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愛しい“ヒロイン” (グレイソン視点)

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「……クロエ?」
「……」
「え?  あれ……もしかして寝ちゃった……のか?」

  目の前の愛しい存在──クロエの可愛らしさに理性がどこかに旅に出てしまった私は、これでもかとクロエにたくさんのキスを贈った……うん。ちょっと、贈りすぎたかもしれない。
  そのせいで、クロエが疲れて眠ってしまったようだ。

「クロエー……クロエさん?」

  名前を呼んでも、ほっぺを軽くツンツンしてもクロエは気持ちよさそうにすやすや眠っている。

「……可愛い……!  しかし、これは無理をさせ過ぎたか」

  だが、私はずっとずっとこうして触れたいのを我慢して来た。いや、それなりに触れていたか?
  と、とにかくだ。それがちょっとくらい爆発するのは……仕方がない。ない……んだ。

  すやすやと無防備な顔で眠るクロエ。
  私はじっとその寝顔を見つめる。

  (本当に可愛いなぁ……)

  クロエは何をしていても可愛いが、こんな可愛い寝顔なら一晩中だって眺めていられる。

「こんなに可愛らしいというのに……」

  ジョバンニの野郎は、クロエのことを地味だなんだと貶めていやがった。
  あれが本音だったのか、それともそう言ってクロエの気を引きたかったのか……はたまた、そうやってクロエを貶めて卑屈な人間にさせて自分だけに依存させたかったのか……

  (何であれ最悪だな……)

  クロエが地味だと?  私はそうは思わない。

  (出会いが出会いだったからだろうか?)

  あの日、クロエはあんな場所でジョバンニに襲われかけていた。
  助けたのは本当に偶然だった。あの日、もしも私があの場に行かなかったら……?
  今でも想像するだけでゾッとする。

  助けた直後はそんなクロエの事は私が守ってやらねば……そんな気持ちだった。
  巻き込んでしまった罪悪感も当初はあったと思う。

  (それが……)

  彼女のことを一つ一つ知る度にどんどん惹かれていった。

 「こんなに細い腕なのに、ジョバンニを殴っちゃうんだもんなぁ……せっかく私が代わりにボコボコにするよと言ったのに」

  ───我慢が出来ず、その…………彼を殴りました。申し訳ございません。殿下のことは呼ぶ暇もありませんでした……

  (あれには自分の耳を疑ったよ……)

  まさか、私がジョバンニをボコボコにする前にクロエ自ら立ち向かうとは思ってもみなかった。
  芯の強い女性なのだと思った。
  長年、父親に理不尽に道具のような扱いを受けていて、それを慣れていると顔色を変えずに言い切っていた。
  自分を置いて逃げ出した母親と弟を責めることすらせず、二人が無事ならそれでいいと笑う。

  (まったく君は……)

  本当はこの時点でさっさと攫ってしまいたかった。
  だが、ジョバンニとの関係をきちんと精算しないと、後で何かを言われるのはクロエだ。
  なのに父親は全く婚約解消に頷く様子がないと言う。
  だから、クロエが堂々と婚約解消を宣言出来る舞台を整える必要があった。

  そう思っていた私は少し前からこっそりアビゲイルに話を持ちかけていた。

  ───王宮に上がる際に、新しい侍女を欲しくはないか?  と。

  アビゲイルはすぐに私の意図を汲んだ。
  彼女は笑顔ですぐにこう言った。

「欲しいですわ!  そうですわね……選抜試験を実施してもらいましょうか?  あ、もちろん身分より人柄重視で……で、よろしくて?  グレイソン殿下」
「……」

  さすが、アビゲイル。
  私と長い付き合いなだけある。そして、その頭の回転の速さはやはり未来の“王太子妃”として相応しい人だと思う。
  だからこそ、私が王太子から降りる必要があった。
  だってアビゲイルを修道院に行かせたら、国の大きな損失だ。
  そして、アビゲイルが心から願うのはレイズンとの未来。

  (二人必死に互いの気持ちを隠そうとしていたがバレバレだったよ……)

  そして、私はそんな風に強く互いを想い合えることがただ、羨ましかった。

「……ん」
「クロエ?」

  寝言だろうか?
  私はそっとクロエの髪を手にすくい取る。
  何だか、髪の毛の一本一本ですら愛しいのだが……

  (これが恋、か)

  長年、婚約者として過ごしていても、決してアビゲイルに抱くことの無かったこの想い。
  レイズンとアビゲイルがこっそり互いに抱いていた想い。

「……好きだよ、クロエ」
「…………ん、さま」
「クロエ?  今、何て?」

  眠っているはずのクロエが誰かの名を呼んでいる?

「……んー……グレイ……さま」
「!」

  (な、な、な、何だこれは!)

  可愛い寝顔の可愛い声で私の名を呼んだ……だと!?
  心臓が……破裂するかと……思った……

「クロエ……」

  私の名を呼んでそんな幸せそうに笑ってくれるのか。
  こんなに、温かいなんて知らなかった……
  あの日の断罪パーティーで、私はレイズンとアビゲイルの幸せを願い、そして国の未来の為に掃除をしようと決めた。
  自分のことは二の次だった。廃嫡は当然として、王族からも追放される覚悟だった。

「まさか、こんなに一緒にいて幸せだと思える人……そして幸せにしたいと思える人に出会えるなんて、な」

  クロエの目が覚めたら、今後の話し合いが必要だ。
  きっとクロエはまだ、身分差のことを気にしているだろう。
  それから、ピンク色の髪をしたあの女やジョバンニ……クロエの父親だった伯爵の処罰……

「大丈夫だよ、クロエ。私は君を悲しませたりはしないから」

  私はそっとクロエの髪にキスを落とす。
  目が覚めたら……また、あの甘い唇に触れても許されるだろうか?

  (真っ赤な顔で怒るかな?)

  なんて考えていたら……

「ふふ、グレイさま……だいすき……」
「ッッッ!!!!」

  そんな無防備なクロエが繰り出した可愛らしい笑顔と寝言の衝撃に私はまたしても心臓が破裂しそうになった。
  
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