【完結】ある日、前世で大好きだった人と運命の再会をしました───私の婚約者様が。

Rohdea

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41. 逃げても無駄

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「う、嘘だっ!!」 

 室内にはハインリヒ様のそんな声が響く。
 ハインリヒ様は信じられない!  と、何度も何度も首を横に振る。

「そ、そんなことは有り得ない!」
「──あら、どうして?」

 私はクスリと笑いながら訊ねる。
 思った通りの反応が返ってきたことが嬉しくて、先日のマリーアンネ様もしていた悪女みたいな微笑みになっている気がするわ……
 ま、いっか。

「私とハインリヒ様の婚約破棄は成立しているのだから、なんの問題もないでしょう?  婚約中に浮気三昧だったあなたとは違って、ね」
「……ぐっ」

 婚約中に不貞したハインリヒ様と一緒にしないで欲しいのではっきりそこは主張しておく。

「ま、まだ、パーティーから数日しか経っていないじゃないか!」
「それが何か?」
「殿下はテオバルトだった。だから……姫……ナターリエのことを狙うのは、わ、分かる……だが!  今は王子だぞ?  そんな早く婚約なんて出来るか!」

 ハインリヒ様は頑なに信じたくないらしい。

「出来るか!  と言われても困るわ?  実際出来たわけだし……」
「~~~っ!  ナターリエは“婚約破棄”の経験を持つんだぞ?  そんな瑕疵持ちの女を王家がそんな簡単に許すはずがないじゃないか!」
「……」

 私はリヒャルト様と目を合わせた。
 リヒャルト様の目も心の底からハインリヒ様に呆れていた。
 そして多分、今私たちは同じことを思っている。

(お前が王家の何を知っているのよ?  と)

 そう言い返しても構わないけれど、私は敢えてハインリヒ様にとって、もっと嫌であろう言葉で口撃する。

「そんなことないわよ、ハインリヒ様。あなたのおかげで、びっくりするくらい周囲に反対されることなく話が進んでいるんだもの」
「……は?  僕の…………おかげ?」
「ええ、そうよ!  あなたのおかげ!  ありがとう」

 私は満面の笑みで返す。

「……ハインリヒ。お前がそこの男爵令嬢と堂々と不貞してくれたからな」
「え……」
「その証拠をナターリエは、きっちり隙なくたくさん集めていた。そのことからこれはハインリヒの一方的な心変わりによる不貞であり、ナターリエに一切の非は無いことが認められたというわけだ」
「非……は無い」
「そうだ。正式な発表こそまだだが、重要なポストについていてこの話を知っている者たちは皆祝福してくれている」

 その言葉にハインリヒ様がハッとする。

「重要なポストについている者……たち?」
「ああ、そうだが?  国王陛下と王妃はもちろん、各大臣や主要なにもすでに皆、話が通っている。当然だろう?」
「……主要な高位貴族……に」

 ハインリヒ様が呆然とした様子で高位貴族という言葉を繰り返す。
 おそらく今、彼はこう思っている。
 ───どうしてそこにベルクマン侯爵家が入っていないんだ?  と。

 何も知らされていないベルクマン侯爵家。
 もちろん、それが意味することは一つ。

「そういうわけで、お前は知らされていなかったようだが、ナターリエは正式に認められた俺の大事な婚約者だ!」

 リヒャルト様が私を強く抱きしめながらハインリヒ様にそう宣言する。
 本当は最終的な後押しとなったのはリヒャルト様による私への長い長い片想いエピソードだったけれど、それをわざわざハインリヒ様に語る必要はない。

「そん……なバカな」

 ハインリヒ様は信じられないという顔で口をパクパクさせていた。
 リヒャルト様はそんな彼にとどめを刺すように言った。

「ああ……だが俺からもお前に一言。浮気してくれてありがとう、ハインリヒ」
「んなっ!?」
「お前のおかげで……俺はもう一度ヘンリエッテ様に会えて……そして今世では一緒になれる」

 リヒャルト様がほんのり頬を赤く染めてそう口にした。

「もう!  テオバルトったら」
「だってその通りだろう? ヘンリエッテ様」
「そうですけど!」

 私たちは敢えてわざと互いを過去の名で呼びながら仲睦まじい様子を見せつける。
 リヒャルト様は愛しそうに私を見つめるとそのまま顔を近づけてチュッと私の額にキスを落とした。

