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19. 嫌ですよ?
しおりを挟むハインリヒ様が非常にデリカシーのないことを口にして来たので、そっちがその気ならと思った私は“ずっと気になっていたこと”を訊ねることにした。
「……ハインリヒ様」
「なんだ?」
「確か前に言っていましたが、前世のあなた……アルミンはお姫様に“片想い”だったのですよね?」
「……うぐっ」
ハインリヒ様が分かりやすく動揺した。
私は更にそこに直球を投げる。
「想いは伝えたのですか?」
「……っ!」
これまた分かりやすくヒュッと息を呑むハインリヒ様。
だけど、ハインリヒ様は答えない。言いたくない……そんな表情だった。
残念ですけど、だからといって簡単に引き下がる私ではないのよ!
「……ああ、なるほど。振られてしまったんですね?」
「~~~っっっ」
「だから、“片想い”」
「くっ……」
ハインリヒ様が悔しそうな表情になり、私から目を逸らす。おそらく図星。
そしてやはり、過去の失恋は今思い出しても堪えるらしい。
(ふふふ。もう少しだけ、心を抉ってさしあげるわ)
「前世のあなた……アルミンって男としての魅力が全然無かったんですねぇ」
「……なっ! なんだと!? それは違っ……!」
ハインリヒ様が憤慨する。
「違う? でもあなたはとーーってもお姫様のこと大好きだったのに、結局振られてしまっているんですよね?」
「……し、仕方がないだろう! そ、それは!」
「それは?」
その続きは聞かなくても知っているけれど、敢えて聞いてみた。
「ひ、姫……ヘンリエッテ王女には、こ……婚約者がいたんだ!」
「……婚約者」
「そうだ……! あいつ、は……一人だけ抜け駆けをしやがって……それでちゃっかり姫の婚約者の座に……」
ハインリヒ様は悔しそうに唇を噛む。
その恨みはかなり根深そうだ。
(しかし……抜け駆け?)
何だか気になる言葉が出て来た。
なんであれ、ハインリヒ様はよほどお姫様の婚約者だった人のことがとにかく気に入らないらしい。
「そうさ! 先にあいつと婚約をしてしまったから! だから姫は僕の気持ちには答えられなかった……! いや、答えてはいけないと思われたんだ!」
「……」
まるで“婚約者”がいなければ、自分こそが姫に選ばれたはずだ!
そう言わんばかりの言葉に私は絶句する。
(なるほど……)
アルミンはずっとそんな想いを抱えていたから、生まれ変わって今世で再会したら今度は姫に選ばれたことが嬉しくてたまらなくて、連日あの浮かれ具合だったと……
「はぁ……しかし突然、そんなことを聞いてくるなんて……ナターリエ。君は本当にデリカシーがないな」
「…………そのお言葉、そっくりそのままお返しします」
「は? なんで僕が?」
「……」
ハインリヒ様の心底、自分のことを分かっていなさそうなその発言に私はまた更に苛立った。
(冷静に……冷静になりなさい。落ち着くのよ、私)
もうすでにこの時点で、ハインリヒさまへの苛立ちはかなり強くなっていたけれど、小さく深呼吸してどうにか心を落ち着かせた。
そんな私に追い打ちをかけるようにハインリヒ様は言う。
「ナターリエ? 何をもたもたしているんだ? そろそろ中に入るよ」
「……」
(……この人、今日はどこまで私を怒らせるつもりなのかしら?)
そんなことを思いながらハインリヒ様の横に立った。
私とハインリヒ様が連れ立って入場すると、視線が集中し会場は一気に騒がしくなった。
何らかの事情で、突然結婚式を延期にした二人が一緒に登場したのだからこうなる気持ちは分かる。
「……」
そんな好奇な視線に晒されながらも会場内を歩き回る。
そして耳を澄まして会場内の人の声を拾った。
(やっぱり復縁か……? という声が多いわね)
だけど、その中から微かに聞こえて来た“その声”に私は思わず口の端を上げて笑ってしまった。
───ベルクマン侯爵子息って最近、他の令嬢と一緒にいるのをよくお見かけした気がするのだけど……?
───私も見たわ!
───復縁? ならあの令嬢は?
大きな噂……とまではいかなくてもちゃんとそれなりに目撃はされていたことがわかるその声……
ここまで待った甲斐があったわ、と思った。
「うわ……すごい注目を集めているなぁ……」
ハインリヒ様は呑気にそんな声をあげている。
「……」
「そうだ、ナターリエ」
「…………なんでしょう?」
ハインリヒ様はにこやかな笑顔を私に向ける。
その笑顔を見ていたらゾッと寒気がしたと同時にすごく嫌な予感がした。
「このパーティーが終わったら延期していた結婚式の日程を決めよう」
「……は?」
「だから、結婚式。色々と不安にさせてしまったけれど僕たちはもう大丈夫だ! ナターリエもそう思うだろう?」
「……」
全然、大丈夫ではないのにそう語るハインリヒ様。
いったい、いつ私が婚約破棄の申し出を撤回したというのかしら?
「僕としてはなるべく早く──」
「嫌ですよ」
どうせ言っても無駄だと分かっているけれど言わずにはいられない。
「えっと……ナターリエ?」
「そんなの嫌に決まっているじゃないですか。お断りです」
「嫌……に、決まって、いる……? お断り……?」
「はい、嫌です!」
ハインリヒ様の笑顔がピシッと固まる。
そんな彼に私はにっこり笑顔を向けて告げる。
「だって私はハインリヒ様への婚約破棄の申し出を撤回した覚えはありませんから」
「え……だ、だが……今日はエスコートだって受けて」
「それはハインリヒ様が婚約破棄に頷いてくれないから仕方なくですよ?」
「仕方な!? ナ、ナターリエ!」
仕方なく……という言葉はハインリヒ様のプライドをいたく傷付けたらしい。
ハインリヒ様は怒りで顔がどんどん赤くなっていく。
その顔を見ながら私は思った。
(怒らせるのちょっと早かったかしら?)
さっさと終わらせたい──そんな気持ちが前に出過ぎてしまったかも。
そう思いながらも私はキョロキョロと会場内を見渡す。
今、私たちはかなり注目の的。
それもそのはず。
復縁か? と思わせておいて突然ハインリヒ様が憤慨し始めたのだから。
これはせっかくなのでこのまま進めてしまおうと決めた。
(本当はヴァネッサ嬢が現れてから始めようかと思ったけれど)
そう思った時、ちょうど入口の扉が開いてヴァネッサ嬢が入場してくる様子が私の視界に映った。
「……!」
私は内心で歓喜する。
(いいタイミング! ───こっちも来やがったわ!)
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