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第2話 お姉様と私
わたくしが“当て馬姫”と呼ばれるようになった理由は、ヤコブから始まる婚約者候補が次から次へと他の令嬢と結ばれてしまったから。
けれど、わたくしが最初に“当て馬”となったのは、それよりも少しだけ前に遡る───
実はその頃、わたくしには“婚約者”がいた。
ディフェルト公爵家の令息ダラス。
公爵家とは幼少期からの付き合いなので、もともと幼なじみという関係でもあった彼。
昔から、お姉様とわたくし……どちらかの最有力婚約者候補だった。
しかし、ある日、第一王女のエリシアお姉様に隣国の王太子との縁談の話が持ち上がった。
そのことから、ごく自然の流れとしてダラスはわたくしの相手に決定した。
しかし、お姉様に持ち上がった隣国の王太子との縁談の話は、お相手の王子が自国で不祥事……それも女性問題を起こし、廃嫡されてしまったことですぐに流れてしまう。
それでも、わたくしとダラスの婚約に変更はなく、お姉様のお相手は再度、国内外からじっくり検討するという話で落ち着いていた。
(でも、今思えばこの頃から……)
お姉様の婚約の話が流れた頃から、ダラスのわたくしへの態度に変化が起きた。
それまでの彼は、あくまでも“幼なじみ”の関係の延長という態度や様子だったのに、急に手を繋ぐ、人前で肩を抱くなどのスキンシップが増えた。
突然の変化に戸惑い、ついていけなかったわたくしはダラスに訊ねる。
『あのね、ダラス。最近、距離が近くない……かしら?』
『そうか?』
『急に態度が変わると……その……びっくりするわ』
わたくしが戸惑い、そして困惑している気持ちを伝えると、ダラスは優しく微笑んだ。
そして、わたくしの頭を撫でながら言った。
『驚かせて悪かった。だが、いつまでも幼なじみの延長のような態度ではいけないな、と思ったんだ』
『ダラス……』
『ほら、俺たちは婚約しているんだからさ』
『!』
こうして、ただの幼なじみから関係は変わっていくものなのね、とその時は納得したわたくしだったけれど……
それから、半月くらい後。
変わりつつあるダラスの態度にもだいぶ慣れた頃。
とあるパーティーでわたくしはその“現場”を目撃してしまう。
その時のわたくしは会場から出てお手洗いに行き、パーティー会場へと戻る途中だった。
空いてる部屋から男女の痴情のもつれのような声が聞こえて来た。
『───どうして!? どうして貴方は妹の婚約者なのに、いつも私に思わせぶりな態度ばかり取るの!?』
『それは……』
(……ん? 気のせいかしら? どちらも聞き覚えのある声……)
そう思って思わず足を止めてしまった。
『お願いだから、これ以上私の心を惑わせないで! ダラス!』
『───エリシア!』
(───!!)
まさかとは思ったけれど、この声の主はダラスとお姉様では?
そういえば、少し前から二人の姿は会場に無かった……気がする。
わたくしの頭の中がこれ以上聞いてはいけない……そう警告していたけれど、足が竦んでしまいその場から動けなかった。
その間も二人の会話は続く。
『いけないことだとは分かっている……だが、俺は……本当はシンシアではなくて君を愛しているんだ、エリシア!』
『え……』
(え!)
『やだ、ダラス……何を言って……』
『本当なんだ。俺はずっと君を……』
そう言ってダラスはお姉様を抱きしめた。
『エリシア……』
『あ……ダラス……どう、して?』
『───君は隣国のあの王子と婚約してしまったのだから、諦めなくては……俺の相手はシンシアなのだと必死に言い聞かせた……だが』
やっぱりお姉様のことが忘れられなかったのだ、とダラスは言った。
『エリシアの婚約の話が無くなったと聞いて俺は……』
『───でも! その頃からあなたはシンシアと急にベタベタするようになっ……』
『それは……エリシアに嫉妬して欲しかったからなんだ!』
その言葉にわたくしは、ガンッと強く頭を殴られたような衝撃を受けた。
『嫉妬……?』
『シンシアと距離を縮める度に……エリシア、君の視線を強く感じるようになった』
『っ!』
お姉様がハッと息を呑む。
その様子を見たダラスは嬉しそうな微笑みを浮かべる。
その微笑みは私に見せる笑みとは違っていてとても甘かった。
『やはり、嫉妬してくれていたんだな?』
『ち、違っ……それ、は……』
『違わない。君は嫉妬してくれている……幸せだ、エリシア』
『あ、駄目……』
ダラスはそう言って、やや強引にお姉様の唇にキスをした。
(────なっ……)
駄目……と言いながらも全く嫌がらないお姉様。
何度目かのキスの後、ダラスはお姉様に言った。
『シンシアとの婚約は解消を願い出るつもりだ』
(なんですって……?)