 ──きっと、前世に囚われているハインリヒ様にとっては今の光景がヘンリエッテとテオバルトに見えていたはずよ。
 すると、思った通りその光景を見たハインリヒ様が真っ赤になって怒り出す。

「くっ……おい!  やめろ……僕の姫に…………何をする!!  離れろ!  テオバルト」 
「───触らないで!」

 ハインリヒ様が手を伸ばして私とリヒャルト様を引き離そうとして来たので、私は思いっ切りその手を払って叩き落とした。

「……痛っ、ひ、姫……!?」

 思っていたよりも痛かったのか、ハインリヒ様は手を擦りながら驚きの目で私を見つめる。
 ちょっとその顔は泣きそうだった。

「僕の姫?  いい加減にその気色悪い呼び方をやめて!  私は……ヘンリエッテはあなたの姫なんかじゃない!」
「……え?  ひ……め?」
「よーく、聞きなさい!  ヘンリエッテはアルミンじゃない、テオバルトの姫よ!」

 ガンッとショックを受けたような顔になるハインリヒ様。
 ようやく……ようやく、少しだけ伝わった……のかもしれない。
 それならばと私は一気に畳み掛ける。

「それに……アルミン?  あなたヘンリエッテのどこが好きだったの?」
「…………え?」
「顔よね?」 
「か、お?」

 ハインリヒ様が呆然とした表情で呟く。
 なんでそんな反応?  無自覚なの?

「だって、あなた初めて会った時からずっとヘンリエッテの顔に見惚れていたじゃない?」
「い、いや!  そ、それは」
「だから、何の違和感も抱かずにそこの顔だけのヴァネッサ様にコロッと心が移ったのでしょう?」
「!」
「そ、そこの顔だけ!?  酷い……!」

 ヴァネッサ嬢が文句を言っている。
 私はチラリと一瞬だけ視線を向けたけど、すぐにハインリヒ様に視線を戻す。

「ヴァネッサ様、頑張ってヘンリエッテを演じていたようだけれど、明らかなボロも出ていたにも関わらず全く気付かなかったわよね?」
「うっ……」
「あなた、顔以外どこを見ていたの?」
「うっ……」
「今だって“ヘンリエッテ風”の化粧と装いをしたナターリエの私に見惚れて、初めて私……ナターリエに向かって“可愛い”などと口にしたわ」

 思い出すだけで気色悪い。
 だからこそ、リヒャルト様のあの蹴りは最高だったわ。
 私はうっとりした気持ちでハインリヒ様に蹴りを入れたリヒャルト様の姿を思い出す。

「───ハインリヒには、ナターリエの可愛いところなんて分からないのだろうな」
「そ、そんなことは……ない!」

 リヒャルト様の言葉に必死に否定しようとするハインリヒ様。
 そんなハインリヒ様をリヒャルト様は笑い飛ばした。
  
「ははは、無理するな。ヘンリエッテ様の顔が好みなだけなら、そこのまがい物の女でも充分だろう?」

 リヒャルト様がそこ……と言ってヴァネッサ嬢に指をさす。

「……!」
「幸い、彼女は今のお前のことも愛してくれているようじゃないか、よかったな!」
「よ、よくなんか……」

 ハインリヒ様がフルフルと首を横に振る。
 なかなか頷かないので私も応戦することにした。

「あら?  でもヴァネッサ様との結婚は嫌だと言われているのに、諦めずに追いかけてくるところなんて……ハインリヒ様にそっくり。二人ともお似合いよ?」
「え……」
「あなたも、そうだったでしょ?  ハインリヒ様。私の話なんて聞く耳持たず、婚約破棄の話を延々と無視し続けたわ」

 ハインリヒ様が慌てて振り返ってヴァネッサ嬢の顔を見た。
 そして真っ青になっていく。
 他人を見てようやく自分のして来た行動というものをようやく理解したのかもしれない。

(ま、もう遅いけれど)

「ああ、でも安心して、ハインリヒ様?」
「……?」

 ハインリヒ様の表情が不安そうに揺れる。

「今、お父様たちが婚約破棄の慰謝料の条件について話し合ってくれているでしょう?」
「……っ」
「その中にしっかりとヴァネッサ嬢への責任を取ることも盛り込んであるから。逃げても無駄」
「!?」

 ハインリヒ様の目が嘘だろう、と言っていた。
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