【完結】ある日、前世で大好きだった人と運命の再会をしました───私の婚約者様が。

Rohdea

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39. 叶えられなかった約束

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「なっ!?」
「……」

 ハインリヒ様の顔がスパイをしていたことを指摘した時とは違って、明らかに動揺した表情になった。
 つまり、スパイ行動に関しては自分は悪くないと主張していたものの、テオバルトを死に追いやったのは自分だという自覚はある───

(……やっぱり、アルミンだった)

 私はハインリヒ様をキッと睨みつける。
 ハインリヒ様は明らかに目を泳がせながら首を横に振る。

「な……何を言っているんだよ、姫……えっと、ナターリエ!」
「……」
「テオバルトは戦地に行かされてそこで死んだ、それだけだろう!?」
「……」

 私はもう一度、リヒャルト様と繋いでいる手を強く握る。

「何で僕が死に追いやったことになる?  テオバルトが戦死した時、僕は王宮にいたはずだ!  だから僕がテオバルトを手にかけるのは無理だ!」

 ハインリヒ様は当然のように否定して来た。

「───笑わせないで!  私はあなたが……いいえ、アルミンが直接テオバルトを手にかけたとは一言も言っていないわ?」
「……は?」
「でも、アルミンがテオバルトを死に追いやったのは事実よ!」
「だ、だから、なんのこと───」

 私の剣幕にたじろいだハインリヒ様がさらに目を泳がせたその時、リヒャルト様が動いた。

「───俺が……いや、テオバルトが行かされた戦地に本当に行くはずだったのは“アルミン”だったのだろう?」
「───!!!!」

 ビクッと明らかにこれまでとは違う身体の跳ね方をさせたハインリヒ様。
 顔色も悪くなり汗をダラダラと流し始めた。
 その様子が事実だと語っている───

「リヒャルト様……テオバルトは知っていたの?」
「……」

 リヒャルト様はそっと悲しげな表情で微笑むと、そっと私を抱き寄せた。
 そして私の耳元でそう口にした。

「すまない、必ず帰ると約束したのに」
「リヒャルト様……」
「殿下!  ──お、俺の姫に何をする!  ……し、しているんですかっ!」

 ハインリヒ様の気持ち悪い発言が聞こえてきたけれど、とりあえず無視をしてリヒャルト様に訊ねる。

「仕組まれていたと……知っていたんですか」
「知っていたというよりは──ほぼ生還が不可能そうな激戦地だったから、さすがにおかしいとは思っていたよ。口にはしなかったし納得するしかなかったけど」
「……あなたを……テオバルトも含めて最終的にはあの場所からは誰も戻って来なかったわ」

 私がそう口にすると、リヒャルト様が私を抱きしめている腕に力を入れた。
 そこから伝わってくる温もりと、リヒャルト様の心臓の音が“自分は今、ここにいる”そう言ってくれているみたいで涙がこぼれそうになった。

「そうか……だろうな」

 リヒャルト様もどこか寂しそうにそう呟いた。



 あの頃、戦況はどんどん悪化して遂には護衛騎士たちも戦場に赴くことになった。
 その中でテオバルトに降った命令は当時、一番の激戦地となる場所だった。
 そう。
 結婚こそ延期になったとはいえ、王女ヘンリエッテの婚約者が行くには明らかにおかしい。
 これではテオバルトに死んでこい……そう言っているも同然だった。

『……どうしてテオバルトが』

 大抵のことなら動じずに生きてきたお転婆姫と呼ばれたヘンリエッテもさすがにこれにはショックを隠せなかった。

『戦争においては皆、平等。特別扱いは出来ない。そういうことでしょう』
『分かっている……分かっているわ』

 テオバルトが拒否をすれば、結局代わりの誰かが選ばれるだけ───
 王女の婚約者という身分を盾にそんな横暴なことはしたくない。
 テオバルトのその気持ちは伝わって来たし、ヘンリエッテも充分理解している。
 だけど、数いる護衛騎士の中でもテオバルトの行先だけが明らかに酷い。
 ヘンリエッテにはその裏に何かがあるような気がして仕方がなかった。

『俺が無事に帰ってくれば済む話でしょう?』

 テオバルトはヘンリエッテを抱きしめながら、そう口にした。

『テオバルト……』
『必ず帰って来ますよ。こんなお転婆なヘンリエッテ様を一人には出来ませんからね』

 ヘンリエッテは、こんな時までそんなことを言って……と思わず微笑んだ。

『私の隣にいるのはテオバルト以外、考えられないの』
『───分かっていますよ、俺だってあなたの隣に他の男が並ぶなんて考えたくない』
『そうよ!  私はテオバルトと結婚して幸せな花嫁になるんだから!』
『もちろん。必ず、幸せにします───俺の姫』

 そう言ってテオバルトはヘンリエッテに優しいキスを落とした。

(無事に戻ってきて、またこうして抱きしめてキスをして──)

 ───でも、それが最後だった。
 交わした約束もヘンリエッテの願いも永遠に叶わなくなった。




「……テオバルトの戦死の報が届いた時、明らかに様子がおかしくなった人が二人いたわ」
「二人?」

 リヒャルト様が不思議そうに聞き返してきたので私は頷く。

「一人は、当時の軍の最高責任者……司令官だった人ね。彼は真っ青になって震えていた。不思議よね?  テオバルトの配属を決めたのは彼のはずで、こうなることは予想していたでしょうに」
「……」
「もう一人は……まぁ、言わなくても分かるでしょうけれど……アルミンね」

 ハインリヒ様が小さくヒッと悲鳴をあげた。

「アルミンは表面上は悲しい素振りを見せていたけれど、私には分かったわ。アルミンは明らかに浮かれていた。そして自分こそが次の私の夫候補なのだと言わんばかりの振る舞いを始めたわ」
「……ブレないな」

 リヒャルト様が素直に感心している。
 絶対、感心するところではないわよ?
 今思えばそんなアルミンの振る舞いが、コルネリアのヘンリエッテへの憎悪をますます強くもした気がするのだから。

「だから、私……ヘンリエッテはもう一人様子がおかしかった軍の最高責任者の元を訪ねようとしたのだけど……」
「だけど?」
「話を聞く前に彼は自死を選んだわ」

 リヒャルト様は息を呑んだ。

「遺書が残されていたわ────王女殿下に合わせる顔がない」
「それ……は」
「皆は、その遺書を見てテオバルトの戦死のきっかけを作ってしまった自責の念にかられての行動だと言ったけれど、私にはそれが少し違って見えた」

 突然、最高責任者かつ司令官を失ったパルフェット王国の軍はあっという間に崩れた。
 そこから王都に攻め入る隙を与えることになり……最期は──という流れになる。
 このことは巡り巡って国の滅亡を早めた……そんな気もしているけれど。

「……ナターリエ」
「リヒャルト様……」

 リヒャルト様は私を抱きしめながら、優しく背中を撫でてくれた。

「ナターリエももう分かっていると思うけど……アルミンは実家の力とコネを使って俺と自分の配属命令を無理やり変えさせていたんだ」
「……」
「テオバルトは戦地に着いてからその話を聞かされた」

 リヒャルト様の淡々としたその言葉は静まり返った室内によく響いた。

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