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第十六話 悪役令嬢の再突撃
しおりを挟む──アディルティス侯爵家が再びパーティーを開くらしい。
──噂の花嫁選びで選ばれた“花嫁”がお披露目されるのだろう。
──ヴィンセント殿の花嫁の座を射止めたのは誰なんだ?
社交界は今、そんな噂話で持ちきりだった。
「今回は花嫁のお披露目が早いねって言われているらしいよ」
「そうなのですか?」
ヴィンセント様がにこにこした顔でそう教えてくれた。
今日はパーティーの衣装合わせの為に侯爵家を訪ねている。
“花嫁”は当日着る衣装や装着するアクセサリーのどこかに相手の色を取り入れるのがお披露目の際の伝統らしい。
今日を逃すと次にヴィンセント様に会うのはパーティー当日だ。
「うん。父上の時はかなり時間がかかったらしいよ?」
「へぇ……ってあれ? おかしくありませんか?」
「何が?」
ヴィンセント様のお父様とお母様は幼馴染同士だと聞いている。家同士の繋がりがあって交流も多かったとか。
つまり、ヴィンセント様のお父様……現当主の花嫁選びが始まった際、侯爵夫人とは既に顔見知りだった事になる。
(面識はあったはずなのに、指輪はすぐに導いてくれなかったの? どうして……)
「お二人は幼馴染同士だと聞いています。それなら、すぐに選ばれていてもおかしくないのでは? と思いまして」
「あぁ、確かに……そうだね」
ヴィンセント様も考え込む。
アディルティス侯爵夫妻には私のお父様からの婚約の許可が降りた後、正式にご挨拶させて頂いた。
私の指にはまっている指輪を見た夫妻は頷き合うと「ようこそ」と迎え入れてくれた。ちなみに侯爵夫妻が幼馴染同士なのはその時に夫人から伺った話。
「なぜ時間がかかったのでしょうか」
「んー、分からないな」
そこでふと思ったのが、小説のストーリー。
小説のヴィンセント様も花嫁を見つけるまで時間がかかっていた。まぁ、小説の場合はステラとヴィンセント様には面識が無かったので当然なのだけれど。
(本来は誰であっても凄く時間がかかるものなのでは? なら、私はどうして……?)
「そう考えるとやっぱり指輪はよく分からない事だらけだ」
「そうですね」
ヴィンセント様の言葉に私も頷く。
ただ、仲の良さそうな夫妻を目の前にして、前にヴィンセント様が教えてくれた“アディルティス侯爵家の指輪に導かれた花嫁は決して不幸にはならない”と言うのが分かる気がしていた。
「……でも、僕は本当に指輪には感謝している」
「感謝……ですか?」
私が聞き返すとヴィンセント様は、またいつもの甘い笑顔を浮かべる。
「だって、他の誰でもない。“アイリーン”を僕の元に導いてくれたから」
「っっ!」
こ、この人は自分の笑顔の破壊力というものを知らないのではないかしら?
一気に恥ずかしくなってしまい、ヴィンセント様の顔が見れない。
でも、そう言ってもらえる事がたまらなく嬉しい。
「……」
(ちょっと気が早いけれど、私もヴィンセント様と穏やかな家庭を築いていけたらいいな)
なんて思った。
その前に乗り越えないといけない事は色々あるけれど。
「アイリーン、屋敷まで送るよ」
「え、でもお忙しいのでは?」
無事に衣装合わせも終えて帰宅の為に馬車に乗り込もうとしていたらヴィンセント様がそんな事を言い出した。
「大丈夫。むしろ、アイリーンを一人で帰す事の方が心配なんだ」
何だかヴィンセント様の過保護っぷりに磨きがかかっている気がするわ。
パーティー当日の心配されるならともかく、日常生活まで心配されるってどういう事?
そこで気付く。
(もしかして、心配されるだけの何か、がある……?)
「……ヴィンセント様、何かありましたか?」
「え?」
「この間、我が家に訪ねて来てお父様と話をした後からたまに様子が変ですよ?」
「っ!」
一緒に過ごす時間が増えて知ったけれど、ヴィンセント様は顔に出やすい所があって結構分かりやすい。今も、何かあるという言葉にピクリと反応を示していた。
「隠さずに教えてくれませんか?」
「アイリーン……」
私に関する事なら私には知る権利がある。
ここは譲れない。
「……」
「……」
「……分かったよ、アイリーン。君が今、どう思っているのか分からなかったからいつ話すべきだろうかと伯爵も悩んでいたのだけど」
「お父様も?」
やっぱり二人で何か隠し事をしていたんだわ。
「うん。実はね……」
何か私に隠しているらしい話を口にする決意をヴィンセント様がしてくれた、その時──
「どうして、今日もあなたがそこに居るんですの!? 女狐2号ーー!!」
「「!?」」
すごーく聞き覚えのある声が、侯爵家の門の入口の方から聞こえた。
なんて既視感!
「……」
「……」
「……ヴィンセント様」
「分かっている……だけど、どうして……またしてもこのタイミングなんだ?」
ヴィンセント様が頭を抱えた。
私が門の方へと視線を移すと、案の定、顔を青くしてプルプルと身体を震わせているパトリシア様がそこに居た。
(……悪役令嬢というのは、やっぱり何かしら物事を邪魔するために存在しているのかしら?)
「アイリーン、ごめん」
「いえ。ヴィンセント様のせいではありませんよ?」
「うん、でもね……」
ヴィンセント様が申し訳なさそうな顔をする。
「そこ! 何をこそこそと話しているんですのーー!!」
パトリシア様は門の入口でそう叫んでいる。ヴィンセント様はため息を吐きながら、仕方なさそうにパトリシア様に訊ねた。
「……パトリシア。用は何だ?」
「決まっていますわ! あなたの“花嫁”の件ですわ!」
「……?」
私とヴィンセント様は困惑したまま顔を見合わせる。
花嫁の件で何故、パトリシア様がここにやって来るのかしら?
すると、パトリシア様はにっこりと笑って言った。
「アディルティス侯爵家が再びパーティーを開くと聞きましたわ! それは、つまり! ヴィンセント様の“花嫁”が決定したという事でしょう?」
「……」
「ですから! わたくし、やって来ましたの」
「は?」
ヴィンセント様が目を丸くして驚いている。私もだった。
だからやって来た……とは?
「ねぇ、ヴィンセント様。どんな方法を用いて花嫁を決定したのかは知りませんが、“花嫁”に選ばれたのは当然、わたくしだったでしょう?」
「!?」
「パーティーの日程まで決定しているのに、どうしてわたくしの所に訪ねて来ないのです? ずっとずっとお待ちしておりましたのに」
「……いや? おい。ちょっと待て!」
ヴィンセント様がますます頭を抱える。
けれど、パトリシア様はそんなヴィンセント様の様子を気にする事も無く話を続ける。
「この間、わたくしを怒らせてしまったから、ヴィンセント様ったら合わせる顔が無いのね……そう思いましたの。ですから! 仕方が無いので、わたくしの方からやって来てあげましたのよ」
「……」
ヴィンセント様は言葉を失っていた。
「……だと言うのに!! いったいどういう事です!? なぜ、また今日も女狐2号が図々しくも侯爵家に上がり込んでいるんですのーー!?」
パトリシア様が私を指差しながらそう叫んだ。
──悪役令嬢が、前回よりも更に大きな勘違いをしながら再び突撃して来た。
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