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第30話 追い詰められた二人

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「い、要らない……だと!?」 
「はい!  要りません!」

  私は笑顔のままはっきり答える。

「な、何をバカなことを言っているんだ……だってお前は……」

  お父様は、先程までは真っ赤だったけれど、今度は青くなっている。
  さすがだわ。顔色まで騒がしい。

「お前は……なんです?」
「クロエ!  お、お前のような何の取り柄の無い女が……こ、婚約解消して親まで捨てる宣言までして、ひ、一人でやって行けるはずが無いだろう!?」

  お父様はどこまでも私をバカにしたいらしい。
  ジョバンニ様もそうだけど、何だか違う世界を生きているみたい。

「……お父様はもうお忘れなのですか?」 
「な、何がだ!」
「…………私は、王宮の……アビゲイル様の侍女試験に受かったのですよ?」
「……」
「私、自分一人で生きていく力を手に入れました。だから、もうあなたの下でいいように使われ、暴力を受ける日々も終わりなんです!」

  私が暴力……と口にしたからか、一斉に非難の目がお父様に向けられる。
  現実だろうと乙女ゲームの世界だろうと、どんな世界であっても暴力が許されるはずが無い!

「な……な……なんで、そんな目で見る、のだ」
「……」
「い、いや……待て、クロエ!  暴力と言うがその証拠はどこにある?  口先だけなら何とでも言えるだろう!」
「……お父様」

  なんて見苦しいのかしら。本当にこんな人が父親だと思うと……ため息しか出ない。

「───証拠ではないけれど、証言なら出来るよ?  私は顔を腫らした彼女の顔をしっかりと見ているからね」
「なっ!  何だと!?」

  突然、割り込んできたその声にお父様がギョッとする。

「グレイさ…………グレイ……ソン殿下?」

  殿下がにっこりと私に微笑むと、私の肩に腕を回してそっと抱き寄せる。

  (───え?  人前よ?)

  抱き寄せられた意味が分からず、困惑する私。
  でも、今はお父様を捨てる方が先だと思い直す。

「ど、どういう事だ!  何故、殿下が証言出来るなどと言うんだっ!  おかしいだろう!」

  お父様は連日、私のお迎えに来ていたのがグレイソン殿下だとは気付いていないので、意味が分からないと怒鳴る。

  (それより、殿下に対しての口の利き方が酷い……)

  どこまで殿下の事をバカにしているのかしら。無性に腹立たしい。
 
「グレイ様……大丈夫ですか?」

  証言してくれるのはとっても有り難いけれど、迷惑はかけたくない。
  私はそっと小声で訊ねた。

「大丈夫だ。まぁ、そもそも証言者としては伯爵家の使用人達がいるけれど彼らは口を割らないだろうからね」
「……そうですね」

  長年、お父様の荒れ狂う様子を見て来てお母様が出て行った事だって知っているのだから当然だ。
  でも、彼らを雇っているのはお父様だから。当主には逆らえない。

「……伯爵。私は、少し前にクロエがあなたに叩かれて謹慎を言い渡されていた事を知っている」
「な!?」
「お忘れか?  あなた自らその時のクロエに会わせてくれた、と言うのに?」

  お父様の目が限界まで大きく開く。
  「あ……」とから「うぁ……」とか言っているので、ようやく気付いたのかもしれない。

「クロエから話も聞いたからね。あぁ、そうだ。せっかくなのでブレイズリ伯爵の領地に赴いて夫人を訪ねるのも───」
「や、やめろーーー!  や、やめてくれ!  それ以上は言わないでくれーーー」

  お父様が頭を抱えて叫び出した。

「…………それなら、クロエを解放しろ」
「か、かいほう?」
 
  殿下の冷たい声にお父様が涙目で聞き返す。

「クロエはブレイズリ伯爵家と縁を切る、ということだ」
「……っ!」

  お父様が押し黙る。そして悔しそうに唇を噛み締めている。

「躊躇っている余地は無いと思うが?」
「くっ……」
「さぁ、早く宣言を?  伯爵」
「……ク」

  ようやくお父様が口を開きかけたその時、もう存在を忘れかけていた人が声を上げた。

「ま、待ってくれ!  それじゃ、クロエは……クロエと僕の結婚は……!  そ、それに暴力って何の話だ……!」
「ジョバンニ様……」

  ずっと項垂れていたくせに、ここで息を吹き返すとは……

「クロエとお前が結婚?  あれだけの事を言われておいてあるはずが無いだろう?  いい加減、振られた現実を受け止めろ!」
「振ら……れた?」
「それに、クロエはもうブレイズリ伯爵令嬢ではなくなるからな。お前がもう何を言っても、どんなにごねてもこの婚約は終わりなんだ、ジョバンニ!」
「終わ……り」

  ジョバンニ様は明らかにショックを受けていた。

「クロエが父親からどんな仕打ちを受けていたかも気付かずに、さらにその傷口に塩を塗りたくっていたお前が選ばれるはずなど無かった。何故そんな仕打ちをしていたのか……私にはお前が理解出来ないよ、ジョバンニ」
「うっ……」

  殿下の言葉に再び、萎萎になったジョバンニ様。
  そんな哀れな姿を見ても、なんの情も湧いてこない。

「……ミ、ミーアが……」

  床に手を着いて苦しそうなジョバンニ様が小さな声で発したその名前に私と殿下がピクッと反応する。
  
「お、男はモテる所を見せた方が……いい、と……それに、ほ、他の女と親密になればヤキモチを妬いてくれるから、どんどんやるといいって……」

  (……は?)

「阿呆か!  何を言っているんだお前は……」
   
  殿下の呆れた言葉にジョバンニ様は強く首を振る。

「……でも、確かにクロエは……お小言の時だけは……僕を見るし……僕の事で頭がいっぱいになっていた」
「クロエの頭の中は、お前への嫌悪感でいっぱいだっただろうな」

  殿下の嫌味も受け流し、ジョバンニ様はさらに気持ち悪い発言を続けた。

「クロエの嫌がる顔……泣きそうな顔……は特に好きだった……」

  ──ゾクッとした。
  何かを拗らせるにも程がある!  それに……

  (ヒロイン……)

  なんて話をジョバンニ様コレにしているのよ。
  ヒロインはいったいどれだけの人の人生を───……

「あら~ふふ?  何かしらこの空気?  どうして皆、静まり返っているの~?」

  そう言って遅れながらも堂々と会場に入って来たのは……

  (ヒロイーーーーン!)

  何が楽しいのかニヤニヤと何かを含んだ顔で現れたヒロインだった。

 
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