【完結】ある日、前世で大好きだった人と運命の再会をしました───私の婚約者様が。

Rohdea

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31. 思い出したくない

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「……邪魔なヘンリエッテがいなくなってあなたは本当にそれで満足だった?」
「え?」

 私の言葉にヴァネッサ嬢が顔を上げて私の顔を見る。
 質問の意図が分からないのかヴァネッサ嬢は怪訝そうな表情をしていた。

「それで、あなたの大好きだったアルミンの心は得られたの?」
「……っっ」

 ヴァネッサ嬢の顔がカッと赤くなった。
 ヘンリエッテが処刑された時、アルミンとコルネリアは生きていたはずだ。
 もちろん、私はその後の二人のことは知らないし、歴史書にも載っていない。

(ヴァネッサ嬢のこの顔……コルネリアの望んだ通りにはいかなかったのでしょうね)

 だからこそ、ヴァネッサ嬢はアルミンの生まれ変わりのハインリヒ様に執着していた。
 前世で叶わなかった思いを今度こそ、と。


─────


 ヘンリエッテとテオバルトの結婚が間近に迫った頃、二人は揃って国王に呼び出された。

(嫌な予感がする)

 ヘンリエッテのその不安は的中し、そこで告げられたのは……

『私とテオバルトの結婚式を延期にする?』
『ヘンリエッテ。理由は分かるだろう?  ここのところ隣国の動きがきな臭い』

 どこか疲れた顔をした父王はヘンリエッテに向かってそう言った。

『結婚式なんてしていられる状態ではない』
『……!』

 隣国が危険───もちろん、ヘンリエッテもその報告は受けていた。
 だけど、事態はヘンリエッテが思っていた以上に深刻だった。

『……ヘンリエッテ様』
『テオバルト……』

 テオバルト宥めるようにヘンリエッテを優しく抱きしめた。
 愛しい人の胸の中でヘンリエッテはこれは仕方がないことだと考える。

 パルフェット王国は小国。
 大国である隣国はずっとずっと我が国を領土にしたいと狙っていた。
 最大の目的は海。
 それでも、これまで攻められずに済んでいたのは不可侵条約があったから。
 だけど……

(隣国は今年に入って、代替わりをしてしまったわ……)

 新たな王は、これまでの王よりも領土拡大にかなり前向きで好戦的な性格だと聞いている。
 それはつまり、もう条約の意味など無いに等しい───……

 そして、ほどなくして不可侵条約は一方的に破られ開戦。
 パルフェット王国にとって勝ち目のない圧倒的に不利な戦いが始まった。


─────


「……っ」

 ……ズキッ
 また、頭が痛みだした。
 これはこの先に起きたことを考えることはやめろという警告かしら、と思った。

 ズキン……ズキン……

「どうした、ナターリエ?」
「……う!  いえ、な、何でも……ありません」

 そう言って私は声をかけてくれたリヒャルト様から目を逸らす。

 頭痛は警告するかのように酷くなっていて、このままだと立っているのも辛いと感じるほど。
 だけど、心配をかけたくなかったからリヒャルト様の顔が見れなかった。

 でも、リヒャルト様はそんな私の異変を見逃すような人ではなかった。

「───ナターリエ」

 リヒャルト様がじっと私の顔を覗き込んでくる。
 ひぇっ!?  と私は心の中で悲鳴を上げた。

「ど、どうしたのですか!?」
「……」

 リヒャルト様の顔は真剣だった。
 頭のズキズキだけでなく胸までドキドキしてしまう。

「……ナターリエ、頭痛が起きているだろう?」
「うっ」
  
 あっさり見抜かれた。
 リヒャルト様はさらに怪訝そうな表情で続ける。

「それに加えて、かなり疲れているはずだ」
「疲れ……て?」

 そんなことはない、と言いたかったけれどその通りだった。
 パーティー入場前からハインリヒ様にイラッとさせられ、入場してからは浮気の暴露……そして前世の記憶を取り戻し……婚約破棄をもぎ取り、ハインリヒ様にそれを突きつけて……

(それより前から浮気の証拠集めにと奔走もしていたから……)

 疲れていないはずがなかった。
 そして、自覚するとどっと身体が重くなる。

「ナターリエ。少し休んだ方が……いや、今日はもう帰った方がいい」
「で、ですが……」
「この場は大丈夫だ。マリーアンネがいるから」
「そ、そういう心配では……」

 パーティーの心配はしていない。
 マリーアンネ様のことだから上手く仕切ってくれる。
 まだ、ヴァネッサ嬢への追及が残っている……そう言いたかったけれどリヒャルト様はそんな私の心さえも読んだかのように続ける。

「───ハインリヒと男爵令嬢……いや、アルミンとコルネリアとは別に話し合いの場を用意する」
「別に?」
「ああ。二人に前世の罪を今世で償わせることは出来ないけれど、このまま有耶無耶にはしたくないだろう?」
「……はい」
「俺も嫌だ。だが、今のハインリヒはまともに受け答えは出来ない。だから、今は休もう?」

