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第14話 それは恋
初めての海に、わたくしはこれでもかとはしゃいでしまった。
だけど、冷静になると少し恥ずかしくなってしまった。
(殿下に、子供っぽいなんて思われてしまったかしら?)
けれど、これがわたくしにとってきっと最初で最後の海体験となるので、思いっきり満喫したい! そう思ったの。
「───シンシア、そろそろ……」
「あ、はい……」
殿下に、そう声をかけられて少しさみしく感じた。
(でも、本当に本当に楽しかったわ)
「シンシア。そんなに楽しかったなら……その、また来よう?」
「え……?」
また……という言葉に驚く。
まさか“次”があるの!?
「海でも山でも川でも……シンシアの行きたい所があれば……リクエストには答えよう」
「えぇ!?」
殿下ったら、なんて太っ腹なのかしら?
(嬉しいわ……でも、残念。きっと難しいと思うの)
殿下もわたくしも、そんな簡単に外出が出来るような身ではないから。
だとしても、そう言って下さるその気持ちが嬉しかった。
「───ありがとうございます! ぜひ、また……」
そう言いかけた時だった。
波にとられた足のせいで身体のバランスが崩れそうになる。
「……あっ」
「シンシア! 危ない!」
「きゃっ……!」
咄嗟に殿下が手を伸ばして支えてくれようとしたけれど、わたくしは、なんとか一人でその場に耐えた。
「ふぅ、驚かせてすみません、波って油断すると足が持っていか──……って、……ジュラール?」
「……」
殿下がこちらに手を伸ばしたまま、硬直していた。なぜ?
「あ、ありがとうございます。どうにか転ばずにすみました」
「う、うん……そう、だね」
石化が解けた殿下は手を引っ込めると慌てて頷いた。
そして、口元に手を添えるとすごく小さな声で何か呟いた。
「───くっ! なかなか、触………………ない」
「ジュラール?」
「え? あ……いや、なんでもない」
よく聞こえなかったので聞き直したけれど、殿下は少し恥ずかしそうに顔を背けてしまったので、結局なんて口にしたのかはよく分からなかった。
「──か、帰ろうか」
「はい」
少し頬を赤く染めた殿下と微笑み合ってわたくしたちは王宮へと戻る。
───こうして、わたくしのお妃候補生活はスタートした。
◆◆◆
初めての海を満喫したシンシア姫は、それはそれは嬉しそうだった。
そんな帰りの馬車の中。
僕の心の中は大嵐が吹き荒れていた。
(──くっ! 咄嗟に助けようとしたけど……一人で踏ん張られてしまった!)
これは、シンシア姫がよろけた瞬間に“今、ここで助けて彼女に振れられたら、ビビビッが分かるかも”なんてよこしまな思いを抱いてしまったからに違いない。
僕はこっそり肩を落とす。
(なかなか、チャンスは訪れないものなのだな)
エミールは早いうちから、ビビビッを体験していたというのに。
何故だろう?
もしかして、エミールは、あんな乙女のような顔をしていて実は手が早かったのだろうか?
(──うん、それはありえそうだ。だって前にすっかりこっちの存在を忘れて僕の前で堂々とイチャイチャしていたからな……まぁ、それは今も……)
新婚パワーで王宮はお砂糖祭りになっている。
あれは決して羨ましくなんか……コホッ
あの姿を僕とシンシア姫の姿に置き換えたりなんか……コホッ
「……っ」
変な妄想をしたせいで、僕の頬はまた熱を持った。
(───い、今、気にすべきはサスティン王国でのシンシア姫の様子だ!)
あんなにいい子で可愛いのに独り身の理由、そして意味深な護衛の言葉の裏にあるもの……
そして、何よりも次はどんなことをしたら喜んでくれるか……知りたい。
僕は城に戻ったら、“サスティン王国、第二王女シンシア”について、もう少し調べさせようと決めた。
◇◇◇
───ジュラールの様子が変だなぁ。
僕、エミールは双子の兄であるジュラールの様子が最近、おかしいのでどうしたのだろうと不思議に思っている。
様子がおかしくなったのは、新たなお妃候補のシンシア姫が来てからだ。
(あんなに挙動不審なことばかりするジュラールは初めて見る……)
そして、これまでのお妃候補と明らかに扱いが違う。
わざわざ嫌味を言われながらも外出許可を取って何処に連れて行ったのかと思えば海。
確かに姫の国には海はないというけれど。
そして、帰ってきたら、サスティン王国のことを調べるなんて言い出した。
(これは、もしかしてもしかするかな……?)
