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第23話 ヒロインの企み

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  その声につられて振り返ればそこにいたのは、やっぱり殿下。
  姿を見るだけで私の胸がキュンとなる。

  (あ、王子様だわ……!)

  当たり前だけど、今日の殿下の格好はセグラー公爵家の“グレイ”ではなく、グレイソン殿下だった。
  ずっと“グレイ”の格好に慣れてしまっていたせいか、なんとなく遠くに感じてしまう。

「グレイ様……ではなくてグレイソン殿下、駄目ですよ。こんなところで私に話しかけたりしたら……」
「ごめん……でも、クロエの姿が見えて、試験が終わったのだと思ったら居ても立ってもいられなかった」
「殿下……」
「ほら、試験の間は受験者の集まっている所には関係者以外は近付けないように管理されていたからもどかしかったんだ」

  試験中は他者との接触を避けるため、受験者の私たちが行動出来る範囲は決められていた。

「今日は……いや、今日もずっとクロエの事ばっかり考えていたよ」
「……っ」
「クロエの事だから大丈夫だろうと思っていたけどね」

  (い、言い方ーー!)

  今日も! 今日もって何?
  それって毎日私の事を考えているって言っているみたいに聞こえる──

  (誤解……誤解よ……クロエ!  殿下は言い方を間違えただけよ!)

「それでも、やっぱり心配だった」
「殿下……」

  殿下の真っ直ぐな眼差しとその言葉にドキドキする。
  私はジワジワと赤くなっていっているであろう頬を押さえて冷ましながら殿下に伝える。

「筆記試験は“グレイ様”のアドバイスのおかげでかなりスラスラ解けました。ありがとうございます」
「そうか!  役に立てたなら良かった」

  殿下はホッとしたように微笑んでくれた。
  けれど、その後じっと私の顔を見つめる。
  
「でも、クロエ……今日は髪型とかお化粧がいつもと雰囲気が違うけど……それは試験のため……?」
「!」
  
  殿下が目敏い!  その指摘に驚いてしまい思わずビクッと肩が跳ねた。
  そして、そんな私の様子を殿下は見逃さなかった。

「……クロエ?」
「……」

  なんて答えたら良いのか分からず、殿下の目が真っ直ぐ見れない。
  私はそっと視線を逸らす。

「……何かあった、そう顔に書いてあるよ?  クロエ」
「殿……」
「そんな、憂い顔……私の目は誤魔化せないよ──おいで、クロエ」

  (───え!?)

  殿下は私の手を取ってそのまま少し歩くと、空いてる部屋を見つけてそこに私を連れ込んだ。
  

  
◆◆◆◆◆



「ふふふ、あの令嬢たちチョロかったわ~……」

  その頃、ミーアは部屋で一人ほくそ笑んでいた。

「まさか、あの情けなくて無能な側近たちの婚約者が集団で私を責めに来るとは思わなかったわ~」

  いくら私が誰よりも可愛いからって!
  単純に私の魅力に叶わなかったから振られただけのくせになんて逆恨みかしら……

「それにしてもチョロすぎて笑える……ふふ」

  ──クロエ様に脅されていたの……
  ──クロエ様には怖くて逆らえなかっただけなの、申し訳なかったわ、私だってそんな事はしたくなかった……
  ──クロエ様って、ほら……少し地味で垢抜けない感じでしょう?   だから、ジョバンニ様はどんな事をしても自分の元に捕まえておきたかったみたい……

  と、適当な事を言って目に涙を浮かべてうるうるさせるだけでコロッと信じちゃうんだもの!
  証拠を出せくらい言うかと思ったけど、それも無し!
  あっという間に私に同情してくれてクロエ憎しになっていたわ。
  さすが、誰よりも可愛い私よね!

「バカな男にはとにかくお似合いだったわね~……ま、全部、破局してるけど!」

  軽く誘惑したり、笑顔を振り撒いているだけで、あのバカな男たちはあっさり私の虜になってくれたわ。
  婚約者との約束を破って私を必死にデートに誘ったり、きっと本来は婚約者のために用意したであろう贈り物もたくさん貰えたわ。
  
  (昔っから何故かそうなのよね~)

  可愛く微笑めば、すぐに男女問わず私に惚れ込む。  
  特に目に涙を浮かべてうるうるさせてから泣き落とせばもう、完璧!  
  その事に気付いてからはもう活用しまくりよ!
  本当に可愛いって得よね!
  
  (それに比べて……あのクロエは……地味!  笑っちゃうくらい地味!)

  これから、あの令嬢たちのくっだらない逆恨みをそんな調子に乗っているクロエ・ブレイズリ伯爵令嬢にぶつけてくれると思うだけで、もう笑いが止まらない。
  どんな事をやってくれるかしら?
  出来れば、あの女が再起不能になるくらいズタボロにしてくれたら嬉しいのだけど。

「ふふ、早くどこかで夜会とかパーティーとか開かれないかしら?」

  ついでにあの令嬢たちが、社交界で面白おかしく噂を広めてくれれば最高よ!
  クロエは、そんなの嘘よって訴えるでしょうけど、人数の多いこっちの方が勝つに決まってる。
  
「私みたいな男爵令嬢……一人で出来ることって限界があるもの。使える物は何でも使わなくちゃ、ね」

  クロエがとんでもない女だと分かれば殿下だって目が覚めるわ。
  この間の殿下が口にした酷い言い草のアレは、きっと何かの間違い。
  それこそ、クロエが何かを吹き込んでいたのでは?  そう思っている。
 
「それに接近禁止?  そんなもの私が守るわけないじゃない」

  あんなのは、修道院に行きたくないから泣き落としをして適当にその場で誓っただけよ。
  最初から守る気なんて無かった。
  だからもし、咎められても……
「うっかりしてました~☆」とでも笑って誤魔化すか、泣き落としすれば許されるわ。

  (その為に、有力そうな王宮関係者をたくさん誘惑して来たんだから)

  だから、どうやら私に付けられてるらしい監視も緩いのよね~ふふ。
  
「それにしても……殿下もあんなクロエなんかの色目に騙されるなんてねぇ……どれだけ女性に免疫ないのかしら?」

  彼はずっと幼い頃から王太子となるべく教育を受けて来て、すぐに婚約者はあの身分だけしか取り柄のないの女のアビゲイルを宛てがわれてしまって……きっと、女性に疎くて本当の恋を知らないだけ……
  そんな殿下に本当の恋を教えられるのは誰よりも可愛い私よ!  
  可愛くて華やかで皆に愛される私の方が未来の妃に相応しいに決まってる!

「目ざわりなクロエを社交界から排除して、私は殿下の目を覚めさせる!」

  ミーアは、私の計画は完璧───そう思っていた。
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