 リヒャルト様のその言葉でズキズキ痛んでいた頭痛が治まっていく。

 確かに、まるで死んだかのように床に沈みこんでいるハインリヒ様とは今日はまともに話は出来そうにない。
 そして、私は何も言っていないのにリヒャルト様には分かっているんだわ。
 私がコルネリアに裏切られたことも。

「わ、かりました」

 私が頷くとリヒャルト様は優しく笑って私の頭を撫でた。

「よし、じゃあノイラート侯爵の所に行って挨拶してこよう」
「え?  帰……」

(帰るのではないの?  挨拶?)

 私が不思議に思っていると、リヒャルト様はそのまま私を横抱きにして抱えあげた。
 リヒャルト様って案外、力があるのね……ではなく!

 ──なんで!?  抱き上げる必要がどこにあるの!?

 リヒャルト様のこの行動の意味が分からず私が目を丸くして口をパクパクさせていたら笑顔のまま彼は言う。

「頭痛は治まっても疲れているナターリエを歩かせるなんて真似、俺には出来ないよ」
「!?」

(リヒャルト様って、こ、こんなこと言う人だった!?)

 私が赤面して硬直していると、リヒャルト様はポカンとしているヴァネッサ嬢をひと睨みする。
 睨まれたヴァネッサ嬢はビクッと震えた。

「お前とハインリヒにはまだ聞きたいことが残っている。逃げられると思うな?」

 ヴァネッサ嬢はすぐに真っ青になり、泣きそうな顔で頷いていた。




 その後のリヒャルト様の動きは素早かった。
 私を抱えたまま、マリーアンネ様の所に行ってパーティーのことを頼み、その足で今度はお父様たちの元へと向かう。

 ちなみにその間、王子に抱き抱えられている私への周囲の視線は凄かった。
 ここまで繰り広げた前世の話のせいか、妙にあたたかい視線に感じたのは気のせいではないと思う。
 それは、私の両親も同じで、私がリヒャルト様に抱かれていることには驚きもしなかった。

「ナターリエ、その……婚約破棄から色々あったが大丈夫か?」
「大丈夫……です」

 私が頷くとお父様はホッと安心したような顔になる。

「そうだわ。お父様、サインありがとうございました」
「突然、王女殿下が現れてサインしてくださいませ!  なんて言うから何事かと思ったよ」

 お父様は苦笑した。

「だが、これで婚約破棄は成立した。苦しめてすまなかった、ナターリエ」
「お父様……」
「安心してくれ。ベルクマン侯爵家からは慰謝料をがっぽりむしり取ってやる!」

 そう意気込むお父様を見て思わずクスリと笑ってしまう。
 この調子なら心配要らなそう。

「だから、ナターリエ。これからのお前は自分で好きな人を選んでいいんだぞ」
「え!」

(す、好きな人……?)

 そう言われて思わずリヒャルト様の顔を見てしまった。
 目が合ってボッと私の顔が赤くなる。
 私が慌てて目を逸らすとリヒャルト様は小さく笑ってお父様に向かって言った。

「ノイラート侯爵。その話はまた後日、改めて時間を貰いたい。とにかく今はナターリエをこのまま休ませたいんだ。王宮に泊まってもらおうかと思っている」
「え!  リヒャルト様?」

 その話?  後日?  改めて?
 気になる点は多々あれど、今日はこのまま王宮に泊まらせたいという話に驚いた。
 お父様はじっと私を見ながら言う。

「確かにかなり疲れているな」 

 お父様とお母様は、確かに馬車に乗せて帰るより……などと話している。

「リヒャルト様!  本気ですか?」
「本気だよ?  部屋はたくさんあるし。このままナターリエを帰す方が俺は心配だ」
「……」

 不覚にもその言葉に私の胸がキュンとする。

「ナターリエは嫌?  でも、どうしても帰りたいなら──」
「い、嫌じゃないです!」

 気付いたら私はそう答えていた。



 そうして今夜の私は王宮に泊まることが決定し、リヒャルト様は一向に降ろしてくれる様子がないので抱っこされたまま泊まる部屋まで運ばれている。
 そんなリヒャルト様の温もりとたまった疲れで私は段々ウトウトしてきてしまう。

「……ナターリエ?  眠い?」
「ん……」

(だって、この温もりが懐かしい……)

 遠い遠い過去。テオバルトにもヘンリエッテはこうして運ばれたことが何度もある。
 夢現でそんなことを思い出したせいなのか、私は半分寝ぼけながら口にした。

「……テオ…………ト」
「うん?  ナターリエ?」
「……ど、して…………私、を……置い……」

 ────どうして、私を置いて先に逝ってしまったの?  と。

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