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第2話 ピンク色の噂
しおりを挟むその日、告げられた話に私は絶望しか無かった。
「……半年後に結婚!?」
「そうだ。お前ももう、十八歳だ。婚約期間も三年経ったのだから、もうそろそろいいだろう?」
「……っ」
(……ついに結婚の時が来てしまった)
ジョバンニ様の未亡人との逢瀬の最中に乱入して嫌味を言った日から数日後。
お父様に呼ばれて執務室を訪ねると、告げられたのは婚約解消……ではなく、結婚の話を進めるぞ……という地獄のような話だった。
半年なんてあっという間よ。すぐに来てしまう。
「……っ、お父様……私、やっぱり……」
「クロエ。まさか、まだ“婚約解消したい”などとふざけたことを言うのではあるまいな?」
「……っ!」
(ふざけたこと……)
私の言いたいことは、見抜かれていた。
それも三年分の必死の訴えはお父様にとって“ふざけたこと”
「いいか? クロエ。前にも言ったが、浮気の一つや二つでガタガタ言うんじゃない!」
「……」
「それに、結婚したらさすがのジョバンニ殿も落ち着くだろう! そういうものさ。はっはっは!」
お父様はそう言うけれど、そんな保証はどこにも無いはずよ。
浮気を私に知られても、何度咎めてもやめなかった彼が結婚したら落ち着くですって?
(そんなの有り得ない!)
「───いいか? クロエ。この結婚は我が家にとっては大事な結婚なのだ」
伯爵令嬢の私が侯爵令息と結婚する……
お父様がこの結婚話を手放したくない理由は分かっている……つもり。
それでも……
伯爵家の我が家から婚約解消を申し出る事が出来ないのだから、ハウンド侯爵家の方から破談を申し入れてくる事でしかこの話は無くならない。
だけど、残念な事にジョバンニ様からその気配は全く無い。
(どうしてなの……私なんてさっさと捨てて寄って来る令嬢の中からお好みの令嬢を選べばいいじゃない……!)
結婚という話がチラつき始めた今、私は心の中で更に絶望した。
───
その翌日、なぜかジョバンニ様が我が家を訪ねてきた。
「珍しいですわね」
「……」
部屋に案内してお茶を進めるも、ジョバンニ様は無言。
お茶に手をつけようともしない。
いったい、何をしに来たのやら……と私は内心で呆れた。
「……」
「……」
それからも無言の時間は続く。
(用が無いのならいい加減、帰ってくれないかしら? 私のお腹の中はお茶でいっぱいよ……)
場を繋ぐためにお茶を飲みすぎた私のお腹は今、タプタプで大変な事になっている。
もしかしたら、この訪問は、ちゃんと婚約者の元には通ってますよアピールか何かなのかもしれない。何を今更……
「……クロエは、最近社交界で話題になっているちょっと変わった髪色の令嬢を知っているか?」
「はい?」
無言の時間から一転。唐突に話が始まった。
それも、どこかの令嬢の話だなんて珍しい。
「ちょっと変わった髪色とはどんな色なのですか?」
「ピンク色の髪が珍しいと少し騒がれている」
(ピンク色…………ん?)
…………それは目立つし珍しいかもしれないわ。話題になるのも分かる気がする。
それよりも一瞬、頭の中に何かが過ぎった気がしたけれど?
何かはよく分からない。
(……? 気のせいかしらね)
「それで? その方があなたの新しい恋人なんですの?」
「え? 恋人?」
「そうですわ。ジョバンニ様、何度も申し上げておりますけれど婚約者のいる身で──」
「ははは! クロエ、そんなにむきになって嫉妬しなくてもいいだろう?」
「!」
またそれ!
この方はいつもそう言って誤魔化す。
「クロエ……聞いただろう? 半年後に君と僕は結婚するんだからさ」
「……」
「まぁ、君は確かにパッとしない容姿で目立たないし、一言で言えば平凡だけど──……」
どうしてかしら?
結婚するんだからさ……という言葉が“結婚してやるんだからさ”に聞こえる。
「……」
(結婚ってもっと幸せな事だと思っていたのに)
その後もジョバンニ様は、私が平凡だの個性がないだのと言っていたけれど、話の半分以上は私の頭の中に入って来なかった。
そして、その後もジョバンニ様の浮気三昧は続く。
「クロエ様って我慢強い方なのねぇ」
「わたくしは無理ですわぁ」
それから数日後。
呼ばれたお茶会に参加していた。
あまりこの手の催しは好きでは無いけれど、付き合いというものがある。
やがて話はそれぞれの婚約者の話へ……
そうなると、話題は一気に私の婚約者の話となってしまう。
それくらいジョバンニ様は好き勝手に遊び歩いていた。
「婚約して、三年ですわよね?」
「嫌になりませんの?」
次から次へと繰り返される質問に私は苦笑するしかない。
浮気三昧の婚約者に同情するかのように話しかけてくる令嬢達の何人かは、ジョバンニ様に口説かれていた事のある令嬢だ。
「でも、ほら……見た目は王族の方々にも引けを取らないくらい整った容姿ですもの。案外、クロエ様が引き止めていらっしゃるのでは?」
「あぁ、クロエ様って、ちょっと地味……あ、いえ、華やかさに欠けている所がありますものね~。ここで彼を逃したら……ねぇ?」
と、中にはギラギラした目で私を見てくる令嬢もいる。
(そんな目で見なくても、出来る事なら喜んで差し上げたいくらいよ!)
「そう言えば、最近、社交界に現れたちょっと変わった毛色の令嬢を皆様、ご存知?」
「あぁ、ピンク色の!」
(……あら? またピンク?)
そうこうしているうちに、話題が変わる。
「何でも最近、男爵家に引き取られた元平民だとか……」
「ですから、いつもお見かけする時、男性との距離が近いのねぇ」
はしたないだの常識が無いだの、令嬢達はとにかく言いたい放題だった。
(目立つ容姿というのも大変なのねぇ……)
そんな他人事のように思いながら私はお茶を飲む。
けれど、話題は変わったようでも私への嫌味は続いていた。
「そう言えば、ジョバンニ様もその方と懇意にされている様子でしたわよ?」
「あらあら、気を付けないとその方に奪われてしまうかもしれませんわねぇ」
(奪ってくれて構いません。大歓迎でしてよ)
そう思いながら私はとりあえず微笑んで誤魔化した。
そんな苦痛のお茶会を終えて邸に戻ると、ちょうど我が家を訪ねて来たらしいジョバンニ様とばったり鉢合わせた。
(最近、妙に現れるわね……結婚の話が具体的になって来たから?)
「あら、ジョバンニ様。どうなさいましたの?」
「クロエ」
私は黒い気持ちをどうにか抑えて張り付けた笑みを浮かべながら訊ねる。
「ああ……いや、そのちょっと……」
「……」
ジョバンニ様は、何かを勿体ぶって私と目を合わせようとしない。
そんな彼からは今日も甘ったるい香りが漂ってくる。
仮にも婚約者の元を訪ねる前に他の女性と逢瀬を重ね、それを取り繕う事すらしようとしないその姿勢には、もはや呆れしかない。
私は静かにため息を吐いた。
───それから、数日後。
私の運命が大きく変わる事になる王太子殿下の誕生日パーティーの日を迎えた。
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