36 / 70
番外編~成長後~
9. 合言葉は
しおりを挟むヒュン、ヒュオン! ヒュン!
「見てくださいませ、お兄様! わたくし、だいぶ上手く扱えるようになりましたわ!」
「うん。すごいよ、アイラ!」
ニパッ!
購入した自分専用の鞭を手にして興奮するアイラといつものニパニパ笑顔のジョシュア。
ヒュン、ヒュン、ヒュン……
二人が居る部屋には鞭のしなる音が先程からずっと響いている。
(~~~っ!)
廊下を歩いていた私は今、不審な音が気になってその様子を廊下からこっそり覗いているところ。
「鞭を自在に操る天使のアイラの姿───うん。まるで、おばあ様みたいだ!」
キラキラ目を輝かせたジョシュアの発言に力頷くアイラ。
私は耳を疑う。
(な ん で よ !?)
この子たちの昔からなんでもかんでも私に結びつけようする癖、どうにかした方がいいと思う。
「お兄様、鞭……おばあ様を深く深く敬愛するわたくしには───もう手放せそうにありません」
「天使の君にとってもお似合いだよ、アイラ」
「ありがとうございます」
フフフと笑うアイラ。
その顔は確かに天使、天使だと私も思うけど!
(天使は鞭なんて持たないと思うわよ?)
ジョシュアの天使の概念、どうなってんの?
そんなジョシュアは、うっとりした目でヒュンヒュンしているアイラの鞭さばきを見つめている。
(あああ、やっぱりこれジョシュアの新たな扉が完全に開いてる!)
私には分かる……
ジョシュアの目は“鞭に打たれてみたい”と言っている───……
私は頭を抱えた。
ベビーの頃から、人を踏みたいだの踏まれたいだの……
幼馴染でもあるエドゥアルトの娘、ナターシャからどんなに罵られても殴られても蹴られても不快どころか常に嬉しそうな様子を見せてきたジョシュア。
あれは、大人の対応で熱くなってるナターシャを躱しているわけじゃない。
心の底から喜んでいるのよ……!
「お兄様はこれ使いませんの? お貸ししますわよ?」
アイラが鞭を見せながらジョシュアに訪ねた。
「ううん、大丈夫。僕はおばあ様やアイラが振り回してるのを見る方が好きだから」
───そして、僕はそれに打たれてみたいんだ!
ほらほらほら!
続きがそう聞こえるのは私だけかしら?
(全く……困った兄妹だわーー……)
「───ガーネット」
「ひっ!?」
やれやれと呆れたその時だった。
ポンッと私の肩が叩かれる。
全く気配を感じなかったので驚いて小さな悲鳴をあげながら振り返ると、そこには最愛の夫、ジョルジュの姿。
ジョルジュは不思議そうに首を捻った。
「さっきから、なぜ、そんな所から堂々と部屋の中を覗いているんだ?」
「え? 私はこっそり覗いてるんだけど」
「こっそり?」
さらに不思議そうな顔をするジョルジュ。
そして、しばらくうーんと考えた後、ふはははと笑った。
「なんで笑うのよ?」
「駄目だ。ガーネット、君に“こっそり”なんて似合わない」
「は?」
相変わらず意味不明な発言をされて私が顔をしかめると、ジョルジュは胸を張って言った。
「こっそりなんて生ぬるいじゃないか! 堂々と覗いてこそガーネットだ!」
「え?」
「さあ行くぞ、ガーネット!」
「は? ちょっと、行くってどこに!?」
「そんなの決まってるだろう! 部屋の中だ!」
「んあ!?」
ジョルジュは私の腕を掴むと、そのままノックもせずに堂々と二人のいる部屋の扉を思いっ切りバーンと開けた。
(えええ……!)
