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20. デートの証拠
しおりを挟むヴァネッサ嬢は会場に入ると、何やら目立つ場所で揉めている様子の私とハインリヒ様を見て驚いた表情をして足を止めた。
ハインリヒ様とヴァネッサ嬢は、実際は……だけど一応別れたことになっている。
裏ではコソコソ密会していたようだけれども、その設定をここでも貫くつもりがあるなら、今はこちらに近寄ってくることはないと思われる。
案の定、彼女はこちらを見ているもののそのまま動こうとはしなかった。
(様子見かしら?)
でもそのままそこに居られるだけでは駄目。
こちらに来てもらわないと!
どうやってこちらに引きずり出そうかと考えた時だった。
(……ん? あれって)
ふと、彼女の耳元で揺れているイヤリングが目に入る。
一見、よくあるデザインのものだけど───……
と、ちょうどその時、ハインリヒ様が私に向かって怒鳴ってきた。
「───ナターリエ! き、君はまだそんなことを言っているのか!」
「……」
入口の扉側に背を向けているので、愛しの愛しのお姫様が登場したことに気付いていないハインリヒ様。
「そんなことって……私の気持ちはすでに何度もお伝えしている通りであって……それを変えるつもりがないだけですわ?」
「何故なんだ! ナターリエだって本当は分かっているはずだ!」
「……分かっている、とは?」
私はわざとらしく首を傾げる。
するとハインリヒ様はなぜか得意気な表情になって堂々と言い放つ。
「このまま僕と結婚することが一番いいってことだ!」
「……」
「不快な思いをさせたことは謝る。すまなかった……だが、手紙にも書いた通り僕はナターリエ、君のことを───」
「ハインリヒ様? そこまで仰るなら私、どうしても説明してもらいたいことがあるのですけど?」
ハインリヒ様の話を遮るような形で私は割り込む。
薄ら寒い偽の愛の言葉なんて聞きたくもない。
そして──会場の人たちもいい感じに注目してくれている。
「せ、つめい?」
「ええ。たとえば───あなたが私に送ってくださった手紙の中に……『本当に一番大切なのはナターリエだと気付いた』という内容がありました」
「……そうだ! それは僕の本心だ! これまでナターリエと過ごして来た時間はかけがえのないものだとようやく気付いたんだ」
ハインリヒ様は自分に酔いしれているのか思ってもいないことを平気で口にする。
「失って……もしくは失いそうになって、私のことが大切だと気付いたと?」
「そうだよ」
「……」
よくもまぁ、そこで自信満々に頷けるものだわ、と色んな意味で感心してしまった。
「本心……では、何故かしら? ハインリヒ様、あなたがその手紙を書いたと思われる頃に、私ではない女性とデートをしている姿が目撃されていますけど?」
「なに……?」
怪訝そうな表情になったハインリヒ様に向かって私はにっこり微笑む。
「どういうことなのでしょう?」
「な、何を言っている? そんなはず……」
そう言って必死に誤魔化そうとするハインリヒ様。
「あら? そんなはずはないと?」
「ああ、ナターリエ。どこでそんな話を聞いたか知らないが、完全なでっち上げだよ」
その言葉を聞いて私はクスッと笑ってしまう。
「な、なぜ、笑う?」
「いえ、だってなんだか必死に否定するその姿が可笑しくて。ハインリヒ様ったらこう思っているでしょう? なぜなんだ? 最近は変装していたのにと」
「──!!」
ハインリヒ様の目が驚きで大きく見開かれる。
「そういう不慣れなことをするから、逆に目立つんですよ、ハインリヒ様」
「……な、え? 不慣れ……」
「慣れない変装をしてデートをしていたあなた達は、逆に街では目立っていたそうですよ?」
──明らかに不自然すぎる格好と雰囲気なのでどこにいてもすぐに分かりました。
報告者にはそう書いてあった。
「た、他人の空似だ! それは僕じゃない! ひ、姫……ヴァネッサ嬢とはもう会っていな……」