僕はひっそりそう思っていた。
「エミール様! ────ジュラール殿下のあれは、恋だと思うのです!」
その日、公務の休憩時間。
差し入れを持って来てくれた僕の愛しい愛しい妻となったフィオナがそう言って部屋に飛び込んで来た。
「やっぱりフィオナにもそう見える?」
「ええ!」
フィオナは大きく頷くと自信満々にそう言った。
「実は私、ここに来る前に二人が会話をしている所を遠目から見かけたのですが……」
「うん」
「ジュラール殿下は平静を装っていたけれど頬はいつもより赤く……それに、声が上擦っていたんです!」
「声が?」
どういうことだろう? と聞き直すと愛しい愛しい妻、フィオナは言う。
「エミール様もそうですけど、ジュラール殿下って演じるのが得意でしょう? そんな殿下が素で動揺していると言いますか……」
「ジュラールが素を?」
フィオナのその言葉にはさすがに驚いた。
だけど、僕の愛しい妻は誰よりも目と耳がいい。だから、これは間違いない。
「でも、ジュラール殿下の気持ち分かります。だって、シンシア姫……すごくすごく可愛い! あんなに可愛い女性、見たことがないです!」
フィオナがうっとりした顔でそんなことを言い出した。
「え?」
「……え? って、どうしてエミール様、そこで驚くのですか? シンシア姫とはお会いしたんですよね?」
「うん。挨拶だけ」
「それなら……」
フィオナが変な顔をしている。まぁ、フィオナはそんな顔していても可愛いのだけれど。
そう思った僕は、そっとフィオナを抱き寄せた。
「エ、エミール様っ!?」
「だって、僕にはフィオナ以上に可愛いと思える人なんていないから」
「……っ!」
そう言ったらフィオナの顔が真っ赤になった。
ほら、この反応……僕の妻は勇ましいのにこういう所は本当に本当にたまらなく可愛い。
「わ、私もエミール様以上にかっこいい人を知りません……」
「……!」
その可愛い言葉にポッと頬が熱を持ち、こっちも頬が緩んでしまう。
「フィオナ……」
「……エミール様」
僕たちの視線が絡み合い、そっと微笑んで互いの顔を近付けた時───
「───なぁ、エミール。この間、僕の代わりに作成してくれた報告書なんだが……」
「「!!」」
ノックの音と共にジュラールが入って来た。そして僕らの姿を見てギョッとする。
「……なっ! お前たち……また!」
「「……」」
「───っ」
いつもなら、そういうことは夫婦の部屋でやれーーーー! と、怒るジュラールの反応が今日は違っていた。
なにか言いたそうにモジモジしている。
「……あ、あのさ、お願いがあるんだ……が」
「お願い?」
僕が聞き返すとジュラールは照れくさそうに口を開いた。
「いや。エミールに……ではなくて……フィオナ妃に……お願いがあるんだ」
「え? 私にですか?」
珍しいこともあるなぁ、と思って話を聞いてみたら、やっぱり“シンシア姫”のことだった。
「……この国に滞在している間に、つ、つまらない思いや嫌な思い……をさせたくない……んだ」
「は、はい」
「と、歳の近い話し相手の女性が出来たら……た、楽しく過ごせるのでは? と思う……のだが」
「え? それって……」
「だから、フィオナ妃が迷惑でなければ……その、シンシア姫と……」
僕は心の底からびっくりした。
あんなにお妃選びに投げやりになっていたジュラールが!
これまで相手の女性が一日で帰ります、と言いだしても引き留めようともしなかったジュラールが!
(シンシア姫には、少しでも長くここにいて欲しい……そう思っているんだ……)
───なぁ、ジュラール。
ビビビッと来るかは、まだ確かめられていないと言っていたけれど、
それは恋だよ? 絶対に恋だよ?
これまで、気苦労の絶えない生活を余儀なくされて来た兄のようやく見つけた“初恋”
僕は全力で応援したいと思った。
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