルト様を思い出してしまった。
 そして私の胸が締め付けられる。

(あの泣きそうな顔はなんだったの……)

 ハインリヒ様と結婚して幸せな花嫁になるはずだった私のことを憐れんだから?
 優しい彼は私の気持ちを察してあんな顔に……なった?

「──新たな縁談の話があった場合、受けるつもりはあるのか?」
「ん、え?  受け……?」

 いけない!  
 リヒャルト様のことを考えていたからお父様の話をちゃんと聞いていなかった!

「ナターリエ宛に縁談の話が来るかもしれないだろう?」
「あ、新たな縁談……縁談ね?  もちろん受けるつもりあるわ!」

(まぁ、話があれば……だけど)

 自分でそんなことを考えてしまい、少し落ち込む。
 ずっとハインリヒ様の婚約者だった私。
 それも婚約破棄になった私に新たな縁談の話なんて来るのかしら?
 ノイラート侯爵家と縁戚になりたい目的なら縁談の話は来るかもしれないけれど──

(って、初めからそんな後向きではいけないわね!)

 これでは幸せな花嫁の夢が遠ざかってしまう。
 私はギュッと両拳に力を入れる。

「あ、あるのか?  それもかなり前向きだな?」
「ええ!  誰でもいいってことはないけれど、もし話があれば前向きに進めたいと思っているわ」
「そうか……」
「?」

 お父様は少し意味深に頷くと、お母様とも顔を合わせて二人で頷いていた。


 ───そうこうするうちに馬車は王宮に到着。
 お父様の手を借りて馬車から降りたその時……

「……ナターリエ!」

 背後から聞こえたその声に私の身体がピクリと反応する。

(来やがったわ!!)

 振り返るとハインリヒ様が私の元に駆けて来るところだった。
 顔を見るのは、あのヴァネッサ嬢とのキスを目撃して以来。
 それで会話をするのは───……いつ以来だったかしら?
 どうでもいい人との会話って、とことんどうでもよくなるのね、と悟った。

「……こんばんは、ハインリヒ様」

 私が静かに礼を取ると、じろじろとした不躾で不愉快な視線を感じた。

「なかなか手紙の返事をくれないから、今日も来てくれるのだろうかと心配していたんだ。来てくれて良かったよ」
「……そうでしたか。それは失礼しました。どうしても受け入れ難い内容の手紙ばかりでしたので返事に戸惑っておりました」
「なっ……」

 屈辱か怒りかは知らないけれど、ハインリヒ様の顔が赤くなる。
 その向こうで話が聞こえていたらしいベルクマン侯爵夫妻も同じような顔をしていた。

「ナターリエ!  君はまだそんなことを……!」
「そんなことより、こんな所でずっと立ち話させる気ですか?」

 私が話を遮りつつ指摘するとハインリヒ様は悔しそうに唇を噛んだ。
 どこか不満そうに手を差し伸べてきたハインリヒ様の手を取って私たちは歩き出す。

「……ナターリエ。君はどんどん性格に可愛さがなくなっていくな」
「そうですか?」

 何を言っているのかしら?
 昔から変わっていないと思うのだけど?

「ああ、姫ならもっと…………あっ」
「……」

 ハインリヒ様はそう言いかけて慌てて自分の口を押さえる。

「あ、今のは違う……な、なんでもないんだ……はは、失礼」
「……」

 この人の頭の中は常に“お姫様”のことで頭がいっぱいなのだとよーーく分かった。
 でも、せっかくなので聞いてみようと思った。

「……ヘンリエッテ王女はどんな方だったのですか?」
「ぅえ?」

 まさか私がそんな話を振るとは思っていなかったらしいハインリヒ様が変な声をあげた。
 そして動揺しながらも答える。

「いや、それ、は姫の様子を見ていたら……」
「“ヴァネッサ様”のことではなく、あなたが……あなたの前世のアルミンが見ていたヘンリエッテ王女のことを聞いているんですが?」
「え……あー……」

 ハインリヒ様は遠い過去を見つめるように語り出す。

「ヘンリエッテ王女は……あんなに可愛らしいのに、常に明るくて太陽みたいな方だった。ちょっとお転婆だったから護衛騎士としては目が離せず…………」
「……」
「記憶を取り戻したのは、姫が僕の名前を呼んだ時だったけど、その後に姫の顔を見て驚いたよ」
「驚いた?」

 ハインリヒ様は“大好きなお姫様”の話なのでかなり饒舌だった。
 また、私の方から彼女の話を振っているので“許された”とでも思っているのかかなり上機嫌。

「そうさ!  だって、外見は当時の姫と変わっていないんだ!」
「……え?」

 その言葉に心臓がドクンッと鳴った。

「僕もわりと当時の面影があるにはあるんだけど、さすがに姫ほどじゃないよ」
「……」

 性格……はともかくとして外見はヴァネッサ嬢がそっくりで変わっていない……?
 何故かそのことに私の心がざわつく。

(落ち着くのよ、私……!)