「あれぇ? おじい様とおばあ様? どうされたんですか?」
振り向いたのはジョシュア。
ノックも無しに扉が開けられたというのに、驚く様子も怒る様子もなくニパッと笑いかけてくる。
アイラは訪問者に興味が無いのかこっちも見ずにひたすら鞭をビュンビュンふるっている。
(少しは気にしなさいよ……)
「どうっていうか……」
「安心しろ! お前たちの会話の盗み聞きだ! 気にせずそのまま鞭さばきも会話も続けてくれて構わないぞ!」
(ジョルジューー!?)
私がなんて説明しようかしら? と口ごもった横で、堂々と盗み聞きしていた宣言をするジョルジュ。
しかも、気にするなって。
それは無茶じゃない? と思った時、ジョシュアがまたニパッと笑った。
「分かりました! じゃあ、アイラ。次はその鞭をもっと高い位置からふるってみようか?」
「はい、お兄様!」
(……あ?)
盗み聞きされていたことに関しては全く触れず、あっさりと次はこういう動きを付けてみたらどうかなぁ? などとアイラへ動きの提案を呑気にし始めるジョシュア。
「もうっっ! マイペース過ぎるでしょ!! 少しは気にしなさいよーー!」
「え? 気にする? 何をですか?」
耐え切れなかった私が思わず怒鳴るもキョトンとした顔を向けてくるジョシュア。
こういう所は、ベビーの頃から本当に変わっていない。
「~~っ、だから……」
「おばあ様! 今、僕とアイラは、この鞭をどうすればおばあ様のように美しく操れるかの研究中なのです!」
「は? 私のように?」
「────ホーホッホッホ! わたくしにひれ伏しなさい!」
その時、ペシペシとアイラが鞭を床に叩きつけながら高らかに笑った。
「アイラ! いいね、その笑い方はやっぱり女王様みたいだよ!」
「ええ、やはり高笑いは外せませんわ、お兄様」
「うん! おばあ様みたいだ」
「……いいえ、それはまだまだですわ」
ジョシュアに褒められたアイラ。
だけど、何故かそれを否定するように首を横に振った。
「え? どこがだい?」
「だって、おばあ様はもっともっと高音域で、まるで自然と歌っているかのように滑らかな高笑いをされるんですもの」
(───はぁあ!?)
「アイラ! その通りだ! よく分かっているじゃないか!」
「おじい様?」
ここで興奮したジョルジュが前に進み出るとアイラの肩をガシッと掴んだ。
私の夫は突然何に興奮してるわけ?
「ガーネットのあの美しい高笑いは唯一無二のもの! あの高音はガーネットにしか出せないと俺は思ってる!」
「は? いや、アイラでも出せるで……」
「いいや! まだまだだ。アイラとガーネットでは年季が違うからな!」
「ねぇ、聞いてる? ジョル……」
「俺には分かる……ガーネットは生まれた時からオギャーではなく、オーホッホッホと笑っていたに違いない!」
「ちょっ……」
そんなわけないでしょ。
愛する夫が私の言葉を遮りながら、いつものように頓珍漢なことを言い始めた。
さらにそこに無敵の男、ジョシュアが加わる。
「あ! 分かったよ、おじい様。つまり、僕の“あうあ”みたいなものだね!」
「そうだ。もう身体の一部のように馴染んでいるんだ!」
「はぁ!? あうあとですって!? それとこれとは全然違うでしょ!」
私はニパッと笑いながら適当かつ呑気な発言をするジョシュアと、これまた深く考えずに適当に肯定するジョルジュのことを睨みつけた。
しかし、そんなことをしても、一切気にしないのがギルモア家の人間たち。
それからも和やかに会話は続く。
「そっかー。アイラはベビーの頃から繊細で静かな子だったし、まだ馴染めていないってことか」
「そうなのです、お兄様……」
アイラは俯きながらギュッと鞭を握りしめた。
いやいやいや、アイラは声は小さいながらもベビーの頃から私の真似をして高笑いもしていたと思うんだけど?
