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第十七話 悪役令嬢は諦めない
しおりを挟むパトリシア様の言葉に私もヴィンセント様も何も言えなかった。
(どこをどうしたら、そんな勘違いが出来るの!?)
「どうせ、卑しい貴女が無理やり押しかけたのでしょう? 本当に困った方。あまりにもしつこいと嫌われますわよ?」
「しつこ……」
パトリシア様はなおも勘違いを続けそんな事を口走る。
あと、その言葉はそっくりそのままお返ししたい。
「婚約者がなかなか決まらず焦る気持ちも分かりますわ。わたくしと違って貴女のように見た目も中身も冴えない方ですと特に……ね、ふふ。お可哀想に……」
パトリシア様の口から流れるように発せられる嫌味の数々は何だか一周回って逆に清々しい気持ちになってくる。
(ヒロインのステラがあまりにも小説とかけ離れ過ぎていたから逆に安心するのかも)
とは言っても、彼女は悪役令嬢。
小説の中ではもちろんステラに虐めを行う迷惑な人である事に変わりはない。
(あれ? でも、これだとヒロインを押しのけて花嫁になろうとしている私がステラの代わりに虐められるのでは……?)
今更ながら気付く。
すでに、女狐扱いされて地味に口撃を受けてはいるけれど悪役令嬢の本気はこんなものでは無かったはず。
「パトリシア。いい加減にしてくれ」
「何がですの? さぁ、ヴィンセント様! 早くわたくしを中に入れてくださいな? そして、そこの女狐2号をさっさと追い出してくださいませ!!」
ステラもパトリシア様も……なぜ、人の話を聞かないのか。
「パトリシア……」
「ヴィンセント様! わたくしの話を聞いてます? 早くー……」
「何度、言えば伝わるんだ! 僕の花嫁は選ばれた! だが、それは君では無い!!」
「……は?」
ヴィンセント様の言葉を聞いたパトリシア様は一瞬固まる。
だけど、すぐに笑い出した。
「まぁぁ! うふふ。人が悪いですわよ、ヴィンセント様。わざわざそんな意地悪を言わなくてもわたくしはー」
「意地悪でも何でもない! 僕の花嫁は君じゃない! アイリーンだ!!」
ヴィンセント様が怒鳴りながらそう叫ぶと、私の腰に手を回して引き寄せる。
「ふっ? アイリーン……って、そこの女狐2号の名前……ですわよね?」
パトリシア様の笑いが止まる。
ようやく話が伝わったのかもしれない。
「それから! この間から言おうと思っていたが、アイリーンを女狐と呼ぶな! 不愉快だ!」
「女狐を女狐と呼んで何が悪いんですの!?」
「悪いに決まってるだろ!! 呼ぶなら1号だけにしろ! だが僕の花嫁となる彼女を侮辱するのだけは許さない!!」
「まぁぁ!」
パトリシア様の顔が怒りで赤くなる。
「その女が花嫁に選ばれた? わたくしには信じられませんわ! なんの取り柄も無さそうで、ポイ捨てされるような女ですわよ? 納得がいきません!」
「アイリーンを侮辱するなと言ったはずだ!!」
ヴィンセント様の怒りも止まらない。
「アイリーンは間違いなく僕の花嫁に選ばれた人だ。だから、お披露目パーティーが開かれる。パトリシア、君が僕の花嫁になる事は絶対に無い! このままお帰り願おう!」
「……」
パトリシア様は黙り込むとそのまま俯いた。俯いているせいで、その表情は窺い知れない。
やがてパトリシア様は肩を震わせ始めた。
(まさか、泣いて……?)
そう思ったのだけど、パトリシア様は再び笑い出す。
「ふふふ……ホホホホホ、そうですか。あなたの気持ちはよーく分かりましたわ、ヴィンセント様」
「……」
「仕方ないですわ。今日のところは……帰りますわね、ふふ」
何かしら? パトリシア様の笑顔とその笑いが怖い。
だって、この笑顔……絶対に分かっていないと思う!
あまりにも不気味だったせいで、背筋がゾクッとしてしまい思わずヴィンセント様にしがみつく。
「アイリーン……」
ヴィンセント様はそのままそっと私を優しく抱き寄せてくれた。
「ちょっ……〇✕△□!!」
そんな私とヴィンセント様の様子を見たパトリシア様は何かを言いかけたけれど、すぐに悔しそうに口を噤む。
そして去り際に私をひと睨みし、微笑みを浮かべながらこう言った。
「ヴィンセント様、アイリーン様。パーティーが楽しみですわね?」
近くに停めていたらしい馬車に乗り込み、去って行くパトリシア様を見ながら私はお披露目パーティーは絶対に平穏には終わらない……そう思った。
「……パーティーもパトリシアを出禁に出来れば良かったんだけど」
ヴィンセント様が俯き小さな声で呟く。
そうしたい気持ちはやまやまでも、家同士の繋がり、関係として難しいのだと分かる。
「……何か仕掛けてくるかもしれない、と分かっているだけでも違いますよ」
「アイリーン?」
私がそう口にすると、ヴィンセント様は顔を上げて不思議そうな顔をした。
「何も知らずに……予期する事も出来ずに、突然、酷い事をされる方が……辛いですから」
「それは……」
私が何の話をしているのか分かったのか、ヴィンセント様が辛そうな顔をする。
「そんな顔しないで下さい、ヴィンセント様。私は大丈夫ですよ?」
元婚約者の事はもう過去のこと。
お披露目パーティーで、過去に捨てられた情けない女だと私の事を笑う人がいても、今の私は幸せなのだと堂々と見せつけてやるのだと決めている。
パトリシア様だって……
パーティーで主役となる私を陥れようとする事が何を招くのか……冷静に考えてくれて思いとどまってくれれば良い。そう思う。
「そう言えば、お披露目の前に私の事を明かしてしまって大丈夫なのですか?」
「花嫁を選ぶ指輪に関しては秘匿されているけれど、選ばれた花嫁が誰なのかは別に当日まで秘密にしていなくてはいけないって事は無いから大丈夫。既にアイリーンの事を知ってる人は何人もいる」
「それは良かったです……」
言われてみればずっと隠しておくなんて出来るはずないものね。
小説の中では、お披露目パーティーで初めてステラの存在を明かされていたからそう思い込んでしまっていたわ。
それは、きっとステラが平民だったから周りに知られていなかっただけね。
「でも、明かしてしまった事で、パーティーまでにパトリシアがアイリーンに何かして来るかもしれない……ごめん」
「……あの様子だとパーティーでは何かして来そうではありますが……」
最後のセリフとか本当にストーリーそのままの悪役令嬢だったわ。
「アイリーン……」
ヴィンセント様が優しく私を抱き締める。
この温もりがあるから大丈夫。私は何にも負けたりしない。
ヴィンセント様の胸に抱かれながらそう思った。
念の為、ヴィンセント様は侯爵家の護衛をこっそり私に付けてくれたけど、特に何かが起きることも無く日々は過ぎて行き……
───とうとうパーティーの日がやって来た。
だけど、私達は互いにすっかり忘れていた。
パトリシア様が突撃する前、ヴィンセント様が何か大事な話をしようとしていて、その話が遮られていたままだった事を──……
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