『……ダラス、本気……なの?』
『もともと、俺は二人の婚約者候補だったんだ! 話せば陛下も周囲もきっと分かってくれるさ』
『ダラス!』
わたくしが聞いてしまっていることも知らずに盛り上がっていく二人。
胸は少し痛んだけれど、二人が互いをこんなに想い合っているのなら……わたくしは大人しく身を引こう。そう思った。
けれど、ダラスが次に言った言葉がわたくしの心を大きく抉る。
『シンシアは昔からとにかく見た目が可愛い過ぎて。一緒にいると自分は気後れすると言うか……それに、比べられるし、非常に疲れるなといつも思っていたんだ』
『まあ!』
『それに比べてエリシア……君は見た目こそは素朴だけど、一緒にいると安心するんだ……俺はそんな君にずっと片思いをしていたんだよ』
『ダラス……』
見つめ合う二人。
そして再び二人の距離が近付く───
(ダラスはお姉様の気持ちを確かめるために、わたくしを利用していた……)
急にベタベタして来たのはわたくしとの仲を深めるためではなかった。お姉様の気を引くため。
わたくしには気後れする? 一緒にいると疲れる?
『……っ』
その先を見たくなくて、聞きたくなくて、わたくしはその場から逃げ出した。
そして、それからすぐのことだった。
『───すまない、シンシア。君との婚約は白紙に戻して、俺は新たにエリシアと婚約を結び直すことになった! 許してくれ』
『……ごめんなさいね、シンシア』
その日、ダラスとお姉様が二人揃ってわたくしの元に訪れて頭を下げてきた。
わたくしとの婚約を白紙に戻してお姉様と婚約?
解消ではなく?
困惑するわたくしに対してお姉様は言った。
『あのね? ダラスとシンシアの婚約は“無かったこと”にして、ダラスは私と婚約を結び直そうという話なの』
『無かったこと!?』
二人の気持ちは立ち聞きした時から知ってはいたけれど……
お姉様はさらに続ける。
『そうよ、シンシア。これはね? あなたの将来を心配して言ってあげているの』
『わたくし、の将来を心配?』
そうよ、とお姉様が頷く。
『だってほら……我が国の王女でもあるあなたに婚約解消なんて経歴が出来てしまうのは……可哀想ですもの』
『……か、可哀想?』
そう言われてもピンと来なかった。
わたくしは“可哀想”なの?
混乱するわたくしにお姉様は優しく微笑みながら言った。
『だからね? シンシアの名前に傷がつかないようにするにはどうすれば……と考えて、それでお父様に直談判してお願いしてみたの。 解消ではなく白紙にしたらどうかしらって』
『え……?』
───正直、その時は混乱のせいで物事をよく考えることが出来ていなかった。
お姉様は自分の経験から婚約を白紙にすればいい……そう思ったのかもしれない。
けれど、どう考えても、正式な婚約の前に話が流れたお姉様とは違って、婚約の事実が世間に発表されていたわたくしの名前が傷つかないというのは、どう足掻いても無理な話なのだと後々気付かされた。
それでも婚約は白紙となり、新たな婚約者候補探しが始まったと思えば……この状態。
わたくしは、もはや何通目になるのかも分からない辞退の手紙を読みながらため息を吐いた。
「これはもう……呪われているのではないかしら? 当て馬の呪い……なんてね」
自分で口にするのは悲しいけれど、そう思わずにはいられなかった。
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