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第二話 不思議な指輪と夢
しおりを挟む「あー……突然、申し訳ない。あまりにも嬉しくて興奮してしまった」
「……え、あ、あの?」
「その指輪は不思議な指輪でね? 僕の“運命の人”を教えてくれるものなんだ」
いまだに何が起きたのか分からず混乱する私の目の前で、ヴィンセント・アディルティス侯爵令息様はニッコリと微笑んで言った。
「突拍子のない話で信じられないかもしれないけど、本当なんだよ。我が、アディルティス侯爵家の人間は代々そうやって生涯の伴侶を選んで来たそうだ」
「……はんりょ」
困ったわ。私の脳内が考える事を拒否している。
「君もアディルティス侯爵家の人間が特殊な方法で結婚相手を見つけるという話は聞いた事があるだろう? それがこの不思議な指輪の力なんだ」
私はその言葉を聞きながら、チラリと自分の指を見る。
目の前の彼がたった今、口にした“不思議な指輪”
それは何故か今、私の指にピッタリとはまっている。そして困った事に抜こうとしても抜けない。
「えぇと、それはつまり……」
「うん。そういう事だよ。その指輪をはめている、いや、はめる事が出来る君こそが僕の運命の人なんだ」
「わ!! ……私……が、ですか!?」
驚きのあまり声が裏返ってしまった。
だって、それくらい今起きているこの事が信じられない!
「私は、こ、この指輪を拾っただけです。なのに勝手に私の指に……」
「らしいね。運命の人が指輪を初めて手にするとそういう現象が起きるらしいよ。ちなみに運命の人以外が触れても指にはまる事は決して無いらしい」
その言葉を聞いて私の顔が思わず引き攣る。
(何それ、怖い!)
「……そんな夢みたいな話が」
「起こるらしいんだよ。そして、実際に起きたみたいだね」
ヴィンセント様は、うんうんと頷いている。
真顔でそんな事を言われても……私はたじろぐ。
「だからね? 僕の花嫁は君なんだ、アイリーン・カドュエンヌ伯爵令嬢」
「!!」
私がどこの誰かも知られている! 名乗っていないはずなのに!!
頭がクラっとした。
「……え? うわっ、カドュエンヌ伯爵令嬢!?」
今度こそ私は卒倒した。
────……
『わーい! 新刊が出てる!』
本屋にいる“私”はそう口にしながら、最新刊の発売を首を長くして待っていた本を見つけてウキウキした気持ちで手に取る。
『前回、気になる所で終わってたからなぁ。ヴィンセント様とステラのすれ違いは解消されたかな~?』
“私”は今、この小説にはまっていた。
代々家に伝わる指輪を用いて“運命の人”を選出するという家に生まれたヒーロー、ヴィンセント様と、そんな指輪が無ければ本来なら結ばれる事が絶対に叶わない平民ヒロイン、ステラの恋愛小説だ。
『指輪のおかげで出会った二人だもん! 絶対にハッピーエンドになってもらわなくちゃ!』
そんな事を言いながら“私”は最新刊を持ってレジへと並んだ──
─────……
「…………っ!?」
声にならない声を上げて目を覚ました。
(今のは何? 夢? あの女性は誰?)
「……?」
いったい何だったのか。だけど考えたくてもよく分からない。
分からないのにどこか懐かしい気持ちがする。
(どういう事なの……)
だけど今の私には夢よりももっと気にしなくてはならない事がある。
そう。
アディルティス侯爵家の指輪の話……
(指輪の話こそ夢であって欲しい)
そんな事を思いながら頭を抱えつつどうにか身体を起こす。
それより、ここはどこ?
私は庭に向かう途中の廊下で倒れたはずー……
「カドュエンヌ伯爵令嬢、大丈夫? 目が覚めた?」
「あ……」
その声で完全に目が覚めた。
「アディルティス侯爵令息様……」
「突然倒れてしまったから心配したよ。とっさに支えたから頭は打っていないと思うんだけど」
「す、すみません。お手数をおかけしました」
ヴィンセント様はとうやら空いている部屋に私を運んでくれたらしい。部屋の隅には侯爵家のメイドが静かに控えている。
(それで、私は……?)
「カドュエンヌ伯爵令嬢……申し訳なかった!」
未だに混乱する頭の中を整理しようとしたら、ヴィンセント様が突然私に頭を下げた。
「え? あ、頭を上げてください……何故、謝罪を?」
侯爵家の令息に頭を下げさせるなんて、私は何様なのかと思ってしまうのでやめて欲しい。
「君の気持ちも考えずに、嬉しくてはしゃいで先走ってしまった……」
「指輪の事とか、運命の人……えぇと、花嫁の事ですか?」
「うん。こんなにすぐ見つかるとは思っていなかったからさ」
(──でしょうね。だってヴィンセント様はステラが……)
ん? 何故、私はその言葉に同意を? それにステラって誰?
自分で自分の思考に戸惑う。
(と、とりあえず今は、私の事よりヴィンセント様よ)
そう思い直して彼を見る。
さっきまでと違って今はちょっと落ち込んでいる様子に見えるのは私が倒れてしまったせいかしら。
私は自分の左手にはまっている指輪に視線を移し、そっと外せないか動かしてみる。
……抜けない。やっぱりダメだった。
「本当に私が……あなた様の運命の人? なのでしょうか?」
「うん。指輪はそう言っている」
「……」
そう言われても……
そんな私の不満な気持ちが伝わったのか、ヴィンセント様はますます落ち込んだ顔を見せる。
「ところで、カドュエンヌ伯爵令嬢。君には今、婚約者はいないはずだけど、その……誰か想い人などはいたり……するのだろうか……?」
そう切り出すヴィンセント様の表情はどこか不安げだ。
「それ、運命の人とか花嫁とか言い出す前に確認する事ではありませんか?」
「…………すまない」
「いませんよ、いませんが……」
「そうか! それは良かった!」
ヴィンセント様は安心したのか今度は笑顔を見せた。
この方は思っていたよりも喜怒哀楽の激しい人なのかもしれない。
それよりも。
何故、私に今、婚約者がいない事を知っているの?
そんな疑問が頭の中に浮かぶも、直ぐにあぁそうかと思い直す。
(婚約者探しに必死になってあちこちのパーティーやら夜会やらに私が顔を出しているのを知られていたのかもしれない)
「……えっと、カドュエンヌ伯爵令嬢! まずは僕の事を知って欲しい! 僕も君の事を知りたい! だから、まずは互いを知る事から始めよう!」
「え?」
ぼんやり考え事をしているうちに、話が進んでいる!
「今はまだ花嫁になるとかは考えなくてもいいから! ね!?」
「わ、分かりました……」
少々強引な推しの強さに負けて私は頷く事しか出来なかった。
そして、そのせいでさっき見た夢の事は頭の中からすっかり飛んでしまっていたのだった。
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