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16. 囚われのお姫様(♂︎)は

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 わたしのその言葉を聞いて怒りを覚えたのかソレンヌ嬢はカッと目を大きく見開いた。

「返して?  あなたの騎士……?  昨日も言ったでしょう!  彼は私の……」
「うるさい!  ───わたしは」
「……!?」

 ソレンヌ嬢の言葉を遮ってわたしはも負けずに声を張り上げる。

「───わたしは、ナタナエルからの言葉以外は信じません!」
「……なっ」

 わたしのその力強い宣言にソレンヌ嬢はたじろいだ。

「……なっ…………んですって!?  ふざけたことを……」
「───と、いうことですのでお邪魔します」

 ワナワナ震えるソレンヌ嬢に向かってにっこり微笑んでわたしは、やや強引に屋敷の中へと入ろうとする。

「こ、の……待ちなさい!!  そんな勝手が許されると思って?」

 ハッとして慌てたソレンヌ嬢にガシッと腕を掴まれた。

「そもそもあなた!  ……先程からまるでナタナエルが我が家にいるかのような口ぶりですけど、なんの言いがかりかしら?」

 どうやらすっとぼけることにしたらしい。

「言いがかりではなく、ナタナエルは間違いなくこちらにいます」
「ふふ……ですから何を根拠に?」
「方法は知りません。けれど、脅すなどして無理やり連れて来たのでは?  ということですので失礼しま……」

 わたしはソレンヌ嬢の手を振り払って中に入ろうとする。

「くっ!  お待ちなさい!  それ以上進んだら不法侵入で訴えて差しあげますわよ!」
「……不法侵入?」
「ええ、そうよ!  ナタナエルがここにいるなどと言いがかりをつけてきて、無理やり我が家に上がりこもうとするなんて……不法侵入よ!」
「……」

 不法侵入……ねぇ?
 ───それなら、わたしはあの、のほほん夫人とナタナエルを何度訴えることか出来るのかしらね。
 こんな時なのについついそんなことを考えてしまい、思わず笑ってしまう。

「は?  ……わ、笑った!?  今、私のことバカにしたの?  絶対に絶対に許さないわ ……この泥棒猫!」

 興奮したソレンヌ嬢が大声で叫ぶ。

「ところでソレンヌ様、一つお聞きしたいのですが」
「……は?」

 わたしはその叫びを無視して、今日この場に到着して顔を合わせた時からずっとずっとずっと気になっていたことを訊ねることにした。

「今日のソレンヌ様……ボロボロですね?」
「……っっっっ!!」

 わたしの指摘にソレンヌ嬢は息を呑むと明らかに動揺した。
 昨日は髪型も服装もしっかりしていて気品が溢れていた彼女。
 なぜか今は髪も乱れていてドレスもちょっとボロボロな感じ。

(まるで“誰か”と揉めたあとみたい、だわ)

 それに……あの従者も今、ソレンヌ嬢のそばにいない。

(……間違いないわ)

 やっぱりナタナエルはこの屋敷のどこかにいる!
 わたしはそう確信した。
 今すぐ屋敷の中に乗り込んでナタナエルを探したい。
 でも。

(広いわぁ……)

 さすが侯爵家。
 屋敷の広さが我が家とは桁違い。
 闇雲に探してもきっと見つからない。
 せめて、ナタナエルがどの辺にいるとかだけでも分かれば良いのだけど……
 そう思った時だった。

 ドゴォーーーーン……

「え!?」

 屋敷内にとてつもなく大きな音が響き渡る。
 これにはわたしも驚いた。

(な、なんの音!?)

「ひっ!?  ま、またなの……!?」

 ソレンヌ嬢が明らかに怯えた様子を見せた。
 そして、聞き間違いでなければ“また”と言った。
 この音は初めてではないらしい。

「たった一人相手に、な、何してるのよぉ、早く止めなさいよ……」

 たった一人と言った。
 もしかして暴れているのは……ナタナエル?

(まさか、出口を探しながら屋敷を破壊して回って…………いえ、まさかね!)

 わたしはつい考えてしまった想像を首を横に振って否定する。 
 屋敷を破壊して回る?
 普通の人ならそんなことしな…………いや、待って?  
 ────ナタナエルは普通じゃない!!
 そして、方向音痴と言っていた……!
  
