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第32話 自爆していくヒロイン・ピンク
しおりを挟むザワッ……
当然だけど、ヒロインのその言葉に会場内は騒がしくなった。
皆、ヒロインの言葉を受けてヒソヒソコソコソ話したり顔を見合せたりしている。
(ここにいる人達は私がジョバンニ様を拒否したことを知っているもの)
ヒロインは、その騒めきを“ブレイズリ伯爵令嬢がそんな悪女だったなんて”と驚いていると受け止めたらしい。
ただいま、うるうる攻撃真っ最中の彼女の口が、一瞬、弧を描いたのを私は見逃さなかった。
「───つま、り、クロエは君に“自分の婚約者”以外の男性……を誘惑するように……脅した……と?」
「うぅ……そうです……」
「そ、その理由は、自分だけでも幸せにな、なりたい……からだと?」
「は、はい! その通りです」
ヒロインは二個目の質問時は涙を拭いながら元気よく返事をした。
訊ねる殿下の声が(笑い出したくなるのを堪えていたせいで)震えていたのを怒りか何かと勘違いしたのかもしれない。
「クロエ様はとんでもない女です……まさに悪女と呼ぶに相応しい所業」
「……」
「だから、殿下! 早くクロエ様から離れてください! 今度はジョバンニ様をキープしながら殿下を誘惑して手に入れようなんて画策を……」
「はっはっは!」
そんなヒロインの妄想を殿下はあっさりと笑い飛ばした。
「……え?」
「グレイさ……グレイソン殿下?」
あまりにも豪快に笑ったので思わず私も声をかけた。
「あー……はは、いや、すまないな。想像以上だったから……はは」
そう言って殿下はまた、ギュッと抱きしめている腕に力を入れてくる。
ふと、どうして私達はずっと密着しているの? そういえば名前も堂々と“クロエ”って呼んでない? と思ったけれど今は聞ける雰囲気では無いのでそのまま大人しく受け入れた。
「そ、そうです! 想像以上でしょう!? とんでもない女なのです……クロエ・ブレイズリ伯爵令嬢は……!」
「グラハム男爵令嬢。念の為に聞くが、その話を裏付ける証拠はあるのか?」
「もちろんです! クロエ様のせいで婚約破棄に追い込まれた気の毒な令嬢が……」
そう言ってヒロインはキョロキョロと会場内を見渡す。
当然だけど、お探しの方々はここにはいない。
「クロエ様に恨みを持って……」
「……」
「今日も、この場にいる……」
「……」
「は、ず……」
ヒロインはずっとキョロキョロしながらそう口にしたけれど、賛同する声が出てこないので語尾がだんだん弱くなっていった。
(ヒロインの筋書きでは、ここで「私達が被害者です!」とライバル令嬢たちが現れる予定だったのでしょうね……)
「…………特に誰も何も口を挟んでくる様子は無いが?」
「……っ! そんな、はずは!」
少しずつヒロインの顔に焦りが見えてくる。
「───ミーア様」
ちょうど、そのタイミングでアビゲイル様がヒロインに声をかける。
その目がとても冷ややかなので、悪役令嬢様が再び降臨している!
「先日、わたくしの侍女を選抜する試験がありましたの」
「侍女……?」
アビゲイル様、再びの氷の微笑でヒロインに語り出す。
「実はその試験会場でちょっとした騒ぎがありましてね」
「……?」
ヒロインは意味が分からない、その話が何? という顔をしている。
そんなヒロインの顔を見ながら悪役令嬢様は優雅に微笑んだ。
あまりの美しさにため息がもれる。
「とある令嬢達が、寄って集って一人の令嬢の試験の妨害をしたのですわ」
「ぼう……がい?」
「その者達は今、取り調べを受けていて、その後はそれぞれ処罰されるのですけど……」
そこでようやく、ヒロインも理解したのかハッとした表情になる。
そして、すぐに青くなって、壇上のアビゲイル様を見上げると声を震わせた。
「ま、まさか……」
「ふふ、試験の妨害をされた令嬢は、こちらにいるクロエ様……わたくしの侍女に決定しましたわ」
「じ、侍女……ですってぇ!?」
ヒロインがすごい形相で私を睨んでくる。
いえ、もうそんな顔するのではヒロインじゃない気が……
「ねぇ、ミーア様? もしかしてあなたの言うクロエ様に恨みを持っている方々って───」
「そ、そんな……はず……」
「彼女たちは、事実無根の逆恨みでクロエ様の試験を妨害したと聞いておりますわ」
「……っ!」
アビゲイル様は必殺・氷の微笑でヒロインを黙らせる。
それでも追求の手は緩めない。
「ミーア様、全て事実無根の逆恨み……ですわよ? あなたこの意味をお分かりになられてますかしら?」
ヒロインは真っ青になって「え……」とか「うっそ……」とか「そんなはず……」とか呟いている。
「……いずれ、彼女たちがどこの誰なのかはすぐに分かるでしょうから、今、この場でお名前を……」
「け、結構です……! えっと、多分……私、その、か、勘違い……を」
「あら? よろしいの?」
ぶんぶんぶんという音が聞こえそうなくらいの勢いでヒロインは首を縦に降っている。
「あら……それは、残念。彼女たちのお名前を聞いた時のミーア様のお顔をぜひ見たかったのですけれど」
「ぐっ……」
「あら? お顔の色が悪いですわよ、ミーア様?」
「~~~っっ!」
そんな二人の緊迫(?)したやり取りには誰も口を挟めず見ているだけだった。
でも、私はそんな中で一人脳内で歓喜の舞を踊っていた。
(ま、まさか! こんな形でヒロインvs悪役令嬢が見られるなんてっっ!)
争いの争点も内容もゲームとは全く違うけど!
でもでもでも!!
「……クロエ? どうした? 身体が震えているが……」
「……!」
歓喜の舞を踊っていただけなのに、殿下に心配そうに声をかけられてしまった。
「無理もない……ジョバンニと父親をようやく叩きのめせたと思ったら今度はアレだからな……」
「グレイ様……」
「安心しろ、クロエ。もうあの女は自滅まっしぐらだ!」
それは、確かに……
誰もが分かる大嘘を堂々とついて、更には未来の王太子妃に睨まれた。
そんな彼女を擁護する者などいるはずがない。
きっと、ライバル令嬢たちを上手く操れたとほくそ笑んでいて、その先をしっかり確認しなかったのだろう。
「さて、そろそろこの見苦しいやり取りも終わらせないと」
「え? あ……」
そう口にした殿下は、何故かさらにグイッと力を入れて私を抱き寄せた。
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