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40. 許せない
しおりを挟むこの話はハインリヒ様……いえ、アルミンのことを盲目的に愛していたヴァネッサ嬢もショックが大きかったのか驚愕の表情でハインリヒ様のことを凝視していた。
(ヴァネッサ嬢、そんな顔をしているけれど似たもの同士よね?)
コルネリアだってヘンリエッテが捕まったら命がないことを分かったうえで行動していたのだから。
そこで、ふと思った。
アルミンやコルネリアはその後どうしていたのだろう、と。
ヘンリエッテを助けるつもりでスパイになったアルミンは、結局ヘンリエッテが処刑されている。
一方、コルネリアは願った通りにヘンリエッテはいなくなったわけだけど、それでコルネリアは本当に幸せになれたのかしら?
(多分、二人とも幸せにはならなかった……そんな気がする)
そんな中、静寂を破るかのようにハインリヒ様が叫んだ。
「…………い、言いがかりだ! 僕はそんなことをした覚えは無い!」
「いいや? ───俺と同じ部隊に配属された男が言っていた。アルミン様のせいでテオバルト様も気の毒なことになりましたね、と」
「なに!?」
ハインリヒ様が睨むも、リヒャルト様はそのまま話を続けた。
「その男も貴族出身で無理やり戦争に駆り出されたようだった。やはり配属に納得がいかず、抗議しに行ったところで見かけたそうだ。自分と同じように配属命令に納得がいかなかったアルミンが父親と共に司令官に抗議している所を」
「なっ……!?」
「よっぽどあの激戦地には皆、行きたくなかったようで他にも目撃者は出て来たが……まぁ、皆、抗議は聞き入れられなかったようだが。一名を除いて」
ハインリヒ様の顔が盛大に引き攣る。
リヒャルト様のその言葉を聞いて、なぜアルミンの訴えだけが通ったのか私はようやく理解した。
(あの父親が一緒に……)
アルミンの父親でもある侯爵はかなり権力の強い家だった。
多くの派閥を持ち、軍にもコネがあったはずだ。
司令官も侯爵本人が出て来てしまえばその訴えを退けることは難しかった……
それくらい力を持っている人だった。
「そして、その男の話だとアルミンはわざわざご丁寧に自分の代わりに“テオバルト”を薦めてくれたそうだな」
「……!」
「──テオバルト様は王女様を娶るのに身分の低さという劣等感があり、せっかくのこの機会に功績が欲しいようなので喜んで僕と代わってくれると思います───アルミンがそう言っていたのをはっきり聞いたそうだ」
「~~~~っ」
ハインリヒ様が真っ青な顔のまま言葉を失っているので、これは本当のことなのだろう。
(許せない……)
ちゃっかり自分だけ助かろうとしただけでなく、理由をでっちあげてテオバルトを売ったというその非道さが許せなかった。
「ナターリエ……俺は大丈夫だから落ち着いてくれ」
怒りで私の身体が震えていることに気付いたリヒャルト様が優しく私を抱きしめ直す。
その温もりで怒りそのものは消えなくても身体の震えは落ち着いていく。
「約束したようにテオバルトはどんな環境に置かれても帰るつもりだった。だが、帰れなかったのは、ただただテオバルトの騎士としての実力が足りなかった、それだけだ」
「リヒャルト様……」
「ヘンリエッテ様の婚約者としても、一番の護衛騎士としても最後まで自分がそばに居たかったのに……すまない」
一番の……という所でハインリヒ様の身体がピクリと反応したのが分かった。
「私も……ヘンリエッテもそう思っていたわ。テオバルトに最後まで居て欲しかったと。だってヘンリエッテの一番の騎士は他の誰でもない……テオバルトだもの」
ピクピクピク……
ハインリヒ様の身体が更に反応している。
表情がよく見えないけれど、自分がヘンリエッテの一番ではないことに屈辱を感じているのだと思う。