そして、あの無口無表情っぷりを“繊細で静かな子”で片付けるジョシュア……
「分かった! アイラ、それならこれから僕といっぱい特訓しよう!」
「特訓?」
「そう、いっぱい笑うんだ。僕も手伝うよ!」
「お兄様……!」
パッと顔を上げたアイラの目が輝いた。
「アイラ、いいかい? 合言葉は“目指せ、おばーさま! ”だよ?」
「はい! 目指せ、おばーさま! ですわね?」
「そうだよ! せーの……」
ジョシュアとアイラが目配せして息を合わせて声を揃えた。
「「目指せ、おばーさま!」」
ヒュン、ヒュォン、ヒュンヒュン……
アイラは、ホッホッホと小さく笑いながら元気に鞭をふるう。
そんな妹の姿をジョシュアが嬉しそうに笑って見守っている。
(さっきから、私は何を見せられ、聞かされているの……)
私が頭を抱えていると、ジョルジュまでキラキラ目を輝かせながら声を弾ませた。
「ガーネット! これはアイラの将来がますます楽しみだな!」
「……」
ジョルジュのこの言葉、もう何度聞いたかしら?
アイラが成長する度に聞いている気がする……
「私は楽しみより不安よ……」
「なんでだ? ガーネットみたいになれば無敵だろう?」
「む……」
(無敵!)
愛する夫は不思議そうに首を傾げていた。
───そして、その夜。
夫婦の寝室。
「さあ、ガーネット! 今夜も頼む」
「……」
ジョルジュがキラッキラの目で(私専用の)鞭を手渡してくる。
私は頬を引き攣らせ深いため息を吐いてからそっとそれを手に取った。
「ねぇ……毎晩毎晩、飽きないの?」
「全く。鞭をふるうガーネットは特段に美しいからな!」
「……くっ!」
(なんてチョロいの、私……)
ヒュンッ
愛する夫、ジョルジュに嬉しそうな顔でそんなことを言われた私は、今夜もジョルジュの前で夜通し鞭さばきを披露することになった。
228
あなたにおすすめの小説
婚約破棄?いいですよ。ですが、次期王を決めるのは私ですので
水中 沈
恋愛
「コメット、今ここで君との婚約を破棄する!!」
建国記念パーティーの最中、私の婚約者であり、第一王子のエドワードは人目も気にせずに大声でそう言った。
彼の腕には伯爵令嬢、モニカがべったりとくっついている。
婚約破棄の理由を問うと、モニカを苛めた悪女と結婚する気は無い。俺は真実の愛を見つけたのだ!とのたまった。
「婚約破棄ですか。別に構いませんよ」
私はあっさりと婚約破棄を了承し、書類にサインをする。
(でもいいのかしら?私と婚約破棄をするってことはそういう事なんだけれど。
まあ、本人は真実の愛とやらを見つけたみたいだし…引き留める理由も無いわ)
婚約破棄から数日後。
第二王子との結婚が決まった私の元にエドワードが鬼の形相でやって来る。
「この悪女め何をした!父上が弟を次期王にすると言い出すなんて!!
お前が父上に良からぬことを吹き込んだだろう!!」
唾をまき散らし叫ぶ彼に冷めた声で言葉を返す。
「まさか。
エドワード様、ご存じないのですか?次期王を決めるのは私ですよ」
王座がいらない程焦がれる、真実の愛を見つけたんでしょう?どうぞお幸せに。
真実の愛(笑)の為に全てを失った馬鹿王子にざまぁする話です。
冷酷騎士様の「愛さない」は一分も持たなかった件
水月
恋愛
「君を愛するつもりはない」
結婚初夜、帝国最強の冷酷騎士ヴォルフラム・ツヴァルト公爵はそう言い放った。
出来損ないと蔑まれ、姉の代わりの生贄として政略結婚に差し出されたリーリア・ミラベルにとって、それはむしろ救いだった。
愛を期待されないのなら、失望させることもない。
契約妻として静かに役目を果たそうとしたリーリアは、緩んだ軍服のボタンを自らの銀髪と微弱な強化魔法で直す。
ただ「役に立ちたい」という一心だった。
――その瞬間。
冷酷騎士の情緒が崩壊した。
「君は、自分の価値を分かっていない」
開始一分で愛さない宣言は撤回。
無自覚に自己評価が低い妻に、激重独占欲を発症した最強騎士が爆誕する。
以後、
寝室は強制統合
常時抱っこ移動
一秒ごとに更新される溺愛
妻を傷つける者には容赦なし宣言
甘さ過多、独占欲過剰、愛情暴走中。
さらにはリーリアを取り戻そうとする実家の横槍まで入り――?