 だけど、ハインリヒ様がどうしてあそこまで一気にヴァネッサ嬢に夢中になったのかは理解した。
 理解はしたから───

(あとは勝手に二人でやればいいわ!)

 そんな話をしていたら会場となる扉の前に到着した。
 扉を見上げたハインリヒ様がポツリと呟く。

「何だかナターリエとこうして入場するのは久しぶりだ」
「……」

 それも今日が最後。
 そして、これから私に恥をかかされる予定となっている貴方は、果たしてその後も社交界にいられるかしらね?
 私はそんな冷めた目でハインリヒ様のことを見る。

「ナターリエ?」
「あ、いえ……」

 私の視線を感じたハインリヒ様と目が合う。
 そしてなぜか笑われた。

「……ナターリエもその瞳だけなら“姫”を彷彿とさせるんだけどなぁ」
「!」

 そのデリカシーの欠けた言葉を聞いた瞬間、私は絶対に容赦しないと決めた。

しおりを挟む
感想 269

あなたにおすすめの小説

狂おしいほど愛しています、なのでよそへと嫁ぐことに致します

ちより
恋愛
 侯爵令嬢のカレンは分別のあるレディだ。頭の中では初恋のエル様のことでいっぱいになりながらも、一切そんな素振りは見せない徹底ぶりだ。  愛するエル様、神々しくも真面目で思いやりあふれるエル様、その残り香だけで胸いっぱいですわ。  頭の中は常にエル様一筋のカレンだが、家同士が決めた結婚で、公爵家に嫁ぐことになる。愛のない形だけの結婚と思っているのは自分だけで、実は誰よりも公爵様から愛されていることに気づかない。  公爵様からの溺愛に、不器用な恋心が反応したら大変で……両思いに慣れません。

【完結】妖精姫と忘れられた恋~好きな人が結婚するみたいなので解放してあげようと思います~

塩羽間つづり
恋愛
お気に入り登録やエールいつもありがとうございます! 2.23完結しました! ファルメリア王国の姫、メルティア・P・ファルメリアは、幼いころから恋をしていた。 相手は幼馴染ジーク・フォン・ランスト。 ローズの称号を賜る名門一族の次男だった。 幼いころの約束を信じ、いつかジークと結ばれると思っていたメルティアだが、ジークが結婚すると知り、メルティアの生活は一変する。 好きになってもらえるように慣れないお化粧をしたり、着飾ったりしてみたけれど反応はいまいち。 そしてだんだんと、メルティアは恋の邪魔をしているのは自分なのではないかと思いあたる。 それに気づいてから、メルティアはジークの幸せのためにジーク離れをはじめるのだが、思っていたようにはいかなくて……? 妖精が見えるお姫様と近衛騎士のすれ違う恋のお話 切なめ恋愛ファンタジー

忘れられた幼な妻は泣くことを止めました

帆々
恋愛
アリスは十五歳。王国で高家と呼ばれるう高貴な家の姫だった。しかし、家は貧しく日々の暮らしにも困窮していた。 そんな時、アリスの父に非常に有利な融資をする人物が現れた。その代理人のフーは巧みに父を騙して、莫大な借金を負わせてしまう。 もちろん返済する目処もない。 「アリス姫と我が主人との婚姻で借財を帳消しにしましょう」 フーの言葉に父は頷いた。アリスもそれを責められなかった。家を守るのは父の責務だと信じたから。 嫁いだドリトルン家は悪徳金貸しとして有名で、アリスは邸の厳しいルールに従うことになる。フーは彼女を監視し自由を許さない。そんな中、夫の愛人が邸に迎え入れることを知る。彼女は庭の隅の離れ住まいを強いられているのに。アリスは嘆き悲しむが、フーに強く諌められてうなだれて受け入れた。 「ご実家への援助はご心配なく。ここでの悪くないお暮らしも保証しましょう」 そういう経緯を仲良しのはとこに打ち明けた。晩餐に招かれ、久しぶりに心の落ち着く時間を過ごした。その席にははとこ夫妻の友人のロエルもいて、彼女に彼の掘った珍しい鉱石を見せてくれた。しかし迎えに現れたフーが、和やかな夜をぶち壊してしまう。彼女を庇うはとこを咎め、フーの無礼を責めたロエルにまで痛烈な侮蔑を吐き捨てた。 厳しい婚家のルールに縛られ、アリスは外出もままならない。 それから五年の月日が流れ、ひょんなことからロエルに再会することになった。金髪の端正な紳士の彼は、彼女に問いかけた。 「お幸せですか?」 アリスはそれに答えられずにそのまま別れた。しかし、その言葉が彼の優しかった印象と共に尾を引いて、彼女の中に残っていく_______。 世間知らずの高貴な姫とやや強引な公爵家の子息のじれじれなラブストーリーです。 古風な恋愛物語をお好きな方にお読みいただけますと幸いです。 ハッピーエンドを心がけております。読後感のいい物語を努めます。 ※小説家になろう様にも投稿させていただいております。