そんなの当たり前のことなのにね。
(テオバルト……)
ヘンリエッテは逃げている最中も捕まってからも……そして処刑寸前までずっとずっと思っていた。
テオバルトが一緒に居てくれたらって。
テオバルトが生きていても戦争に負けてヘンリエッテが処刑される未来は変わらなかったかもしれない。それでも……
「リヒャルト様……」
「うん?」
私はギュッとリヒャルト様の背に自分の腕を回す。
「あなたはこんなことを聞いたら怒るかもしれないけれど」
「ん?」
「処刑されることは寸前まで怖かった……わ。でもね? その先にあなたが……テオバルトがいると思ったら最期は不思議と……」
「っっ! ナターリエ!」
最後まで言い終わる前にリヒャルト様も力強く私を抱きしめ返してきた。
「ねぇ、リヒャルト様。これは神様のサービスなのかしら?」
「サービス?」
首を傾げるリヒャルト様に私はふふっと笑顔を見せる。
「前世の記憶持ちで同時代に生まれ変わる奇跡なんてほぼ無いと聞いているのに……私たちはこうして再び巡り会えたわ」
「ナターリエ……」
「だからね、私は思ったの。前世で悲しい恋で終わってしまった私たちに今度は───」
「───それなら、姫の運命の相手は僕だっていいはずだろう!?」
ハインリヒ様が顔を上げたと思ったら私の言葉を遮ってそう声を荒らげる。
「前世の記憶を思い出したのは殿下とナターリエだけじゃないだろう! 僕もだ! しかも僕は姫……ナターリエとは生まれた時からの運命で結びついた婚約者だ! 絆は僕の方が深い!」
「ハインリヒ様。婚約者“だった”に訂正して」
「……ぐっ」
「それに絆ですって? 壊した張本人が何を言っているの?」
私が冷たい目で睨んで訂正を申し付けるとハインリヒ様は悔しそうに唇を噛んだ。
しかも、ハインリヒ様は故意なのか無意識なのかまるっとヴァネッサ嬢の存在を除外している。
除外されたことに気付いたヴァネッサ嬢は悔しそうな表情をして俯いていた。
そして、ハインリヒ様は再び吠える。
「──くっ! それから、さっきからずっと気になっていたが……なんで二人がそんなに親密そうに抱き合っているんだ! おかしいだろう! 離れろ!!」
「……」
私とリヒャルト様が顔を見合わせる。
「ナターリエ! そもそも今日の君は僕を許してくれるつもりだったから姫の格好をしてくれているんだろう? 僕の姫への深い愛にようやく気付いてくれて、それで僕を喜ばそうとしてくれたんだと分かっている!」
「は?」
「それなのに、僕の前で……テオバルトの記憶を持つ殿下と抱き合うなんて……まさか、これは仕返しのつもりなのか!?」
「仕返し……」
「そんなことで嫉妬させるなんて可愛くないぞ!」
やっぱり思った通り、おめでたい思考をしていたわね、と思う。
これはそろそろ、本気で分からせないといけない。
今も過去も私が愛しているのはたった一人だけなのだと。
そう思った私はにっこり微笑む。
「!」
すると、ハインリヒ様の頬がポッと赤く染まった。
「……仕返しなんかじゃないわよ?」
「ナターリエ?」
「───だって、私は自分の婚約者と触れ合っているだけなんだもの」
「……え?」
ハインリヒ様が驚きの声を上げた。
やっぱりリヒャルト様に蹴飛ばされた時のこと理解していなかったのね?
(まぁ、その後何か言いたそうにしていた所でわざと話を遮ったのは私だけれど)
そんなハインリヒ様の驚く顔を見て私はさらに笑みを深める。
「聞こえなかったかしら? 私は愛しの婚約者であるリヒャルト様に触れたかっただけ」
「……愛し……の? は? こん、やく……しゃ」
ハインリヒ様が驚愕の表情で、今も抱きしめ合っている私とリヒャルト様の顔を交互に見た。
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