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第20話 反撃
しおりを挟む「……っ!」
───叩かれる!
いつもならそのまま脅えて足も竦んでしまい何も出来ず、されるがままの私だけれど今日は違った。
(こんな最低なお父様のいいようにされるなんて、もうゴメンだわ!)
「お父様……私が、いつまでも大人しくしていると思ったら大間違いよ!」
「なに……!?」
そう叫んだ私は、足を伸ばしてお父様の脛を蹴る。
私に手を上げる事に頭がいっぱいだったお父様の足元は完全に無防備だった。
(私に脚力は無いけれど、不意打ちならそれなりに効果があるはずよ)
せめて体勢だけでも崩せればいい。
「ぐっ!? クロエ……な、んで……」
それは見事に決まり、お父様がグラリとバランスを崩して倒れ込んだ。
頭の中ではまさか、反撃されるなんて……そう思っている事だろう。
深窓の箱入り令嬢だったら絶対にこんな事はしないだろうから、今、かなり戸惑っているに違いない。
「何とも間抜けな姿ですね、お父様。どうですか? バカにしている娘に倒された気分は?」
「……ぐっ……」
この悔しそうな顔もジョバンニ様にそっくり。
さっきから、なんて似たような反応をするのかしら……
「私、もうお父様の言いなりになんかなりませんから」
「な、に?」
蹴られた部分が痛いのか転がったまま顔を歪めているお父様。
その顔を見ていたら、少しだけ気分がスっとした。
(もちろん、これまで受けた仕打ちには全然足りないけれど)
さて、さっさと出て行ってもらいましょう。
「───部屋の扉のノック一つも出来ない常識の無い方は、今すぐこの部屋から出て行ってください」
「なっ!」
「そうそう。ハウンド侯爵家が何を言ってきたかは知りませんが、婚約破棄のお話なら喜んでお受けしますわ」
「──っっクロエ!」
情けない体勢のまま怒りで顔を真っ赤にするお父様。
でも、すぐに起き上がってこれまでのように私に手をあげようとはしてこない。
だから、少なからず私の与えた攻撃のダメージを受けているのだと思った。
そんな情けないお父様の様子を上から見下ろしながら思う。
(私はずっとこんなちっぽっけな人に脅えていたのね……)
──ねぇ、お父様?
今もショックを受けているでしょうけれど、あなたが本当のショックを受けるのはこれからよ。
❋❋❋
「───と、いう事が昨日ありまして」
「…………クロエ」
(あ、また殿下が変な顔になってしまった……!)
翌日。
いつものように迎えに来た殿下は、屋敷内に充満する異様な空気をすぐに感じとっていた。
──……お屋敷? の様子が変じゃないか?
そう訊ねてくる殿下を、部屋に案内した私は苦笑しながら昨夜の出来事を語った。
あれから、使用人が私の部屋に駆け付けてきて転がったお父様を回収してくれた。
そのまま、今朝は顔を合わせていない。
私の話を聞き終えた殿下が頭を抱える。
「……クロエに怪我は?」
「ありません! むしろ。あんなにも機嫌が悪いお父様と対峙しておいて無傷なんて初めてなのです!」
私が得意そうに語ると、殿下は悲しそうな表情を見せた。
「……グレイ様?」
「本当にクロエは心配で目が離せない」
「えっと? それはどういう…………」
どういう意味ですか? と聞きたかったのに殿下がギュッと私を抱きしめてくる。
「──!?」
「グ、グレイ様っッ!? だ、ダメですよ……! ここは屋敷の中で他に人が──」
いつ人がやって来るか分からない場所でこれはよろしくない。
私はそう訴えるけれど、殿下の手が緩まる気配は無い。
「目に見える所にいてくれないと心配で心配で……たまらない」
(……あ)
そうだった。
殿下はお父様が手を上げる人だと知っていたのだから、心配して当たり前なんだ……
「……心配かけて、ごめんなさい」
「いや。私が勝手に心配しているだけだ。それに、昨日の事は私も無関係ではないから」
「グレイ様……」
「ジョバンニや、侯爵家は何か言っていたのだろうか?」
「……」
そう言えば、お父様は何かを言いかけていた気がする。
侯爵家から連絡があって……と。
「何か話はしたようですが……」
「正直、もう伯爵にクロエを侯爵家に嫁がせるメリットは無いはずなんだけどなぁ……」
「そうですね、でも」
あんな婚約はこちらから捨ててやるので、もうジョバンニ様や侯爵家がなんと言ってこようとも構わない。
その決意が伝わったのか殿下は、優しく頷いてくれた。
───その後、私達は屋敷を出て馬車に乗り込む。
(結局、どこに行く事になったのかしら?)
図書館の代わりの場所をどうするのか……肝心のその話をしなかったので不思議に思っていたら、馬車の中で殿下が教えてくれた。
「セグラー公爵家で?」
「うん、レイズンやアビゲイルに相談したら、アビゲイルが残りはぜひ自分の家を使って欲しいってさ」
「アビゲイル様……」
ご自分も忙しい身なのに、と気遣ってくれた事を嬉しく思う。
「グレイ様もありがとうございます」
「!」
私が笑顔でお礼を伝えたら、なぜか殿下の顔が赤くなった。
「えっ、グレ…………きゃっ!?」
その事を聞いてみようとしたのだけど、殿下に腕を引っ張られて私は殿下の胸に飛び込んだ。
「───見ないでくれ」
「……え?」
「自分でも顔が赤くなっている自覚はあるんだ……だから今は見ないでくれ」
「……」
(何だかすごく可愛い事を言っているわーー!?)
そんな事を言われるとこっちまで照れてしまう。
“好き”だと自覚してしまったからこそ……
「……グレイ様はもっとポーカーフェイスな方だと思っていました」
「え?」
「あ、勝手な私の思い込みですね……すみません」
(ゲームのグレイソン殿下は立場もあったかせいか喜怒哀楽の激しい人では無かったから)
ジョバンニ様もそうだけど、ヒロインの前でだけ赤くなったりしてデレたりして……
ってあれ? それって今?
「……基本的にはそうだったよ。でも今は……あ、いや、何でもない」
殿下はそこまで言いかけてやめてしまった。
続きが気になったけど、何となく聞かない方がいいような気がした。
(まるでモブの私がヒロインになってしまったかのように錯覚してしまうじゃないの!)
好きって気持ちは消せない。
気持ちを伝えることも決めた。でも、それ以上……その先までは望めない。
と、そこまで考えた時、ふとヒロインの顔が頭に浮かんだ。
ヒロインは図書館に通えなくなってもそんなに困らないとは思うけれど、今、どうしているのかしら、と。
───お、覚えてなさい! クロエ様!
───あなたが、そんな顔をしていられるのも今のうちなんだから!!
あの悪役のような捨てセリフが妙に気になった。
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