 ───戻るのになんとなくこっちだろうな……そう思って動くと一応、不思議とちゃんと帰れるんだけど。

 なんて言っていなかった?
 あれ、よくよく考えると絶対本能に従って動いているっていう意味よね?

 ───ドゴォォォン

「ひぃっ!?」

 わたしがそんなことを考えている間も、屋敷の奥から再び物騒な音が聞こえてくる。
 ソレンヌ嬢が頭を抱えて悲鳴をあげた。

「……」

 もし、ナタナエルなら、
 ───俺の歩いている目の前に壁があったからさ、邪魔だなぁ、と思って。
 ヘラヘラしながらそう言い出してもおかしくない!
 そういう人だもの……

「……もう! 本当に皆、何しているのよ……なんで止められないの……?」

 ソレンヌ嬢が半泣きの声で嘆く。
 おそらく……この家の護衛を総動員してナタナエルを止めようとしているのだと思われる。
 ここにはいない従者もきっと加勢しているんだわ。

(……こちらが手薄で何より)

 わたしはニッと笑う。

「ソレンヌ様、先程から大変そうですねぇ……」
「……っっ!」

 キッと睨まれた。

「大丈夫ですか?  このままだとナタナエルに屋敷ごと破壊されてしまうのではありません?」
「……う、うるさいわよ!  お黙りなさい!」、

 ソレンヌ嬢は悔しそうに叫ぶ。

「早くナタナエルを止めに行かれたほうがよろしいのでは?」
「い、言われなくても……わ、分かっているわよっっ!」
「!」

 ソレンヌ嬢は“ナタナエル”を否定しなかったわ。
 しっかり聞いたわたしは叫んだ。

「今、否定しなかった───やっぱりナタナエルはここにいる!」
「え?  あ……」

 ソレンヌ嬢は慌てて口を押さえる。
 そして、すぐにキツくわたしを睨んだ。

「こんなはずじゃなかったのに!  全部、全部あなたがいたから狂ってしまったわ!  ふざけないで!  全部あなたのせいなんだから───」

 ソレンヌ嬢は勢いよく手を振りあげ、わたしを殴ろうとした。
 その瞬間───……

「───お嬢様!  早まってはいけません!」
「!」

 わたしたちの間に飛び込んで来たのは、ソレンヌ嬢の従者の男。
 こっちもソレンヌ嬢に負けず劣らずのボロボロ状態だった。

「どうして!?  なんで止めるの?」
「殴っては駄目です、お嬢様!」

 従者は必死の形相でソレンヌ嬢を止めようとする。

「うるさいわよ!!   それからお前がここにいるということは、いい加減、捕まえたんでしょうね!?」
「……そ、れは……足が、逃げ足が……はやく……」

 従者は気まずそうに目を逸らす。

(早いでしょうよ。だってナタナエル、わたしとたくさん追いかけっこしたもの)

「逃げ足ですって……!?  逃げられているじゃない!  もう!  本っっ当に役立たず!」
「申し訳ございません……」
「許さないわ!  クビにしてやるわ」

 ソレンヌ嬢はかなり腹を立てているようで従者を責めまくる。

「お嬢様!  ク、クビだけは……」
「…………ふんっ!  いいわ。それならそこの女───アニエスを拘束しなさい!」
「え!?」

(なんですって!?)

 ソレンヌ嬢の命令に従者も驚きの声を上げる。

「お嬢様、それは……」
「いいのよ!  ───暴れられないよう拘束してたくさん痛めつけてやってから、ナタナエルの前に転がしてやるわ!」
「お嬢様……お、落ち着いてください……」
「お黙り!  いいからさっさとやるのよ!  私の言うことが聞けないの!?  クビは嫌なのでしょう!?」

 嫌がる従者をソレンヌ嬢は首をチラつかせて脅していく。 

「~~っ」

 従者は苦しそうに唸ったあとチラッとわたしを見る。
 そして目を伏せた。

「…………承知しましたお嬢様。拘束します」
「ええ、思う存分やってやりなさい!」
「はい……そうします」

 まるで勝ったと言わんばかりに、ソレンヌ嬢が嬉しそうにふふっと笑った。

(───!)  

 ソレンヌ嬢の命令を受けた従者の男が顔を上げる。
 そして、彼はそのまま手を伸ばして────……

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