最恐家族は本日も無双中 ~ギルモア家と愉快な人々~

Rohdea

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毎日、微笑みの貴公子をボッコボコにしたいと企んでいる公爵令嬢ですが【ナターシャ】

20. ギャフン

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「ほっほっほっほ……」
「ナターシャ?」
「……ほっほっほっほっほ」 

 ひたすら笑い続けるわたくしにジョシュアがキョトンとした顔をしています。
 本っっっ当にこの男はデリカシーの欠片もありませんし、踏み潰されたいとかズレた発言ばかりですし、やっぱり腹が立ちます。
 …………けれど。

(わたくしを心配してくれている……)

 ジョシュアのその心は嘘ではありません。

「まだまだ、死にませんわよっ!」
「え?」

 ジョシュアの顔がパッと明るくなります。
 わたくしは、ジョシュアの手を振り解くとそのままの勢いで胸ぐらを掴んでやりました。

「あなたに、ギャフンと言わせるまでは死ねませんわ!」
「ナターシャ……」

 なぜかここでジョシュアがニパッと笑いました。
 そしてそんな満面の笑顔でこう言いました。

「分かったよ! つまり僕、ナターシャの前でギャフンって言わなければいいんだね!」
「え、」
「気を付けるね!」

 ニパッ!

「え、あ……ニパッではなくて……」

 なんということでしょう!
 わたくし言葉選びを盛大に間違えてしまいましたわ!
 確かにこう言ってしまったらこの男がギャフンと口にするはずがありません。
 なぜならジョシュアはヘラヘラした男ですけど、こうと決めたら信念を曲げない奴なのです。

(なんてこと……)

 自業自得とはいえ、がっくり肩を落としました。
 ジョシュア、ギャフン計画は練り直さないといけないかもしれません。

「……たださ」
「?」

 ジョシュアがヘラヘラ顔をやめて目を伏せます。
 これもまた珍しい表情です。

「……実は僕、ずっと言えなかったんだけど」
「え?」
「ナターシャ……」
「っっ!」

 何故かドキッとするわたくしの胸。
 これは、見慣れないジョシュアの表情に戸惑っているだけ───と自分に言い聞かせます。
 顔を上げたジョシュアがじっとわたくしの目を見つめます。
 そして……


「“ギャフン”ってなに?」
「…………んあ?」

 わたくしの口から間抜けな言葉が飛び出しました。
 今、コイツなんて言いやがりました?
 ジョシュアはてへっと笑いました。

「ベビーの頃から、ナターシャがよく口にしてるなぁって思ってはいたんだけどよく分からなくてさ 」
「……」
「それで、まずおばあ様に聞いてみたんだけど、“ホーホッホッホッ! ギャフンはギャフンよ”って言われちゃって」
「……」
「人生の指南書も読み漁ってみたんだけど、どこにも載ってないし」
「……」
「ナターシャと同じ年頃のアイラなら分かるかも! と、思ってアイラにも聞いてみたんだけど」
「……」
「“お兄様は今さら何を言ってるんですの?”ってまるで僕を蔑むようなゾクゾクする目で見てくるだけで結局教えてくれなかったんだ……」
「……」

 わたくしはもう空いた口が塞がりません。
 どうりでこれまでの人生、何をしてもジョシュアが“ギャフン”と言わないはずですわ。
 これは……

 完全にわたくしの“空回り”ってやつですわーーーー……!

「とりあえず、よく分からないけどナターシャに死なれたら困るから、ギャ……なんとかは言わないように頑張るね!」
「…………あなた、そんな性格でよく今日まで生きて来れましたわね?」

 チクリと嫌味を言ってやります。
 しかし、ジョシュア・ギルモアに嫌味は通じません。

「うん! それよく言われる!」
「……」

 どっと疲れが襲ってきてわたくしはジョシュアから手を離します。

「ナターシャ……?」
「……」
「はっ、そうだった。ナターシャは具合が悪かったんだ!」

 思い出したらしいジョシュアが慌てます。

「えっと、えっと大丈夫? ───あ、そうだ、僕を踏む?」
「は?」

 またまた、おかしな発言をおっ始めたジョシュアに向かって思いっきり眉をひそめました。

「ほら、僕のおばあ様はよくお酒をグビグビした後、頭が痛いわ~って楽しそうにおじい様のことを踏んでるから、踏みつけると元気になるのかな? って」
「……」

 時々思います。
 我が家も大概ですが、ギルモア家の人々は普段いったいどんな生活をしているのでしょう?
 わたくしは軽く息を吐きます。

「……あなたを踏み潰してペシャンコにしてやりたい気持ちは山のようにありますが……今は遠慮しますわ」
「そっかぁ。じゃあ、今度いっぱい踏んでね」
「は?」
「約束」