「───ハインリヒ様はそう仰っていますけど。貴女はどうなのです? お相手のヴァネッサ様?」
そろそろ彼女にも話に入って来てくれないと。
そう思った私はハインリヒ様の肩越しに彼女に向かって声をかけた。
「……え? 姫……!?」
「……」
ハインリヒ様は慌てて後ろを振り返る。
慌てる様子のハインリヒ様とは対象にヴァネッサ嬢は無言で俯いているため表情は見えない。
「ハインリヒ様のデートの相手はヴァネッサ様ですよね? ああ、貴女もそんなはずはない他人の空似と言います?」
「……」
ヴァネッサ嬢は無言。
どうやら答える気はなさそうだ。
(それなら仕方がないわねぇ……)
「───ヴァネッサ様、本日あなたがつけられているそちらのイヤリング、とても素敵ですね?」
「……え?」
想像していた話と違ったからか、俯いていたヴァネッサ嬢が慌てて顔を上げて私と目が合った。
私はふふっと笑みを深める。
入場の時にも見えた耳元のそのイヤリング。
まるでハインリヒ様の瞳を彷彿とさせる色の石が光っている。
「……実はですね。最近、人の迷惑も考えずに我が家に大量に宝石を贈りつけてきた方がいまして」
「ぐふっ!」
ハインリヒ様が変な声を上げた。
一方のヴァネッサ嬢は話の意図が見えずに不安そうな表情をしている。
「あまりにも数が多くて邪魔…………失礼、このまま眠らせるのは勿体ないわと思って宝石店の方に色々と相談していましたの」
本音は売り払うためだけどさすがにそれを今ここでは言えない。
二人は何の話だ? という顔で私を見て来た。
「その宝石屋の主人が、微笑ましいエピソードとして最近お店に来たというとても変装の下手だった貴族カップルの話をしてくれまして」
「……」
「……」
ハインリヒ様とヴァネッサ嬢がチラリと視線を交わす。
「女性の方が“ずっとあなたの瞳の色の宝石を身につけることが夢だったの”と言ったら男性の方も“僕もずっと姫に身につけて貰いたいと思っていた”と言って嬉しそうに鼻の下を伸ばしてあれやこれやと沢山購入していた、なんて話」
「……!」
ハインリヒ様の目が大きく見開かれる。
心当たりがあるのだろう。
「もちろん、購入した物にはイヤリングもあるそうで──あぁ、話で聞いた宝石の色とヴァネッサ嬢がつけているそのイヤリングは同じ色のようね?」
「……」
ヴァネッサ嬢がそっと自分の耳のイヤリングに手を伸ばす。
その手は震えていた。
(おそらく私に自慢するつもりで身に付けて来たのでしょうけど失敗だったわね?)
最初は他の話をしようと思ったのだけど、イヤリングが目についたのでこちらの話に切り替えることにした。
二人が密会してデートしていたことがこの場にいる人に伝われば、話そのものはどんなエピソードでも構わない。
「そうそう。そのカップル……男性は令嬢のことをずっと“姫”と呼んでいたのでとても印象に残っていたんですって」
「───!」
宝石屋の主人は、たまたまこんなカップルがいたんですよ、と単なる微笑ましいエピソードとして語ってくれたのだけど、それを聞いて私にはすぐに分かったわ。
その後、その日の二人のデートに関する報告書には宝石店に行っていたと書かれていたので確信した。
「ねぇ、ハインリヒ様? 男性が婚約者でもない女性に自分の瞳の色の宝石がついた装飾品を贈ることって普通のことなのかしら?」
「……っ!」
「そもそも婚約者がいるはずの男性が取る行動としてはどうなのかしら?」
「……っっ!」
「あのたくさん届いたハインリヒ様からの手紙はなんだったのかしら?」
「……っっっ!」
「あ、でもそれ以前に、二人はデートすらしていないはずなんでしたっけ?」
「……っっっっ!」
「まさか、ここに来て他人の空似なんて言ったりしませんよね? ハインリヒ様?」
私はここぞとばかりに一気に畳み掛けた。
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