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第三話 複雑な気持ち
しおりを挟むそして、翌朝。
お父様は私の顔を見るなり「そこに座れ」と言った。
これは、経験上ろくな話ではない。そう悟った私は大人しく従う事にした。
「アイリーン。確かに結婚相手を早く見つけろとは言った」
「はい」
「男なら誰でも構わん! そうも言った」
「はい」
「お前が昨夜行ったのは、アディルティス侯爵家のパーティーだった」
「はい」
お父様の話は要領を得ず、しかもチクチク長そうなので私はとりあえず返事だけを返す。
そんなお父様の顔色は良くない。
「では、聞こう。あれは何だ?」
「…………贈り物ですね」
「贈り主は?」
「アディルティス侯爵家令息、ヴィンセント様ですね」
私がそう答えるとお父様が膝から崩れ落ちた。
「何がどうしてそうなった!?」
「あー……」
指輪を拾ったら運命の人だと言われただけです。
と、言ったところで……多分信じない。
「なぁ、アイリーン。今のところ侯爵家からは、何も連絡は来ていない。だが、まさかとは思うがお前が花嫁に……?」
「……」
「その見慣れない指輪はヴィンセント殿からの贈り物か!?」
「……」
「何故、黙る!? その石はアメジスト! まさにヴィンセント殿の瞳の色ではないか!」
……お父様、目ざというえに詳しいわね。
それより、どうしてお父様はそんなにショックな顔をしているのかしら?
男なら誰でも構わん! ではなかったの?
私は首を傾げた。
そしてどうやら、私のそんな疑問はお父様に伝わったらしい。
「決まっているだろう! お前にアディルティス侯爵夫人の役目が務まるとは思えないからだ! 怖すぎる」
「!」
「結婚相手は見つけて欲しかったが、そんな大物を……まさかの大本命を釣りあげて来いとは言ってない!」
なんて酷い言い草なの。
しかもお父様はその後「その辺の小者で良かったのに」とかそれはそれで大変失礼な事を言っていた。
「相手を見つけられなくても文句。一応? 見つけても文句ってどうなのよ」
部屋に戻った私は一人、ベッドに突っ伏しながらお父様の発言に対して不満を言う。
面と向かって言ってしまうと話が長くなる事を私は知っている。だから不満はこうして一人の時に言うに限る。
でも、お父様の気持ちも分からなくはない。
(未だに、私自身が信じられないもの)
そして、私も“婚約者が決まりそうで良かったわ”とならないのは相手が相手だから。
なぜ、よりにもよってアディルティス侯爵家の人間なのか。
現在、我が国に公爵家は存在していない。
つまり、王家に次ぐ二番手は侯爵家となる。
そんな侯爵家の中でもアディルティス侯爵家はトップに君臨する。
「そんな家に嫁ぐとか……どうなのよ。しかも指輪が選んだ運命の人です、なんて理由で!」
私は指輪のはまった左手を見る。
相変わらず抜けそうに無かった。
結局、自分はやっぱり男運が無いのではないか。
そう思わされた。
「そう言えば、ヴィンセント様は何をくれたのかしら?」
実は朝、目が覚めるとヴィンセント様からの贈り物が届いていた。
だから、お父様はあんな様子だったのだけれど。
昨夜、突然驚かせた事のお詫び……と聞いている。
「高価な物だったら困るわ」
そう思いながらドキドキして箱を開けるとそこに入っていたのは……
「クリーム! それも侯爵家御用達の!」
社交界で噂のクリームだった。
一度使うだけで肌がぷるっぷるになると言うそのクリームは侯爵家の専売特許品。
侯爵家にツテがない者はお目にかかれない代物だ。
まさか、私がこれを手にする日が来るなんて!
クリームを持つ手が震える。
「……ヴィンセント様……恐ろしい人!」
彼は何とも私の絶妙なツボをついて来ていて、早速絆されそうになってしまう。
(ダメダメ! そんな簡単に絆されてはダメよ)
必死に自分に言い聞かせた。
*****
「えぇと、本日は何をしにいらっしゃったのでしょうか?」
「え? 嫌だな、まずはお互いの事を知るべきだと話をしたじゃないか」
さらに翌日。
その日、ヴィンセント様が我が家に現れた。
(お父様が留守で良かったわ。絶対騒ぐもの)
「だから、カドュエンヌ伯爵令嬢。君をデートの誘いに来ました」
「デ、デ、デート……!」
自慢にもならないけれど、そんなもの生まれてこの方一度もした事ないわ!
あのかつての元婚約者はそんなお誘いすらしなかったもの。
「プハッ」
「……何故、笑うのですか?」
突然、ヴィンセント様が笑い出したので私はムッとして答える。
「いや、だってすごい顔をしているからさ」
「……」
「いやいや、笑ってごめん。可愛いよ」
「か、可愛っ!?」
そんな言葉も初めて言われたわ!!
ヴィンセント様はまだ少し笑いを堪えながら私の頭を撫でた。
(そう。この方は笑い上戸。些細な事でもよく笑う──……)
あれ?
だから、どうして私はそんな事を知っているの?
ヴィンセント様とはこの間まで顔を合わせるどころかまともに会話だってした事が無かったはずなのに。
やっぱり私どこがおかしいかもしれない。
「……カドュエンヌ伯爵令嬢?」
「え、あ、すみません……ちょっと考え事を」
「そう? ところでさ、カドュエンヌ伯爵令嬢」
「はい」
ヴィンセント様が真面目そうな顔付きに変わったので、これは大事な話かもしれない! 指輪にまつわる話とか!
と気を引き締めたのに……
「カドュエンヌ伯爵令嬢って呼ぶのは長いと思うんだよ」
「はい?」
「アイリーンと呼んでもいいだろうか?」
「っ……あ、は、い。どうぞ……」
(びっくりしたぁ……拍子抜け)
それに何故かアイリーンと呼ばれて胸がドキッとしてしまった。
何でかしら?
「僕の事はどうぞヴィンセント、と。アディルティス侯爵令息なんて長ったらしくて嫌だろう?」
「……ありがとうございます。それでは、お言葉に甘えてヴィンセント様と」
「うん! アイリーン」
「っ!」
ヴィンセント様は嬉しそうに笑ったけど、その笑顔が眩しすぎてあまり直視出来なかった。
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