自己評価ゼロの健気令嬢と愛が一分も我慢できなかった最強騎士。
溺愛が止まらない、契約結婚から始まる甘すぎる逆転ラブコメ
『婚約破棄されたので玉座から降りました。――理で王国をざまあします
ふわふわ
恋愛
王太子から突然の婚約破棄を告げられた公爵令嬢。
社交界の中心で恥をかかされ、次期王妃の座を奪われた――はずだった。
けれど彼女は泣かなかった。怒鳴らなかった。復讐を誓いもしなかった。
「玉座は、座るより設計したほうが面白いですわ」
そう言って一歩退いた彼女は、王妃教育制度を立ち上げ、王と王妃を“育てる側”へと回る。
感情で動く王太子は、やがて理を学び始める。
新たに選ばれた王妃候補は、責任と孤独を知りながら成長していく。
武力でも陰謀でもない。
透明性と制度、そして対話で国を立て直していく静かな逆転劇。
婚約破棄で笑った者たちは、気づけば彼女の作った仕組みの中で頭を下げていた。
これは復讐ではない。
これは成熟。
選ばれなかった令嬢が、王国そのものを進化させる物語。
婚約破棄?いいですけど私巨乳ですよ?
無色
恋愛
子爵令嬢のディーカは、衆目の中で婚約破棄を告げられる。
身分差を理由に見下されながらも、彼女は淡々と受け入れようとするが、その時ドレスが破れ、隠していた自慢のそれが解き放たれてしまう。
「お前を愛する者などいない」と笑われた夜、私は“本物の王子”に拾われた
波依 沙枝
恋愛
侯爵令嬢セレスティアは、第二王子リヒトの婚約者だった。
彼に愛されていると信じ、どれほど冷たくされても、気まぐれに与えられる優しい言葉だけを支えに、隣に立ち続けてきた。
――しかしある夜、彼女は見てしまう。
婚約者が、知らない女を抱きながら、自分を嘲笑っているところを。
「お前みたいな女を愛する者などいない」
絶望の中で崩れ落ちた彼女に、ひとりの男が手を差し伸べた。
「――助けるのは、私でもいいかな」
それは、かつて彼女の孤独に寄り添ってくれた、“本当の王子”だった。
これは、愛されなかったはずの侯爵令嬢が、
本物の王子に見出され、溺愛され、
そして彼女を捨て、嘲笑った婚約者が、すべてを失って後悔するまでの物語。
今さら縋りついても、もう遅い。
彼女はもう、“選ばれる側”ではなく、“選ぶ側”なのだから。
義兄のために私ができること
しゃーりん
恋愛
姉が亡くなった。出産時の失血が原因だった。
しかも、子供は義兄の子ではないと罪の告白をして。
入り婿である義兄はどこまで知っている?
姉の子を跡継ぎにすべきか、自分が跡継ぎになるべきか、義兄を解放すべきか。
伯爵家のために、義兄のために最善の道を考え悩む令嬢のお話です。
幼馴染を選んで婚約者を追放した旦那様。しかしその後大変なことになっているようです
睡蓮
恋愛
レーベット侯爵は自身の婚約者として、一目ぼれしたミリアの事を受け入れていた。しかしレーベットはその後、自身の幼馴染であるリナリーの事ばかりを偏愛し、ミリアの事を冷遇し始める。そんな日々が繰り返されたのち、ついにレーベットはミリアのことを婚約破棄することを決める。もう戻れないところまで来てしまったレーベットは、その後大きな後悔をすることとなるのだった…。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる