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「おはよう、ユイフェ」

  スリスリ……

  ジョシュアはその言葉と共に毎朝の挨拶の中で、本当にその風習を組み込んで来るようになった。

  フニッ 

「おは……よう、ジョシュア」
「……」

  何故かジョシュアは、ちょっと不満そうに黙り込む。
  ついでにフニってる手も不満そう。
  知らなかった。意外とこのスリスリやフニフニと言う行動は気持ちが真っ直ぐ伝わって来るものらしい。

  (何故、これで愛を伝える?  と思ったけれど。フニフニ……侮れないわ)

「……?  わたひ、なにかひた?」

  (くっ!  フニっとされてるせいで上手く喋れないじゃないの!)

  とんだ弊害だわ!
  でも、私が何を言いたかったのかはちゃんと伝わったらしく、私のその質問にジョシュアはどこか拗ねた声で答えた。

「……ユイフェからはあの日以来、お返しをしてくれない」

  フニッ

「ひぇ!?  おはえひ?」
「そう。僕だけが毎日、こうしてユイフェの頬を堪能している…………夫婦なのに」

  フニフニ……
  
「ま、まっへ!  ふ、ふうふといっへも、わたひたひ、へいはふの……」
「ユイフェ」
「えっ」

  フニフニ攻撃が終わったと思ったら、今度はグイッと腕を取られ引っ張られた。
  私はジョシュアの胸の中に飛び込む形なり、そのまま抱きしめられる。

  (何で!?)

「もう!  ジョシュア!」
「可愛い可愛い僕のお嫁さんのユイフェがつれない……悲しいよ」
「なっ!  ど……!」

  その言葉に私の顔が真っ赤になる。
  ここは屋敷の中なのに!  
  妻を愛していますアピールを家でまでする必要なんて無いのに!

  (本当に調子が狂うわ)

  気持ちが落ち着かなくなった私はそのままジョシュアの胸の中に自分の顔を埋めた
  トクンットクンッとジョシュアの心臓の音が聞こえる。
  少し早いのは気のせい?
  それよりも、こうして心臓の音を聞いていると安心する。

  (ジョシュアが生きている……)

  やっぱりそれだけでも嬉しい。
  私の調子は狂わされてばかりだけれど!
  そうだ、狂うと言えば……

「……」

  一か月前。
  本来なら“あの事件”が起きる日に、私はジョシュアに契約結婚を持ちかけ、事件の回避をした。そして先日、私とジョシュアは結婚を発表。不仲説も流れていたらしいけれどこの間のダンスパーティーでその噂も一蹴した。

  (“あの人”はそれをどう思っているのかしら?)

  今のところは大人しくしているようだけれど、いつ接触を図ってくるか……
  そして、きっと接触は避けられない事も分かっている。

  (でも、守るんだ……今度こそ!)

  その為に私は契約結婚なんて話を持ちかけてまで“ジョシュアの妻”という立場を手に入れたのだから。

「ユイフェ」

  ……ギュッ!
  ジョシュアの私を抱きしめる腕の力が強くなる。
  私の胸がドクンッと大きく跳ねた。

「ジョ、ジョシュア?  ど、どうかした?」
「うん…………何だろう?  ユイフェが遠くに行ってしまいそうな気がして」
「え?  遠く?」

  チュッ

  そう言われて額に口付けを落とされる。

「……ユイフェは、……こうして僕の腕の中にいるのにね」
「ジョシュア?」

  スリスリ……フニッ

「手を伸ばせば……こうして触れられる距離に……」

  (……ジョシュアの様子が……変?)

  何故だかいつもと様子が違う気がして妙に気になった。

「……」
「……」

  そのままジョシュアは黙り込んで無言のまま私を抱きしめる。
  しばらくしてから、静かに口を開いた。

「なぁ、ユイフェ」
「……何?」
「僕達……やっぱり、寝室を一緒にしないか?」
「え!?」

  そのとんでもない提案に驚いた私は、びっくりして思わずジョシュアから身体を離す。

「ま、ま、待ってよ!  そ、それは」
「い、い、いや!  そうではなくて……!  最初から言っている通りの部屋だけで……!」

  契約結婚の私達は白い結婚と取り決めたはずなのに!

  でも、何故かジョシュアはずっと「ベッドは別でも構わないから寝室は一緒にしたい」と言っていた。
  絶対に私の心臓が持たないので濁して来たけれど。

「……ユイフェが、せ、せめて、同じ部屋にいてくれたら……そのぐっすり眠れる気がして」
「え?」

  その言葉に驚いた。
  
「ジョシュア……眠れていないの?」
「眠ってはいるよ?  ただ、安眠出来ない……と言うか……」
   
  (私と同じ……)

  眠ろうとすると、どうしてもあの悲劇の日を夢に見るのが怖くて怖くて仕方がない。
  自分に関する事は記憶が曖昧だからかそこまでの恐怖は無い。
  怖いのは……

  (どんどん冷たくなっていくジョシュアの身体……)

「……」

  私はそっとジョシュアに手を伸ばす。そして、彼の頬を……

  フニッ

「……ユイフェ?」
「へ、部屋は同じにしましょう……で、でもその……」

  私のたどたどしいその言葉にジョシュアの表情が嬉しそうな顔になっていく。

「分かってる!」
「ほ、本当に?  本当に分かってる?  へ、変な事したら……えっと、そう!  フニフニの刑だからねっ!?  こ、こんな風に!」

  フニフニ!

  と、私はジョシュアの頬をたくさんフニった。

「ははは!  そへもひひへ!」
「?」

  この時は、何故ジョシュアが嬉しそうに笑うのか分からなかったけれど、よくよく考えたら、フニフニの刑は別に罰なんかじゃなかった……と後から気付いた。


*****


「朝から疲れたわ……」

  朝食を終え、仕事をするというジョシュアを見送った後は、とりあえず部屋に戻る。
  そして、ベッドに突っ伏しながらそんな、独り言を呟いた。

  (ジョシュアは何を考えているのかしら?)

  この間の、ダンスパーティーのあの恥ずかしい数々の言動や行動は、周囲に疑われないように新婚の妻を愛している、という演技だった事は理解したのに……

  (何でその後も甘々が続くの……?)

  謎の風習の次は、寝室……

「契約がどんどん書き換わっているような……」

  でも、眠れないと言うのはやはり放ってはおけない。
  だって、ジョシュアには元気でいてもらいたい!
  だから、近くで見守る……という、目的のためにも了承した。

  (ジョシュアは愛してもいない人に無体を働くような人じゃないもの)

  かつてその事を信じ切れなかったあの頃の私を殴りたい。

  (今なら分かる。はあの人が仕組んだ……)

「……絶対、同じ事はさせない!」

  そう意気込んだ時、部屋の扉がノックされる。

「はい」
「奥様、奥様宛てに手紙が届いているのですが……」

  そう言って顔を出したのはメイドの一人。

「私に手紙?  誰から?」
「そ、それが……ジョシュア様宛ての間違いではないのかとも思ったのですが」
「旦那様宛てと間違う?  どういう意味かしら?  とりあえず渡してちょうだい?」

  何故か言い淀むメイド。
  私はその手紙を受け取って確認してみたけれど確かに宛名は私になっている。
  何故、メイドは宛名が間違いだと思ったのかしらと手紙をひっくり返して差出人の名前を見た。

「……っ!」

  (あぁ、そういう事……)

  私はそこに書かれていた差出人の名前を見て少しだけ動揺した。

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