 ジョシュアはニパッと笑顔で頷くとわたくしの前に小指を一本立てて差し出してきます。
 いったい何を? と怪訝に思っているとジョシュアが言いました。

「小指同士を絡めると“約束”の印になるんだって」
「こ、小指を……?」
「そう、指切りって言うらしいよ」
「指切り……」

 わたくしは言われるがまま、ジョシュアの小指と自分の小指を絡めました。

(こ、これ……)

 なんだか、ものすごく照れくさく感じてします。
 全身がムズムズしますわ。

「さて、ナターシャも生きてたし、僕はそろそろ帰……って、あ、そうだ」

 ジョシュアは忘れてたぁ、とニパッと笑うと床に置いていた荷物を手に取ります。

「今日は、ナターシャにこれを渡しに来たんだった」
「え?」

 そう言ってジョシュアは荷物の中から紙袋を取り出しました。

「な、んですの?」
「プレゼントだよ!」

 わたくしが訊ねるとジョシュアはニパッと笑います。
 そしていつもより、心なしか声も弾んでいます。

「ナターシャ! あのね、聞いて! 実は僕、これこっそり用意したんだ~」
「こ、こっそり?」
「そうだよ。僕、変装して・・・・街に行ったんだ!」

(へ……変装!)

 その言葉に胸がドキッとしました。
 しかし、わたくしのそんな動揺には気づかずジョシュアはいつもの調子で語りました。
 我が家もそうですがギルモア家は、お抱えの商会があるので欲しい物はいつも家に持って来てもらえます。
 買い物はそれで済ませるのが普通───なのですが。

「───こっそり皆に内緒で注文したんだ~」
「……」
「ただ、内緒の注文だったから受け取りは自分の足で街にあるお店まで行かないといけなくてさ」
「……」
「馬車を使わないで歩いて街に行くのって遠いんだねぇ」

 ジョシュアが遠い目をします。

(いえ……それはギルモア家あなたたちだけですわ……)

 ジョシュアは満面の笑みで、
 昼食の後、こっそり邸を抜け出したのになんと街に着いたの夕方なんだよ、思っていたより遠かった……ナターシャも歩いていく時は気を付けてね? 
 とかほざいて笑っています。
 そんなことより、わたくしは気になって気になって仕方がないことを訊ねます。

「あ、あなた、その日、街でナンシーに会いました?」
「うん! 偶然声をかけられた。あれ? なんで知ってるの?」
「……ジョシュアが街で妙ちく……コホンッ、変装していたことだけはナンシーから聞きましたわ」
「そっか! そうなんだよ。完璧な変装だったのにあっさり見破られちゃったんだ。やっぱりすごいよね」

 ジョシュアは、さすが変装の達人コックス公爵家に仕える人だ、などと呑気に笑っています。
 自分がどれだけ目立っていたのか自覚していません。

(やっぱり阿呆ですわぁ……)

「……用事を済ませたあとはナンシーと一緒に帰りました?」
「うん。なんかこのままだと“微笑みの貴公子失踪事件”というのが起きた? 起きちゃう? から邸まで送りますって言われた~」
「……」
「失踪事件だなんて物騒だし怖いよね。そんな事件があったんだと思ってさ」
「……」

(なぜ、コイツは他人事なんですの!?)

 無自覚方向音痴というのは本当に恐ろしいですわ。

「それで送ってくれたお礼に邸に誘ったら、お茶をいっぱい飲んで茶葉をお土産にしてルンルンで帰っていったよ」

(ナンシー……!)

 茶葉の話は初耳ですが、ジョシュアが話す内容はナンシーの話と一致しています。

「……っ」

 そして、わざわざ邸を抜け出してまで街に行った理由はお買い物?
 それも、わたくしへのプレゼント?  
 …………のため?

(なんです、の、それ……)

 あんなにモヤモヤして悩んでいたのが、阿呆らしくなって来ました。

「……わたくし、ジョシュアは熟女なマダムと逢い引きしてるのだと思っていましたの」
「あいびき? 何の話?」

 熟女? マダム? と不思議そうに首を傾げるジョシュア。
 この顔、本当になんのことか分かっていないようです。

(なら、聞いてみてもいいかしら?)

 わたくしは貰ったプレゼントを胸に抱えると、訊ねてみることにしました。

「ジョ、ジョシュア……」
「うん?」
「……あなた、は誰かと婚約……とか考えたことありません、の?」
「え」

 ジョシュアはキョトンとした顔で目をパチパチと瞬かせました。
 
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