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37. 盛大に勘違いする男 (ハインリヒ視点)
とうとう、リヒャルト殿下に王宮に来るようにと指定された日が来た。
(姫……ナターリエも来る……!)
僕はこの与えられたチャンスを……絶対に逃すわけにはいかない!
そう意気込んで王宮に向かい、案内された部屋に入ると……
「……あ」
「ハインリヒさま!」
僕の大好きな姫と同じ顔をしているけれど姫ではない偽者女が、部屋の中にいた。
そして僕を見て嬉しそうに微笑んで駆け寄って来た。
「ようやく会えたわ!」
その言葉に僕の顔が盛大に引き攣る。
すっかり忘れていた。そういえばこの偽者女もと言っていたか……
「パーティーでは気絶したように運ばれて行ってしまったから心配していたの」
「……」
ヴァネッサは妙に馴れ馴れしい様子で僕にまとわりついて来る。
なんなんだ? 僕はお前なんかと結婚する気はないのに。
確かそう書いた手紙もきちんと男爵家宛に送ったはずだ。
(まさかとは思うが……伝わってないのか?)
「ハインリヒさま?」
「……」
ヴァネッサがこてんと首を傾げる。
憎たらしいくらい姫とそっくりな顔しやがって。
コルネリア……あぁ、そうだ。
あの時、アルミンはコルネリアの言葉を信じたばっかりに……
(姫は……処刑されてしまったじゃないか!)
中身がコルネリアだと思うだけで大好きなはずの姫の顔すらも憎く見えてくる。
そう思ったらヴァネッサが僕に向かって伸ばして来ていた手を思いっきり振り払っていた。
「きゃっ!?」
パシンッ
静かな部屋に叩いた音とヴァネッサの悲鳴が響き渡る。
「手紙にも書いただろう? もう僕に話しかけないでくれ!」
「なっ……」
「僕は偽者なんかを妻にするつもりは無い!」
偽者……そう言われてヴァネッサの顔が怒りと屈辱で真っ赤になる。
「わたしは、そういうわけにはいきませんって手紙の返事を書いたわ!」
「返事? 知らないな」
「知らない!?」
そういえば、手紙が届いているのは見た気がするが中身までは読んでいなかったな。
すると、手紙を無視をされたと思ったヴァネッサがうるさく吠えだした。
(あぁ、本当に姫とは大違いだ)
僕の姫ならこんな風に耳障りな声でキャンキャン騒がないはずだ。
喚き続けるヴァネッサを煩わしく思いながら僕は姫……ナターリエが早く来ないかな、とばかり考えていた。
───そして、ノックの音と共に扉が開いた。
そちらに顔を向けるとそこにいたのは、どこかいつもと雰囲気の違う感じがするリヒャルト殿下と……
(!?!?)
ナターリエ……じゃない、ヘンリエッテ姫、姫ーーーーー!!!!
僕は三度見した。
しかし、どう見ても姫! ヘンリエッテ王女にしか見えない!
顔や髪色はナターリエ……なのだと分かる。
だが……化粧、髪型、ドレス、なにより醸し出される雰囲気が姫……ヘンリエッテ姫だ!
「────ひ、姫!?」
思わずそんな声が出てしまう。
一方のヴァネッサも横で言葉を失い口をあんぐり開けて凝視している。
「……姫、ね」
ナターリエ……じゃない、姫はそんな僕の言葉を聞いて小さく呟くとすぐににっこり笑顔を見せた。
その瞬間、僕は全てを理解した。
(ナターリエ……許してくれるのか?)
きっと、ナターリエはこの数日で目が覚めてくれたんだ!
そうだ! そうに違いない!
それで僕を喜ばそうと……ヘンリエッテの姿になったんだ。
僕のため……
ナターリエのことだ。その格好をしたら僕がどんな反応をするかは分かっていたはずだから!
(素直じゃないなぁ……)
あれだけ大勢の前で僕を告発し、婚約破棄をするなんて真似をしたから申し訳なくて照れているんだな?
それで、この格好で僕を喜ばせて許しを乞おうと……
なんだ。可愛い所もあるじゃないか!