病めるときも健やかなるときも、お前だけは絶対許さないからなマジで

あだち
恋愛
ペルラ伯爵家の跡取り娘・フェリータの婚約者が、王女様に横取りされた。どうやら、伯爵家の天敵たるカヴァリエリ家の当主にして王女の側近・ロレンツィオが、裏で糸を引いたという。 怒り狂うフェリータは、大事な婚約者を取り返したい一心で、祝祭の日に捨て身の行動に出た。 ……それが結果的に、にっくきロレンツィオ本人と結婚することに結びつくとも知らず。 *** 『……いやホントに許せん。今更言えるか、実は前から好きだったなんて』  

悪役令嬢、記憶をなくして辺境でカフェを開きます〜お忍びで通ってくる元婚約者の王子様、私はあなたのことなど知りません〜

咲月ねむと
恋愛
王子の婚約者だった公爵令嬢セレスティーナは、断罪イベントの最中、興奮のあまり階段から転げ落ち、頭を打ってしまう。目覚めた彼女は、なんと「悪役令嬢として生きてきた数年間」の記憶をすっぽりと失い、動物を愛する心優しくおっとりした本来の性格に戻っていた。 もはや王宮に居場所はないと、自ら婚約破棄を申し出て辺境の領地へ。そこで動物たちに異常に好かれる体質を活かし、もふもふの聖獣たちが集まるカフェを開店し、穏やかな日々を送り始める。 一方、セレスティーナの豹変ぶりが気になって仕方ない元婚約者の王子・アルフレッドは、身分を隠してお忍びでカフェを訪れる。別人になったかのような彼女に戸惑いながらも、次第に本当の彼女に惹かれていくが、セレスティーナは彼のことを全く覚えておらず…? ※これはかなり人を選ぶ作品です。 感想欄にもある通り、私自身も再度読み返してみて、皆様のおっしゃる通りもう少しプロットをしっかりしてればと。 それでも大丈夫って方は、ぜひ。

【完結】愛され公爵令嬢は穏やかに微笑む

綾雅(りょうが)今月は2冊出版!
恋愛
「シモーニ公爵令嬢、ジェラルディーナ! 私はお前との婚約を破棄する。この宣言は覆らぬと思え!!」 婚約者である王太子殿下ヴァレンテ様からの突然の拒絶に、立ち尽くすしかありませんでした。王妃になるべく育てられた私の、存在価値を否定するお言葉です。あまりの衝撃に意識を手放した私は、もう生きる意味も分からなくなっていました。 婚約破棄されたシモーニ公爵令嬢ジェラルディーナ、彼女のその後の人生は思わぬ方向へ転がり続ける。優しい彼女の功績に助けられた人々による、恩返しが始まった。まるで童話のように、受け身の公爵令嬢は次々と幸運を手にしていく。 ハッピーエンド確定 【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2022/10/01  FUNGUILD、Webtoon原作シナリオ大賞、二次選考通過 2022/07/29  FUNGUILD、Webtoon原作シナリオ大賞、一次選考通過 2022/02/15  小説家になろう 異世界恋愛(日間)71位 2022/02/12  完結 2021/11/30  小説家になろう 異世界恋愛(日間)26位 2021/11/29  アルファポリス HOT2位 2021/12/03  カクヨム 恋愛(週間)6位

【完結】王子妃候補をクビになった公爵令嬢は、拗らせた初恋の思い出だけで生きていく

たまこ
恋愛
 10年の間、王子妃教育を受けてきた公爵令嬢シャーロットは、政治的な背景から王子妃候補をクビになってしまう。  多額の慰謝料を貰ったものの、婚約者を見つけることは絶望的な状況であり、シャーロットは結婚は諦めて公爵家の仕事に打ち込む。  もう会えないであろう初恋の相手のことだけを想って、生涯を終えるのだと覚悟していたのだが…。

ループした悪役令嬢は王子からの溺愛に気付かない

咲桜りおな
恋愛
 愛する夫(王太子)から愛される事もなく結婚間もなく悲運の死を迎える元公爵令嬢のモデリーン。 自分が何度も同じ人生をやり直している事に気付くも、やり直す度に上手くいかない人生にうんざりしてしまう。 どうせなら王太子と出会わない人生を送りたい……そう願って眠りに就くと、王太子との婚約前に時は巻き戻った。 それと同時にこの世界が乙女ゲームの中で、自分が悪役令嬢へ転生していた事も知る。 嫌われる運命なら王太子と婚約せず、ヒロインである自分の妹が結婚して幸せになればいい。 悪役令嬢として生きるなんてまっぴら。自分は自分の道を行く!  そう決めて五度目の人生をやり直し始めるモデリーンの物語。

処理中です...