そんなナターリエなら好きになってやれそうだ。
いや、姫だから好きだ。
僕がうっとりした気持ちで姫となったナターリエのことを見ていると、ついでにその横にいる殿下も目に入る。
(ん? そういえばリヒャルト殿下、いつもと様子が違う……とは思ったが……?)
よく見れば殿下の格好は前世のテオバルトがしていたようなかなり質素な装いだった。
伯爵家だったあいつは質素な服しか持っていなかったからなぁ……
そして、殿下の意図を理解した僕はニヤリと笑う。
ああ、そうか。
殿下もナターリエの前で前世の装いをして、自分は“テオバルト”だとアピールでもしようとしたんだろう。
可哀想な殿下……
そんなことをしてもナターリエ……いや、姫の心は手に入らないというのに!
「……驚いたよ……まるで姫そのものじゃないか」
「あら? ハインリヒ様──そう見えます?」
(ああ! ほら、その微笑み方! 間違いない! まさに本物のヘンリエッテ姫だ!)
興奮した僕はナターリエ……いや、姫に向かってとびっきりの顔で微笑みかける。
「ああ……とても、とても可愛いよ」
僕のこの甘いマスクでこうして微笑むと大抵、令嬢たちはみんな頬を赤く染める。
そして、ほぅ……と感嘆の息を吐くんだ。
そこの偽者女もそうだった。いつもうっとりした顔で僕を見ていた。
さぁ、姫も思う存分、僕に見惚れ───……
「……んがっっ!?」
突然、自分の身体にものすごい衝撃が走って僕はその場から吹き飛んだ。
いったい何が起きたのか。
全く分からなかった。とりあえず、身体が……痛いぞ?
「……」
吹き飛んだあと、とりあえず起き上がって見た。
すると僕の立っていた所に殿下がいる。
ふぅ、と息を吐きながら足を降ろしていた。
(こ、これはまさか……僕は蹴られた、のか!?)
なぜだ? なぜ僕が蹴られないといけないんだ!?
というか、リヒャルト殿下この間からやたらと暴力的過ぎないか!?
そんな目で殿下を見たら僕たちの目がばっちり合った。
「───あぁ、失礼。不快な言葉が聞こえてきたからつい」
「ふ、不快な言葉……ですか?」
僕の顔がピクピク引き攣る。
は?
待ってくれ。僕は“つい”で蹴られたのか?
「ナターリエに向かって“可愛い”などという発言をしていたような気がしたからな」
「!」
その言葉で理解した。
やはり、殿下も姫を狙っている。
まぁ、気持ちは分かる……テオバルトも前世では姫に惚れていたわけだから。
ヘンリエッテ姿のナターリエにはより心惹かれるだろう。
───だが、もう遅い!
残念ながら姫は僕とやり直しをする気でい…………
「───まさか、ハインリヒが自ら捨てたはずなのに、俺の最愛の“婚約者”となったナターリエに、今さらそんなふざけた発言をするとは思わなかったからな」
…………ん?
「ええ、本当に。思いませんよね、リヒャルト様」
「ああ。でも、ナターリエが可愛いのは本当だし……」
「リヒャルト様……」
そんな話をしながら姫と殿下が見つめ合って微笑んでいる。
は? 気のせいか? 姫の頬が赤い……ぞ?
「……」
そ れ よ り も!
今、なんて言った?? 最愛……の? え?
誰が誰の……最愛、だと?
(え? しかも婚約者……と言わなかったか?)
「こん……」
「───さて、そういうわけですので。ハインリヒ様にヴァネッサ様? 今日はたっぷりお話をしましょうか? …………前世のことも含めて、ね」
婚約者ってどういうことだ?
そう聞こうとした僕の言葉を遮って姫がこれまた懐かしい笑顔でそう口にした。
この笑顔……そして空気!
その姿はまさにヘンリエッテ王女……!
(あぁ、姫の微笑みだ……)
再びこの微笑みを見ることが出来たという喜びの反面……
“何か”を感じたのか、僕の身体は震えていて背中はすでにぐっしょりと濡れていた。
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